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墓標

「……草木はすごいね。枯れた土地だというのに、朽ちた家々に宿って新たな命を芽吹かせようとしている。この強さが羨ましいよ」

 壊れ崩れた家屋には苔が生え、その上に草が植わりだしている。


 いつの日かこのアルティ村も緑に包まれ、草木が生えないはずの渓谷を自然豊かな光景へと変えていくのだろうか。


「お掃除もしなければいけませんが、まずはお墓参りから行きましょうか……」

「そう、だね……。報告しなきゃ……」

 ナナと共に皆の墓がある方向へと進んで行く。


 近づけば近づくほど心が痛みを訴えるが、それでも僕たちは毎年墓参りに訪れている。

 涙で前が見えなくなっても、心が砕けそうになったとしても、彼女と共に歩いてきた。


 ここに来るまでの間に泣かなくなっただけ、変われているのだろう。


「お墓にも草が生えちゃってるね……。草むしりしないと」

「そうですね……」

 たどり着いた場所には、不揃いの墓標がおびただしい数たてられていた。


 僕たちが中途半端に作った物のためか、大量の草が生えてきている。

 まずはこれらの掃除から始めるべきだろう。


「ふっ……く……! かったいなぁ……!」

「毎年掃除してるのに……。どうして君たちは、負けずに立ち上がってこれるの……?」

 声を出し合いながら、作業を続ける。


 少しでもお互いのことを認識できなくなると、途端に心細くなり泣き出してしまう。

 やるべきことを投げ出さないための対処法ではあるのだが、我ながら哀れだ。


 やがて墓には草が一本も生えていない状態になった。

 後は花を供え、祈りを捧げれば墓参りは終了だ。


「墓標もだいぶ痛んできてるね……」

「私たちの手作りですから……。六年持っただけ、良かったと思いましょう……」

 本来であれば、墓のことは石工の方々にお願いするのが一番だろう。


 だが、それをするには僕たちが持っている資金だけではとても賄いきれない。

 この村にたどり着くことも難しいので、村人全員を綺麗な墓に眠らせてあげることはできないのだ。


「ご両親のところに行こうか……」

「はい……」

 ナナの両親の墓標は、村人たちの墓標からは少し離れた場所にある。


 二つ寄り添う物がそうなのだが、そちらも雑草に覆われかけているようだ。


「……お父さん、お母さん。一年ぶりだね、元気だった……?」

 ナナは墓標の前にひざまずき、報告を始める。


 その間を利用して、墓に生えた植物たちの除去と清掃を行っていく。

 一番と言えるくらいに綺麗にしなければ。


「私ね、中級魔法を使えるまで戻って来たんだよ。後は上級魔法が戻ってくれば、全部元通り。ううん、分かってる。さらに上に向けて邁進しなきゃ……だよね」

 濡れたタオルで墓標の汚れをふき取り、荒れた地面を軽く整備する。


「今年はいろんなことがあったんだよ。レイカちゃんとレン君――ソラさんの妹と弟と暮らすようになったし、モンスターたちと暮らすようになっての。特にパナケアちゃんと友達になれたのが嬉しかったなぁ……」

 綺麗になった二つの墓標の前に、ナナが選んだ花を供える。


「家族みんなで、二つの大陸を見て回ったんだよ。いろんな種族がいてね、とても素敵な経験ができたし、綺麗な景色も見れたよ。二人にも……見せて、あげたかったなぁ……」

 そこでナナの涙腺は崩壊し――


「お父さんと、お母さんも一緒に、見たかったよぅ……!」

 墓標の前に崩れ落ち、慟哭をした。


「なんで……! なんで、私だけ生き残っちゃったの……!? お父さんも、お母さんも、村の人たちも……! みんな機会は与えられていたはずなのに……! なんで……! なんでよぉ……!」

 しゃがみ込み、無言のまま小さな背を抱きしめる。


 瞳から涙が枯れ果てるまで、その背を優しく撫で続けるのだった。



「お父さんもお母さんも、こんな私に幻滅しているでしょうか……」

 涙を流しきったナナは、どこか虚ろな瞳でご両親の墓標を見つめていた。


 そんな彼女の顔に着いた土汚れをふき取りながら、涙の跡を拭いながらこう伝える。


「心配はしてくれても、幻滅なんてしないよ。とても、とてもゆっくりかもしれないけど、前に進もうとする強さを君は持っているんだから」

 ナナは大きく息を吐くと、僕の胸に倒れこむように頭をぶつけてきた。


 優しく撫でながら別の方向へと視線を向ける。

 瞳には、一つだけぽつんと建てられている墓が映り込む。


 あれが僕の恩人、ケイルムさんが眠っている場所だ。


「ケイルムさんのお墓もお掃除しないといけませんよね」

「うん。もう、行けるかい?」

 ナナがコクリとうなずいたのを見て、共にゆっくりと立ち上がる。


 指を絡み合わせながら歩き出し、墓に近づいていく。


「お墓、綺麗じゃないですか?」

「え……。本当だ……」

 墓をよく見てみると、草は微塵も生えておらず、墓標も磨かれている上に花まで供えられている。


 しかもその花は、ケイルムさんが好んでいた青い花だ。


「このお墓を知っているのは、僕たちとマスターくらいなのに……。もしかして……」

 確信はないが、直近までウェルテ先輩がいたのではないだろうか。


 彼女もケイルムさんが亡くなった場に居合わせている。

 墓を作ったタイミングではいなかったが、それでも大体の位置は分かるだろう。


 もちろんマスターやルペス先輩が先に来た可能性もあるが、それなら他の墓標も掃除されているはず。

 父の墓参りだけを済ませ、目的を優先して動いていると考えれば、おかしいことはない。


「とてもきれいに手入れをされてますね……。羨ましいなぁ……」

 かなり綺麗ではあるが、それでも汚れが残っている部分はある。


 それらをふき取り、完全に綺麗になったところで、墓標に向かってこの一年で何が起きたのかを報告する。


「お久しぶりです、ケイルムさん。やっと、やっと圧縮魔を完成させられました。いままで来るたび来るたびに弱音を吐き、すみませんでした……」

 マスターインベルからモンスター図鑑を作るよう指示されたこと、幼なじみと再会し、兄妹として歩みだしたこと、異なる大陸に渡航し、様々な種族に出会ったこと。


 たくさんの出来事を報告した。


「今度は英雄になれなんて言われちゃいましたよ。笑っちゃいますよね。何度やってもできないって、悔し涙を流していた泣き虫が、世界のために動き出そうとしているんですから」

 いまだに乗り越えられない僕が、世界のために動いて良いのか分からない。


 それでも、この世界が危機に瀕するというのならば。


「あなたから教えていただいた力で、守っていこうと思います。隣にいるナナを、僕の妹と弟を、出会ってきた人々を、その人たちが住む世界を。無くなっちゃったら、会えなくなっちゃいますからね」

 僕が前へと進む理由は、一緒に居たいから。


 大切な人と居続けたいから、世界を守るのだ。


「僕も、あなたみたいに守れる存在になろうと思います。また、報告に来ますね」

 立ち上がる前に、一つだけケイルムさんに願い事をする。


 ウェルテ先輩を救うための力を、僕に下さい――


「お花、綺麗に輝いてますね……」

「え? あ、本当だ」

 ケイルムさんの墓標に供えらえれた複数の青い花。


 それに付着していた水滴に光が当たり、美しくきらめいていた。

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