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地下で見つけたモノ

「想像以上に深いですね……。こんなに掘るなんて、どう考えても普通じゃないと思うんですけど……」

「避難路だとか、避難場所じゃないかって思ってたけど、それにしては深すぎ――あ! 底が見えてきたよ!」

 ナナの家にあった秘密の階段を下り続けてきた僕たちは、村の地下へとたどり着く。


 だが、道はまだ奥へと続いているらしく、今度は一本の通路が姿を現した。

 どうやら更に移動をする必要があるようだ。


 避難場所だとしてもこれほどの深さは必要なく、何かを隠すための場所でも村から大幅に離れてしまっては利便性に難が出てしまう。

 いったい誰が、何のためにこのような通路を作ったのだろうか。


「うん? 水が流れる音かな?」

「ラピス渓谷の急流がある方向に向かっているみたいですから……。その音が響いてきているのかもしれませんね」

 採水路ではないかと一瞬頭をよぎったが、家の直下から繋がっているとなると恐らく違うだろう。


 渓谷よりもさらに深い地点に入り込んでいると思われるので、川をも越えて進んでいくことになりそうだ。


「お、あの先には広めの空洞があるみたいだね。変わったものが無ければ、あそこまで進んだところで探索を終わらせようか」

「お片づけをしなきゃいけませんからね。通路の探索はまた今度でいいと思います」

 先に見える空洞から、ゴウンゴウンと轟音が響いてくる。


 通路は終わりとなり、空洞内の様子が僕たちの瞳に映りこむ。

 そこには、想像を絶する空間が広がっていた。


「な、なんだここ……!? 貯水湖――いや、ただの貯水湖じゃない……!?」

 その空洞には川の水が貯めこまれていた。


 しかしそれはただの貯水湖ではなく、巨大な機械がうごめき、貯まった水をかき回し続けていていたのだ。


「『アディア大陸』でも見たことありませんよ……。私たちの村の地下に、こんな光景が広がっていたなんて……」

「水は……村の井戸がある方向へ流れているみたいだね。もしかしたら、ここで水を浄化したものを井戸水として使ってたんじゃ?」

 ただ水を貯めておくだけでは、水質が悪化してしまう。


 虫の卵や藻なども生えてしまうので、時折かき混ぜ、交換する必要があるのだ。

 この貯水湖はラピス渓谷の川から水を引き、それを機械の力で浄化しながら保存をしているようだ。


「お父さんたちは、このことを知っていたのでしょうか……」

「分からない……。けど、脇道に扉がある。何か情報を得られるかもしれないし、入ってみようか」

 当初の目的もすっかり忘れ、好奇心に導かれるまま見つけた扉に歩み寄っていく。


 扉は金属製らしく、傷んでいる様子はないようだ。


「私が先に中に入ってみていいですか? ここは私の家の地下。いずれ、知るべき場所だったはずなので」

「君が知るべき場所……か。わかった、任せるよ」

 扉の前を譲ると、ナナは真剣な表情を浮かべながらドアノブに手をかける。


 彼女の力だけで扉は無事開かれ、小部屋が姿を現した。


「机や本棚が……。誰かがここで過ごしていたようですね……」

 部屋の中には、わずかながら生活の跡が残っていた。


 机の上が置かれているほか、本棚まで用意されている。

 置かれているランプにまだ油が残っていたので、火を移しておくことにした。


 この部屋には、金属製の扉が付けられた入り口以外に通路はない。

 さらに奥に進むのであれば、先ほどの貯水湖から道を探す必要がありそうだ。


「この資料に書かれてる文字……。お父さんのだ……」

「え!? 本当かい!?」

 机を調べていたナナの真横に移動し、共に資料へと目を通す。


 表紙には、このようなことが書かれていた。


「古代文字の解読方法について……? 古代文字って、まさか!」

「多分、洞窟の中で見つけたあの文字のことです。同時に、帝都で読んだ本に書かれていたものと同じ……」

 次のページには、古代文字と現代文字の対応表が書かれていた。


 知識がない者でも理解しやすいように作られているらしく、練習問題などもあるようだ。


「最初は論文かと思ったけど、どちらかと言うと教科書みたいな感じだね。誰かに教えるつもりだったのかな」

「いろんな人に魔法を教えるのが好きな人でしたからね。私もたくさん――あれ? ここから先、全部が古代文字で書かれてます」

 対応表を駆使し、書かれている文字の解読を始める。


 親愛なる娘、ナナ。

 君がこれを読んでいるということは、私は既にこの世にはいないということだろう。


 いくつになっているかは私には分からないが、きっと、妻に似て美しく強い女性になったのだろうと思っている。


「君当ての、お父さんからの手紙か……! 読めるかい?」

「大丈夫です……! 怖くはありますけど、私が読まないといけませんから……!」

 ナナは大きく深呼吸をしてから文字たちを読み始めた。


 この手紙を書いたのは、凶兆を予想したからというわけではない。

