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第三十二章 要となるモノ

マスターの調査任務

「くあ……。ふああぁぁ……」

 テントから起き出し、昇って来た太陽に体を向けて伸びをする。


 マスターインベルやルペス先輩と話しこんだせいか、睡眠時間が短くなってしまった。

 眠気がひどいので、井戸に行き、顔を洗ってすっきりするとしよう。


「冷た~! 目覚めすっきり!」

 両手と顔に冷たい水が付着し、眠気が一気に消えていく。


 汲み上げたものはまだ残っているので、朝食の準備に使えばよいだろう。


「卵とハムを出して……。後は簡単な野菜スープと乾パンでいいかな」

 鍋に食材と味付けした水を入れて火にかける。


 温めながら中身をかき混ぜ、沸騰し始めたところで一旦火から取り外す。

 今度は肉と卵を入れたフライパンを火にかけ、次の料理を作っていく。


 すぐにじゅぷじゅぷと音が鳴り響きだし、焼けた脂の香りが周囲に広がりだす。

 後は余熱に任せ、再びスープの調理に取り掛かるとしよう。


「ふあ……。おはようございます……。ソラさ――あ」

「おはよ、ナナ。一晩経ったから、口調戻っちゃった?」

 テントから起き出してきたナナに笑みを浮かべつつ、朝の挨拶を行う。


 最後の一言に思う所があったらしく、彼女は小さく頬をふくらませながら井戸へと歩いていった。


「おはよう、白雲君。リハビリがてらに周囲の様子を見て回っていたら、不満そうな青薔薇ちゃんの姿を見かけたんだが……。何かしたのかい?」

 ナナが向かった先から、ルペス先輩が歩いてきた。


 目覚めた時にテント周辺にいなかったので、どこに行ったのかと思っていたら、村を一回りしていたようだ。


「ふふ、まだ慣れていないだけですよ」

 古い口調が出てしまったことを指摘され、ナナは不満を抱いたのだろう。


 会話を続けていれば自ずと慣れてくるはずだが、しばらくは思い通りに行かないことに悩む日々が続きそうだ。


「敬語から友達口調への変化……か。小さいことながら、より親密性が増したようだね。君も、俺にそうしてくれても構わないよ?」

「確かに、チームを組んだ仲間ですから問題ないかもしれませんけど……。先輩のことを呼び捨てにするのは抵抗がありますね……」

 小突いたり、軽口を言い合ったりしながら調理を続けていると、ナナが井戸から戻って来た。


 マスターも目覚めたらしく、寝ぼけまなこの状態で歩いてくる姿が見える。

 調理も最終段階に至ったので、もう間もなく食事ができるだろう。


「ナナ、お皿を用意してくれるかい? 先輩は乾パンの準備をお願いします。そのカバンの中に入っているので!」

「うん、分かった!」

「ああ、任させてもらうよ」

 てきぱきと作業が進められ、食事をする準備が整っていく。


 自身の席に着いたものの、再び眠り始めてしまったマスターを起こしつつ、食事を始めるのだった。


「野外に出ているというのに、朝からこのような食事にありつけるとはな。主食が乾パンなところが侘しいが、こればっかりは贅沢な悩みか……」

 スープを口に入れ、笑みを浮かべるマスターだが、乾パンにかじりついた後は空しそうな表情を浮かべてしまう。


 僕としても乾パンはあまり好きではないので、もう少し味が良く、携行しやすい食材があると嬉しくはある。

 保存食を作るにも手間がかかるので、彼女が言うように贅沢な悩みなのだが。


「『アイラル大陸』では出かける前におにぎりを渡されたよね? もしお米があれば、野外でも料理ができるのかな?」

「鍋を使えばできるし、それなりに日持ちはするけど、持ち運ぶにはちょっと向かないかなぁ……。温かいご飯を食べられたらって思いはするけど……」

 白米の一粒、一粒は小さいが、一食あたりに換算するとそれなりの量になってしまう。


 一人だけならまだしも、数人、数日分となると決して馬鹿にできない量となるので、携行食としては少々向かない気がする。

 プラナムさんたちが持つ技術を借りれば、携行しやすくなるのだろうか。


「技術が重なれば、新たな食事を楽しめるかもしれない……か。夢のある話だが、『戻りの大渦』が邪魔すぎるな。『アディア大陸』の技術でも、一度に多くの人を運ぶことはできないんだろう?」

