「道中、巨大な炎柱がこの村付近に出現したのを見たんだが……。まさか、お前たちがやったのか?」
「ええ、ナナが自身の意思で実家を焼き払ったんです。あ、説明して良かったかい?」
「うん。いずれは知られちゃうことだしね」
マスターインベルも近々墓参りに向かうだろうと思っていたが、まさか同じ日になるとは。
これまでの経緯といきさつを説明しつつ、ケイルムさんの墓標に向かう彼女たちに随行する。
二人はナナが過去を乗り越えられたこと、上級魔法を取り戻せたことを喜んでくれた。
僕たちの会話の変化に驚く様子も見せていたが、特に問題なく受け入れてくれたようだ。
「いま思うと、私たちはほとんど会話をしたことが無かったな。お互い意気消沈していたから、挨拶程度しかしなかったんだったか。いまのお前の姿はとても魅力的に見えるよ。頑張ったな、ナナ」
「私が元に戻れたのは、インベルさんの尽力があったからこそ。アマロ村のあの家で、ソラと一緒に暮らせなければ、きっと元に戻れなかった。本当に、ありがとうございました」
マスターとナナが面を向かって会話と言えることをするのは、今回が初めて。
これまでに何度も機会はあったはずだが、それが成されることは一度としてなかった。
何か話すべきことがあっても、僕がその間のやり取りをしていたせいだろう。
「それにしても、あの立派な屋敷を書庫だけ残して焼き払う……か。辛くはないか?」
「大丈夫です。両親の想いは、全て受け取っています」
「そうか……。全く、未熟だと思っていた若者の方が先に乗り越え、年長の私がいつまでもうじうじしているとはな……。情けない限りだよ」
最も早く乗り越えたのが、最も傷ついていたナナになるとはどのような因果なのだろう。
前線で戦い続けているウェルテ先輩ですら、過去に囚われ続けているというのに、僕たちが乗り超えるには何が必要なのだろうか。
「ルペス先輩はどうやってこの村に来たんですか? 足はまだ不調でしょうし、荒れた道を進んでくるのは危険だったのでは?」
「うん? そんなの決まってるじゃないか。マスターの背中に乗せて――いて!? ジョーク、ジョークですから!」
先輩の脇腹に、マスターが持つ剣の鞘が突き刺さる。
冗談だとしても、女性に背負われてここまで来たと言うのはどうなのだろうか。
「実はこの村に続く吊り橋を作っていてね、直近で完成したところだったんだ。で、ちょうど俺の足の調子も良くなってきたから、墓参りと確認もかねてって訳さ」
「吊り橋ができた……!? それじゃ、僕たちはしなくていい苦労をしたってことですか……。まあ、ギルドに寄る暇もありませんでしたし、仕方ないんですけど……。なんかなぁ」
いくら調子が戻ってきているとはいえ、ルペス先輩があの道を進むのは不可能なので、もっと早くに気付くべきだったか。
とりあえず、帰りは危険な道を進む必要がなくなったことを喜ぶとしよう。
「それにしても、まさかこの村の地下に遺跡があり、巨大な機械とやらがうごめいているとはね……。あの防護されている書庫に隠し階段があるんだね?」
「ええ。それと、ナナのお父さんからの遺言で、書庫に眠る大量の本たちを収集しておかないといけないんです。ギルドで回収していただけませんか?」
「ああ、任せてくれ。君たちが見つけたという古代文字の対応表も、写しを貰っておきたい。後で用意してくれるかい?」
この先、古代文字は絶対に必要になってくる。
これから起こるであろう災いを防ぐためには、過去を知り、対策をたてなければ。
「さて、ケイルムの墓に着いたな。おや、この青い花は……。ソラが供えてくれたのか?」
「全部ではありません。数本は、僕たちが到着する前から供えられていました」
マスターに、ウェルテ先輩が来ていた可能性について話をする。
すると彼女は小さくため息を吐き、どこか安心したような笑みを浮かべた。
「全く、私には見向きもしないくせにな。まあ、あの子らしいと言えばあの子らしいか。お前が羨ましいよ、ケイルム……」
マスターは地面に膝をつき、ケイルムさんの墓標に額をこすりつける。
瞳から涙をこぼしながら、一年の報告が始まっていく。
「魔法剣士たちも、ソラも、皆元気でやっている。私も、ようやく業務に集中できるようになってきたよ」
マスターの背を見つめながら、僕もケイルムさんに黙とうを捧げる。
亡くなった彼のことを思うと、何度でも祈りたくなるのだ。
「ソラから聞いたか? ウェルテが生きていることを。全く、どこで何をしているんだろうなぁ……?」
「……父親の仇討ちをしていると同時に、母親を心配させる娘……か。孝行者なのか不孝者なのか、どっちなんだろうな……」
「僕にも分かりません。でも、彼女が多くの人に心配をかけているのは事実です」
ケイルムさんも、ウェルテ先輩のことを心配しているだろうか。
一人で戦い続ける彼女のことを、見守ることしかできない。
父親として、歯がゆさを感じていることだろう。
「あの子が生きていると聞いて、私はとても嬉しかった。また会えると分かり、胸が期待で震えた。だが、いまのあの子は一人だ。無茶をしてしまうかもしれない。間違えてしまうかもしれない」
マスターの声は強く震えていた。
喉の奥から出る言葉ではなく、まるで魂から訴えかけているようだ。
「だから、頼む。あなたも祈っていてくれ……。再び、子どもたちが共に歩ける日々が来ることを願い続けていてくれ……!」
マスターの言葉に、小さな疑問を抱く。
彼女は子どもたちと言っていた。
ウェルテ先輩に、まだ血族がいるということだろうか。
「先輩……。いまの話……」
「ああ、俺も初めて聞いた。まさかアイツに兄弟姉妹がいるとはな……」
そんな素振りを、マスターもウェルテ先輩も、ケイルムさんも見せていた記憶がない。
先輩の兄弟姉妹、どのような人物なのだろうか。