 君と同じように、私も魔導士。実験に失敗して命を落とす可能性があるため、あらかじめ準備をしておいたんだ。


 君には、ジェイドス家の長として頼みたいことが複数ある。

 まず一つ目は古代文字について。既に対応表を読み終わり、理解もでき始めていると思うが、我々の祖先が使っていた文字だ。


 君がさらに精査するなり、他者にこの知識を譲渡するなりして、古代文字を失われないようにしてほしい。


「お父さんが頑張って解読した文字だもんね……。消えちゃったら悲しいよね……」

 二つ目は、古代の歴史を解き明かしてほしい。


 これも君が調査するなり、他者に依頼するなりどちらでも構わない。

 私たちはあまりにも過去のことを知らなすぎる。知らなければならないのだ。


「君のお父さんも、古代の歴史に興味を抱いたってことだね」

 三つ目。これは、いままで口うるさく言ってきたことと変わらない。


 君には、大魔導士になってほしい。

 文字でもこう伝える理由は、我が家のためだけではない。


 いずれ来るであろう、大きな災いに備えるためだ。


「大きな災いって……。まさか……!?」

「……続きを読みます」

 ここで、アルティ村の歴史について説明しておこうと思う。


 君も含め、多くの者がこの村のことを魔導士の村だと思っているはずだが、本当は違う。

 元々は歴史を追い求める者たちが住みつく村であり、そこに魔導士たちが後から住みついたことで、次第に魔法を追い求める村となっていったんだ。


「歴史を追い求める……。なるほど、君の家に歴史書が数多くあったのは……」

「各地から集めた歴史を、保存し続けていたんですね……」

 話を戻そう。残念ながら、私でも災いの正体は分からなかった。


 遥か過去に起きた出来事であるため、その時代の碑石等を発見しても痛みが激しく解読できなかったんだ。


「君のお父さんでも分からない災い……。一体、過去では何が……」

 なぜ、いつ、どこで、どのようにして起きるのか分からないが、せめてもの抵抗として力をつけておくことはできる。


 強大な魔法力を、それを自在に操る力を。

 そして、皆を導く大魔導士の権力を、君には持っていて欲しかったんだ。


 頼む。君の力で世界を守ってほしい。


「なるほど。大魔導士は、各集落の長だけでなく、国王様に直接働きかけられるほどの力を持つ。歴史を知り、災いの詳細を知っている者がそれになれば、被害を抑えられるかもしれないね」

「もしくは、多くの人の協力を募って災いに立ち向かえるかもしれません。お父さんは、それを見越して私に……?」

 このページに書かれている文は終わりのようだ。


 まだもう一つページが残っているが、続きだろうか。


「この先には何が書かれているのでしょうか……」

「大丈夫、僕がいる。一緒に読もう」

 不安そうな表情を浮かべたナナの手を握りつつ、小さくうなずく。


 彼女は決意を浮かべた表情でうなずき返すと、次のページを読み始めた。


「ここから先は、別の日の私が、異なる想いを抱いたために書き記したものとなる。これまでとは内容が異なるみたいですね……」

 ナナ。君がこの手紙を、最後のページを読むかどうかは分からない。


 私も妻も、君には勉強や修行ばかりを優先させ、ほとんど自由を与えてこなかった。

 嫌われていたとしても、何ら不思議ではない。


「そんなことないよ……」

 魔導士の名門ジェイドス家の長として、君には大魔導士になってほしかった。


 だが、君がたった一度だけの我儘をやり通した時に、私たちは間違いを犯していたと気付いたんだ。

 君が魔法剣士の少年ソラ君と出会い、二人で家を抜け出して、星を見に出かけたあの瞬間に。


「あの時のこと、バレてたんだ……」

「ま、まあ、さすがにね……」

 次の日の朝、満面の笑顔で眠っている君の寝顔が愛おしかった。


 その瞬間、この笑顔を見続けることこそが私の本当の願いだと気付いたんだ。

 同時に、君を道具として見ていた自分の愚かさにも。


 手紙にやってもらいたいことを書き連ねておいて、このようなことを書くのはどうかと思うが、先ほどの手紙の内容は忘れてくれても良い。


 これはジェイドス家の当主としての願いではない。君の父としてお願いする。

 こことは違う場所に住みつくのも、どこかを旅して生きていくのもいいだろう。


 大切な人と愛を育み、穏やかに暮らしていくのもいい。

 君が思うように生きて、幸せになってほしい。


 決して悔いのない人生を生きてほしいんだ。


「お父さん……。うう……! ううぅ……!」

 君と共に過ごした日々はとても暖かく、幸せだった。


 元気に生きるんだよ。セクトス=ジェイドスより。


「お父さん……! 私だって、同じ気持ちだよ……! 私だって、私だって……!」

 ナナの瞳から、とうに枯れ果てたはずの涙があふれ出す。


「あなたの娘として生まれてこられて、幸せでした……!」

 手紙を握りしめながら、静かに泣き続けるのだった。

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