「ええ。向こうの技術であれば『戻りの大渦』を回避できますが、大量輸送が難しい。レジナ・ウェントゥス号であれば大量の物資と人を運べますが、渦と断崖絶壁に阻まれる。難儀なものです」

 二つの大陸を見て回り、新たな知識と技術が海を越えた先にあることを確認できたものの、それを多くの人に伝えることができない。


 プラナムさんたちが研究している飛空艇が完成すれば、全てが解決するように思えるが、物資を大量に運べるように大型化するのにも時間がかかるだろう。

 大陸間が繋がるのは、そうそう容易なことではなさそうだ。


「夢を抱くことは大事なことだが、現実も見なければな。さて、そろそろ今日の話をするとしよう。ソラ、ナナ。実は二人に頼みがあるんだが、調査任務に同行してくれないか?」

「え? 調査任務ですか?」

 マスター自ら調査任務をすることに動揺しつつも、彼女の頼みとあらば断わる理由がない。


 念のためにナナに確認してみるも、彼女も同意を示してくれた。


「助かる。肝心の内容だが、魔力結束点を調べに行きたい。アルティ村から少し離れた場所にある森。その中にあるモノを……な」

 魔力結束点という聞きなれない言葉に、首を傾げてしまう。


 そんな僕に、ナナは若干ながら驚いたような表情を見せていた。


「魔力結束点は、大地から魔力が噴き出す場所のこと。『アイラル大陸』にもあるでしょ?」

「大地から……? いや、そんな存在は知らないな……」

 十二年の月日を『アイラル大陸』で過ごしたが、そのような名は一度として聞いたことがない。


 全土を詳しく歩き回ったことはないので、もしかしたら魔力結束点とやらがあるのかもしれないが。


「そうなの? 大体、森とか自然豊かな所に――あ、ソラの故郷は寒冷な気候だから……?」

「いや、私も調査で向こうに渡り、大陸南部の方にも行ったことがあるんだが、その際に結束点は一度として見かけなかった。もしあったとしても、この大陸と比べて圧倒的に数が少ないんだろう」

 マスターとナナの話によると、魔力結束点は自然豊かな土地で稀に見つかることがある、魔力の噴き出し口とのことだ。


 膨大な魔力が噴き出すので、その恩恵にあやかりたい魔導士や魔道具製作技師たちが時折訪れることがあるらしい。

 魔力自体に自然物を活性化させる効果があるので、結束点の周辺が自然豊かな土地になっていくという学説もあるらしいが、詳しくは分かっていないそうだ。


「で、その魔力結束点とやらの調査をするんですよね? 何か問題が発生したんですか?」

「何も起きていない――が、これから起こる可能性はある。事前に調査をしておきたいんだ」

 放置したことで異常が発生し、被害者が増えたり、より人員を割くはめになったりするよりかはずっといい。


 例え問題が起きてなかったとしても、今回の調査で得た経験を別の場所で発揮することもできるのだから。


「魔力結束点までの道のりは案内できますので、私に任せてください!」

 ナナはそう言うと、大きく胸を張ってくれた。


 迷いやすい森を案内してくれる上に、完全に力を取り戻した彼女がいれば、百人――いや、千人力だろう。


「助かるぞ。では食事と片付けが終わり次第、出発するとしよう」

 マスターの指示で、食事をする手が早まっていく。


 片づけを終えた僕たちは、アルティ村に別れを告げ、魔力結束点への旅路を歩むのだった。

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