「各大陸に住む『聖獣』……。その一翼であるニーズヘッグに遭遇した……か。なかなか興味深い旅をしてきたようだね」
「『アヴァル大陸」でそのような話は聞いたことがないな……。『アイラル大陸』でも耳にしたことはないんだろう?」
ナナ、ルペス先輩、マスターインベルと共に草原を歩きながら、『アディア大陸』での出来事を報告する。
ニーズヘッグ様と出会ったなどの重要な部分もあるが、彼女たちに秘匿しておく理由はない。
むしろ話をしておくことで、いざという時に協力を要請しやすくなるはずだ。
「圧縮魔の完成報告が来たと思ったら、『アディア大陸』に行きたいとの要請。英雄の剣とやらと『聖獣』の情報を持ち帰ってくるとは……。しかし、お前が英雄候補か……」
「悔し涙を流しながら訓練をしていた少年が、俺たちを超える存在になるかもしれないと。全く、分からないもんだね」
本当に、自分でも想像すらしていなかった。
いや、していたにはしていたが、どちらかと言うと身の丈に合わない願望のようなものだったので、それが成就する可能性があるのは少々複雑だ。
「あれ? どうされたんですか、マスター。目元を拭ったりして……」
「……魔法剣士の一人が一人前となり、しかも世界に名を遺す人物になれるかもしれないんだぞ? 胸がいっぱいになっただけさ」
魔法剣士のマスターとして、僕の成長を喜んでくれているようだ。
良くも悪くも、僕は大勢の人たちの手を煩わせてきた。
英雄になれたら、その人たちも喜んでくれるだろうか。
「そんなことより、森が見えてきたぞ。あれが、魔力結束点のある場所か?」
「ですね。それなりに深い森なので、注意をお願いしますね」
マスターたちの視線の先を見つめると、そこには確かに森があった。
アマロ村の森と同等程度の範囲のようだが、一本一本の木が太く大きいように思える。
結束点から噴き出した魔力を浴び続けたことで、巨木となったのだろうか。
「さすがにこの距離では観測できないか……。やはり、森の中に入る必要がありそうです」
「予想の範疇どころか、元々そのつもりだ。入ったら、ルペスは道具を用いて道中の魔力濃度を測り、ソラは案内人であるナナを守ること。いいな?」
「マスターも守らせていただきますよ。ここ一年で得た力をお見せいたします!」
守る力を教えてもらい、圧縮魔を操れるようになり、剣の強化をしてもらった。
日々の戦いにより技術も伸びてきているはずなので、情けない姿を見せるなんてことはないだろう。
「……そうか。では、私の護衛も任せるとしようか。よろしく頼むぞ、ソラ」
「ええ、お任せください!」
重要人物の護衛はこれで二回目。
最初はケイルムさんで、今回はマスター。
年月を経てご夫婦を護衛することになるとは、不思議な縁もあるものだ。
「前回はケイルムさんを守り切れず、むしろ僕が守られる方になってしまいました。今度こそ……。今度こそ!」
「気持ちをはやらせるな。できることもできなくなってしまうぞ」
マスターの言葉により、興奮が幾分納まる。
これまでに起きた出来事と、似たような状況が再び起ころうとしている。
ここで何事もなく護衛を完遂できれば、乗り越えるための一助になるかもしれない。
「よし、では行こうか。ルペス、ソラ、ナナ。よろしく頼むぞ」
「「「分かりました!」」」
決意を固め、森へと進むマスターに追従する。
遠目から見たとおり、森の木々は太く大きく成長していた。
通り道は暗くうっそうとしており、エルル大森林を思い起こさせるようだ。
「とてつもない魔力ですね……。これじゃ、道具を駆使する必要もなさそうですが……」
「きちんと計測はしておいてくれよ? 結束点の探索も大切だが、観測を重視したいんだからな」
「ええ、しっかり調べさせていただきますよ」
ルペス先輩は肩にかけているカバンからゴーグルと箱らしき物を取り出し、それらを接続していく。
完成した計測道具が背負われ、彼の瞳がゴーグルで覆われた。
「白雲君、悪いがカバンを持ってくれるか? 計測の邪魔になると困るからな」
「分かりました。預からせていただきます」
僕にカバンを預けた先輩は、さっそくメモに何やら数値を書きだしていた。
背負った箱で魔力を計測し、ゴーグルでその反応を見られるようにしてあるのだろう。
プラナムさんたちがその道具を改造するとしたら、自動で計測した数値を書きだしてくれる機械になりそうだ。
「む、早速モンスターが現れたか。あれは確か、フォレストグリズリーだったな。危険なモンスターだが、押し通らせてもらうぞ」
言うが早いか、マスターは剣を抜き取り、出現したモンスターめがけて走り出していった。
防御魔法を使用し、突っ込んでいった彼女を守るための防御壁を張る。
僕の横ではナナが魔法を詠唱し始め、攻撃準備を整えているようだ。
「我が剣技、受けてみ――なに!?」
マスターが放った攻撃は、フォレストグリズリーには当たらなかった。
避けられたのではなく、まるで実体がないかのごとくすり抜けてしまったのだ。
「インベルさん、離れてください!」
「ああ、分かった!」
マスターが素早く距離を取るのと同時に、ナナが魔法を発動する。
四方八方に風の刃が出現し、中央にいるモンスターに向けて動き出し――
「これは……! なるほど、そういうことか……」
魔法が命中したモンスターは、なんと肉片一つ残さず霧散してしまった。
まるで最初からそこには何もいなかったように見えるが、あの存在は一体?
「濃密な魔力は時に幻を生み出します。先ほどの存在は、この森に住むモンスターの姿を映し出した像でしかないようですね」
杖を背負い直しながら、ナナが説明をしてくれた。
この森には、幻影がいくつも発生する可能性があるということか。
本当のモンスターとの区別がつきにくいので、探索をする上で厄介そうだ。
「心配しなくても、計測器で先ほどの幻影の情報は得ているさ。何かと遭遇したら、まずは俺が先に幻影か本物か調べさせてもらう。その後に行動開始でも問題はないはずさ」
幻影に怯え、本物を侮るようでは進軍すらままならないので、判別がつくようになるのはとてもありがたい。
だが、魔力が濃い環境柄、他にも特別な現象が起きる可能性は十分にある。
気を引き締めていかねば。
「進むぞ。立ち止まっている暇はないのだからな」
マスターの言葉に、皆の表情が引き締まる。
僕たちは、幻を見せる森を進んで行くのだった。