「よし、開いた。ただいまー」
「あ、お帰りなさーい」
自宅の玄関を開き、中にいる家族たちに声をかけると、リビングからこちらに向けて歩いてくる音が聞こえてくる。
最初に顔を見せてくれたのはスラランだ。
コバ、ルトと続いて、レイカが最後にリビングからやってくる。
レンは自室にいるのだろうか。
「ただいま、みんな! お土産買ってきたよ!」
両手に袋を下げたナナが、明るく元気よく家族たちに声をかける。
お土産という言葉に喜びながら、モンスターたちはリビングに入っていく彼女を追いかけていく。
その様子を、レイカは不思議そうに見つめていた。
「ナナさんの雰囲気が変わったような……? 出かける前より、ずっと元気になってるよね……。お墓参りで何かあったの?」
「お、気付くかい? まあ、色々あってね。とりあえずリビングに行こう。レンも呼んでこないとね」
家族が一堂に会したリビングで、出かけた先で起きたことを説明する。
墓参りは無事に終了したこと、村の地下に遺構があり、そこでナナのお父さんが残した物を見つけたこと、ナナが過去を乗り越えられたこと。
大陸各地に魔力結束点というものがあり、そこに棲みついたモンスターが重要になるということ。
レイカとレンは、お土産のお菓子を食べつつ真剣に話を聞いてくれた。
「そっか、ナナさんも乗り越えられたんだ。だからいつもと違うように見えたんだね!」
「そうなの? 私、いつもと違う?」
「確かに違う。前まではほんの少し無理をしてる雰囲気があったけど、いまは後ろ向きな感情が全く出ていない。真っすぐで、素敵」
レイカとレンが、現在のナナの状態を説明してくれる。
感受性豊かな子どもたちだからこそ、彼女の変化がより強く伝わる。
僕も乗り越えられた際には、この変化が自然とにじみ出るようになるのだろうか。
「あ、あの……。ナナさん……。一つお願いしたいことがあるんだけど、いい……?」
「ん? どうしたの、レイカちゃん。そんなに緊張しないで、いつも通り質問してくれればいいんだよ?」
優しく包み込むような声に、強張っていたレイカの表情が柔和する。
彼女は改めて大きく息を吸ってから、お願い事を口に出す。
「ナナさんのこと、お姉ちゃんって呼んじゃダメかな……?」
レイカのお願いに、僕の口角がゆっくりと上がっていく。
「ずっと、ずっと前からそう呼びたかったの。でも、ナナさんは色々大変なのに、私ばっかり我儘言っていいのかなって、同時に思ってて……」
「そうだったんだ……。ううん、我儘なんてとんでもないよ。とっても嬉しい……。私も、レイカちゃんたちのお姉ちゃんになれたらなって思ってたから……!」
以前、僕たちの関係を羨ましがるナナに、レイカたちのことを妹弟だと思えばいいと言ったことがある。
当時はまだ信頼関係が十全ではなかったが、共に月日を過ごし、多くの困難を乗り越えてきた現在であれば、もはや遠慮など必要ないだろう。
「やった! じゃあ、これからナナさんのこと、ナナお姉ちゃんって呼ぶ! レンもそう呼ぶよね?」
「え、僕も……? た、確かに、ナナさんのことはお姉さんみたいな人だとは思っていたけど……」
レイカからの圧に、レンは僕とナナとを交互に見つめた。
呼べること自体は嬉しいみたいだが、なんとなく気恥ずかしさがあるのだろう。
「呼びにくかったら、僕を呼ぶみたいにナナ姉って呼べばいいんじゃない? そうすれば、尊敬する人みたいな感じになるはずだし」
「なるほど。その案で行かせてもらう」
「ええ~? お姉ちゃんでいいと思うのに……。せっかくなんだし、お兄ちゃんの呼び方も変えたらどう?」
お姉ちゃんと呼ぶところを見たいレイカと、気恥ずかしさからそう呼べないレンが言い争いを始めた。
そんな二人のやり取りを見つめながら、小声でナナと耳打ちをする。
「どう? お姉ちゃんって呼ばれた気分は?」
「そんなの、嬉しいに決まってるよ。でも、呼びたいって気持ちに気付かずに、我慢させちゃってたわけでしょ? それがちょっと悔しくて……」
確かに、我慢させていたのは確実だろう。
だが、それを言ってしまえば、僕はレイカに我慢しろと言っていたようなもので。
「ああ、確かに。一カ月位我慢させるお兄ちゃんがいるんだから、気にしなくても良いか」
「それ、掘り返す~? まあ、言い返せることは微塵もないけどさ」
否定気味の言葉だというのに、不思議と心が痛むことが無かった。
そういう皮肉を言えるようになったのも、大きな変化と言っていいだろう。
「私のことを大切に思ってくれる大好きな人たち。そんな人たちが住む場所に、元気になって帰ってこれて本当に良かった。これから、ちょっと変わった私をよろしくね!」
喜びに満ちた表情を、ナナは僕に見せてくれる。
ここが君の暮らす場所。
僕はそれを守るための、もう二度と失わせないための決意を固めるのだった。