「何とか、倒せましたかね……?」
「ああ。あそこまで霧散させれば、あの個体は復活できないだろう」
竜巻が収まった花園からは、ゴーストの姿が消え去っていた。
勝利を収められたことに安堵しつつ、皆が武器をしまっていく。
僕も魔力結束点から英雄の剣を取り出し、鞘に納めようとしたのだが。
「ふぬぅ……! だ、ダメだ、全然動かない……。おかしいなぁ……?」
「ソラ? 何してるの?」
何と、まるで剣に根が生えたがごとく固定されてしまったのだ。
その異常に気付いたナナやマスターたちが、抜き取るための案を出してくれるのだが、どれもこれもうまくいかなかった。
「その剣は魔力を吸い取る力を持つ、だったな? ならば、結束点から魔力を吸い取り切れば動かせるようになるんじゃないか?」
「それはそうかもしれませんが……。生態系に悪影響を及ぼしたりしませんかね?」
この森は結束点から吹き出る魔力を糧に成長している。
全てを奪い取り、森に行き渡らなくなれば、自然が崩壊してしまうのではないだろうか。
「あ、動かせるようになったみたいです。よい……しょっと。ふぅ……」
結束点から剣を抜き取り、損傷が無いかくるくると動かしてみる。
すると今度は、木々の間から白い霧状の魔力が集まってきた。
どうやら、周囲を漂っていたものすら吸い取ろうとしているようだ。
「戦いに使われた魔力まで……。ずいぶんと貪欲な能力を持っているようだな」
「やっと、収まってきたみたいです。この剣は、どこまで魔力を集めるつもりなんだろう……」
剣を握っていても、特に変わった感覚はない。
底知れぬ容量に少々警戒を抱きつつ、鞘にそれを納める。
「青薔薇ちゃん、本職の魔導士である君にこそ尋ねたい。これは、なんだい?」
結束点の様子を見ていたルペス先輩が、どことなく動揺した様子でナナに質問をする。
何か異変が発生したのかと、急いで穴に視線を落とす。
そこからは魔力が噴き出していたが、勢いは大きく弱まり、まるで高原に吹き渡る静かな風のようだった。
「私でも分かりません……。これまでに何度魔力を消費しても、こんな状態にならなかったのに……。英雄の剣のおかげ、なのかもしれません……」
英雄の剣を握り、ほんの少し鞘から抜き取る。
ただ魔力を吸い取るだけでなく、結束点の調整をすることもできる剣。
これもこの剣の役目なのだろうか。
「もしかしたら、エルル大森林にも巨大な結束点があったのかもしれない。それの調整をしつつ、剣が保有する魔力を高めていたんだとしたら……」
「あり得る……かもね。あの森も、剣が刺さっていた樹も異常と思えるほどに大きかった。そっか、『アディア大陸』にはあの場所一か所にしか存在しないとすれば……」
自然豊かな土地が、エルル大森林しか存在しない理由になるだろう。
そして、英雄の剣が抜き取られた際に結束点の調整が完了しているのであれば、大陸全体の自然が豊かになっていくのかもしれない。
「他の大陸のことは分からんが、我々としても結束点の問題が解消されたことは重畳だ。それと同時に、一つの説が有力視できそうだな」
「ですね。結束点から噴き出る魔力は自然物だけでなく、モンスターをも成長させる。強大かつ凶暴に……」
マスターと先輩の言葉を聞き、ニーズヘッグ様から聞いた言葉を思い出す。
要、起点となり得るモンスターを退治すれば、大災害を防げるかもしれないという言葉を。
「マスター。他に異常が出ているかもしれない結束点って分かりますか?」
「恐らく、この大陸全土に存在する全てがそうだと思うぞ。いままでこれと言った対処がされたという話は聞いたことがないからな……。なるほど、結束点がカギというわけか……」
この大陸に存在する結束点の数だけ、先ほどのゴーストと同等のモンスターたちが存在している可能性がある。
他の結束点を封じることができれば、大量のモンスターに集落を襲われるという悲劇を消すことができるかもしれない。
仮にモンスターたちが暴れ出したとしても、結束点の数が減っていれば六年前ほどの出来事は起こらないはずだ。
「さっきのゴーストが起点となり得るモンスターだとしたら、この周辺は安全になったってことだよね? 私としては、すごく嬉しいなぁ……」
「アルティ村の跡地を蹂躙されることはなくなったってことだからね。村の人たちも、君のご両親も、ケイルムさんもこれでゆっくり眠れるわけだ」
六年前には涙を呑むしかできなかった出来事たちが、解決に向かいだした。
心を高鳴らせながら、英雄の剣の鞘に触れる。
「ならば、我々も協力しないわけにはいかないな。結束点の探索とモンスターの調査は任せてもらおう。可能であれば退治もするが、無理な時はお前たちに協力を要請させてもらうぞ」
「ええ、もちろんです。この剣が無ければ結束点を封じられないのであれば、必ず僕が出向かなければならないわけですし」
また探さなければならないものが増えてしまったが、不安も不満もない。
むしろ全力で探しに行きたいという気持ちが、高まっていくのを感じるほどだ。
「ソラに頼んでおいたモンスター図鑑用の情報も役に立つというわけだ。退治するにも足止めするにも情報があれば有利に動けるからな」
「アハハ、なんだか嬉しいなぁ……。僕たちがやって来たことが花となり、実を結び出してる。頑張ってきて、本当に良かったね」
「だね。でも、ここで終わりじゃないよ。たくさんのモンスターたちの情報を記録して、お互い傷つけあわないようにするのが目的なんだから!」
「な、なんだ、なんだ? 俺の知らない話がどんどん進んで行くぞ……」
一人置いてけぼりになってしまい、寂しげな表情を見せるルペス先輩を見て、皆が笑い出す。
僕たちが思い描いていた未来は、そう遠くないのかもしれない。