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幻妖の森

「何とか倒せましたか……。幻も同時に見えるせいで、いつも以上に戦いにくいですね」

 視線の先では、幻ではなく、本物のフォレストグリズリーが地に伏していた。


 その屈強な肉体にかなりてこずらされたが、何より苦戦したのは幻だ。

 突如として他のモンスターが出現したように見せかけたり、戦っている相手を覆い隠してしまったり。


 果てには勝手に魔法が発動し、火炎が巻き起こったりするのだから、たまったものではなかった。


「こんなにはっきりとした幻が見えるなんて……。六年前と比べても魔力の量が多いように感じるし、魔力結束点に何か変化でも起きたのかな……」

 ナナの話によると、この森は幻を見せることはあっても、ここまで明確なものを映し出すことはなかったらしい。


 勝手に魔法が発動することもなく、むしろ魔法を扱う際の一助になっていたそうだ。


「結束点から放出された魔力が、森という自然の防壁に覆われることで溜まりやすい状態になっているようだな。いままではアルティ村の魔導士たちが魔力を消費していたために、これほどにはならなかったみたいだが……」

「何かしらの方法で、消費させる必要があるってことですね……。でないといずれ、先ほどの火炎以上の大災害が起きる可能性が……」

 森を丸ごと焼き尽くすような異変が、起こり得るということだろう。


 マスターたちはこれを懸念し、行動を起こしていたようだ。


「いままで行われていたことが急に行われなくなれば、異常は起きる。ましてや相手は大自然。何が起きても不思議じゃないさ」

 ならば今度は、魔力を消費するための手はずを考えなければならない。


 結束点にたどり着き、観測が終わったとしても、災害が起きてしまっては意味がないのだから。


「問題は、溜まりすぎていることにありますね。これほどの量は、数多くの魔導士を動員しても消費しきれるものではありません。一体、どれだけかかるか……」

 仮にその方法で魔力を消費できても、魔力結束点から魔力が噴き出し続けているのでは、一時的な処置でしかない。


 継続的な魔力の消費をしたいところだが、集落から離れた場所にあるため、容易なことではないだろう。

 魔力結束点、うまく扱えれば多くの利益をもたらしてくれるが、中々に厄介な問題のようだ。


「もう間もなく魔力結束点がある場所です。これまで以上の魔力に包まれることになるので、注意してください」

 僕たちが行く先は、霧となった魔力が色を発しながら樹々を包んでいる。


 自然界に薄く存在する魔力が、目に見えるほどの濃さになるとは。

 どこか妖しく、美しくも見えるその光景に、僕の目は奪われかけていた。


「魔力結束点、到着しました」

 霧を抜けた先には、美しい花園があった。


 どれもこれも外界で見る物よりも大きく、色濃く成長している。

 あまり花に興味がない僕でも、何本か摘み取り、持ち帰りたいと思ってしまったほどだ。


「観測を始めるので、周囲の警戒はお願いします」

「ああ、任せておけ。私とナナはモンスターの接近がないか調べる。ソラはルペスについていてやれ」

 マスターの指示に大きくうなずき、ルペス先輩と共に花園の中心へと向かう。


 地面には穴が開いており、深い穴の底から勢いよく魔力が吹き上がってきていた。

 この穴の先には、一体何があるのだろうか。


 中に入ってみたいとは微塵も思わないが、人跡未踏の地に繋がっているかもと思うと、大変興味がそそられる。


「……この場の景色を見ていると、結束点を中心に自然が成長したように見えますね」

「だね。だが、後天的にできた結束点も存在しているそうだ。俺たちに分かるのは、魔力が噴き出す穴であり、自然を大きく成長させているということだけさ」

 先輩はゴーグルを目に被せ、弾き出される数値をメモに記載し始めた。


 彼に危険が及ばないよう、警戒をしつつ結束点の穴を覗いていると。


「なんだ、この数値は……? いくらなんでもこれは……。器具の異常か……?」

「ルペス先輩? どうかされました?」

 先輩は僕の声に反応を示すことはなく、どこか緊張したような面持ちで背負う道具を調べ出した。


 首を傾げつつ、再び結束点の穴に視線を向けようとしたその時。


「ソラ! ルペスさん! 結束点から離れて!」

「クソ! 異常じゃないのか! 青薔薇ちゃんの言う通りだ、でかいのが来るぞ!」

 道具たちを放り出し、先輩は僕の右手を掴んで逃げるように促してきた。


 異常が起きていることに気付き、この場を離れるために足を踏み出す。


「ルペス! ソラ! どうした、何があった!?」

「とてつもない魔力が穴の中から浮上してきています! ここに留まっていては――」

 穴から少し離れたところで会話を始めようとした瞬間、ボンという破裂音と共に、地面に放り出された道具が爆発を起こした。


 膨大な魔力の負荷に耐え切れずに壊れてしまったのだろう。


「よりによって、コイツが住みついていたのか……! これは少々まずいな……!」

 破壊され、散らばった部品の上に半透明の存在が浮かんでいる。


 人にも、モンスターにも見える、不明瞭な魔力の影――ゴーストが魔力結束点の底から姿を現したのだ。

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