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眠る魔導士

「んう……! 勉強をしていたらいい時間になっちゃったね。ミタマさんとイデイアさんも、今日は夕食を食べていきなよ」

 大きく伸びをしながら時計を見ると、いつの間にか時刻は夕食を作り始める時間となっていた。


 せっかくモンスターたちの勉強を始めたというのに、僕たちの都合でミタマさんとイデイアさんを帰してしまうのはいささか気が引ける。

 レイカも喜ぶはずなので、提案を受け入れてくれると良いのだが。


「良いんですか!? ぜひ、ごちそうに――」

「いや、ご迷惑をかけるわけには――」

 ほぼ同時に、対極となる答えが少女たちから帰って来た。


 早速二人は顔を見合わせ、お互いの意見をぶつけ合い出す。


「あははは……。じゃあ、こっちもナナと相談をしてくるから、どうするか決めておいて」

 少女たちをリビングに残し、ナナの自室へと向かう。


 滞っていた作業を進めると言っていたが、彼女は昼休憩から一度もリビングに入ってきていない。

 『アディア大陸』に出かけていた分、溜まっていたであろう作業があることは想像に難くないが、休憩時間を取る暇もないほどの作業などあっただろうか。


「ナナー、もう夕方だよー。ずっと部屋に籠ってないで、少しは休憩したら? ナナー?」

 扉をノックしながら声をかけるも、ナナの声が返ってこない。


 注意力が高い彼女らしくないので、もしかすると。

 念のために声をかけながら室内に入ってみると、作業机に顔を付ける形で眠っている彼女の姿が。


 何やら作業を行っていた果てに疲れ、寝てしまったようだ。


「お疲れ魔導士さんは何をしていたのかな~っと。これは、参考書……かな?」

 机の上にばらまかれていたのは、薬草やビンではなく、勉強用の本たちだった。


 これらの情報は、全てナナの頭の中に入っているはず。

 なぜ、勉強し直すなんてことをしているのだろうか。


「魔法を初めて使う人向けの本もある。いくら何でもこれは――あれ? この紙、もしかして……」

 見つけた紙に記された文字を読みつつ、暦を調べる。


 来月のページには赤い丸が付けられた日があり、メモ用のスペースには試験当日と書かれていた。


「なるほど、魔導士試験の受験表があるわけだ」

 見つけた紙には、ナナが受験しようとしている試験の内容、受験場所、受験日等が記載されていた。


 魔導士試験は、世の魔導士たちが栄光を夢見て受験をする大事な試験。

 この試験で優秀な成績を収めることで、初めて魔女・魔人と呼ばれるようになり、より強力な魔法を身につけることや、深くには入り込めないものの、政に関わることもできるようになるのだ。


「いまの君は、心の底から大魔導士になることを望んでいるんだね」

 ナナの元には、これまでに何度も魔導士試験の試験案内が届いていたが、試験を受けることは終ぞなかった。


 初級魔法しか使えなくなっていたこと、心に大きな傷を負っていたことで、とても受験する気にはなれないと口にしていたものだ。

 だが、痛みを乗り越え、上級魔法をも取り戻した現在であれば、試験を受けない理由がないだろう。


「試験は確実に合格するだろうけど……。試練はそこから……か」

 ナナの魔導士としての才能が、歴代の大魔導士に劣るとは全く思っていないが、すぐにそれに成れるとは思っていない。


 大魔導士は、魔導士たちを導く者のこと。

 いくら才能に満ち溢れていたとしても、突如出現した魔導士のことをその名で呼ぶ者はいないだろう。


 ナナは試験を受けて魔女となり、新たな経験を積むことで、大魔導士に至ろうとしているのだ。


「起こさない方が良いかな。好きな時に食べれるようにサンドウィッチでも作りますかね」

 ベッドにかけられている毛布を外し、ナナの背にそっとかける。


 体調を崩して試験を受けられなくなったら、悔やみきれないのは彼女だろう。


「お休み、ナ――」

 部屋を出ていこうとしたその時、本棚に置かれたとある本が目に入る。


 背表紙にタイトルが書かれていない、どこか不気味さを覚える漆黒の本だ。

 なぜかそれが気になってしまい、手を伸ばす。


 本棚から出てきた物はかなり年季が入っており、各ページが黄色く変色していた。


「えっと……。超級魔法、その全て……!?」

 慎重に本を広げると、そこには驚愕に値する内容が記されていた。


 上級魔法のさらに上に存在すると言われる超級魔法。

 禁断魔法とも呼ばれるそれは、ごく普通の書物には記載すらされない、秘匿されたに等しき魔法たちだ。


 それらが、目の前の本に羅列されている。


「一回使っただけで、集落を瞬時に破壊できるレベルの魔法ばかりだ……。どうしてこんなものが、いつの間にナナの私物に……?」

 最初から持っていた記憶はないので、アルティ村に行った際に見つけてきたのかもしれない。


 大魔導士になることを志し、この本を得たということは、この先これらの魔法が必要になる可能性があるということ。

 ナナがこれらの魔法を悪用するとは微塵も思っていないが、ここに書かれている魔法たちを覚えてほしくないという思いを抱いてしまう。


「……普通の方法では解決できない事象を退けるために、この魔法たちはあるんだ。そうだと信じよう」

 何事にも、存在するのには理由がある。


 危険だからと止めるよりかは、何のためにこの魔法たちが存在しているのかを知るべきなのだろう。


「あれ? メモが挟まってる……。これは後で読んでみるとして、このページには何が?」

 これまでにも強力な魔法が羅列されていたのだから、このページに書かれている魔法も常識外れの物なのだろう。


 実際、その想像は当たっていたわけなのだが。


「蘇生魔法リバイヴ……。消えた命を救う魔法……!? この魔法なら、もしかして……!」

 既にこの世から去ってしまった人たちを、蘇らせることができる魔法かと思い、精読を始める。


 だが、そうそう都合の良い魔法ではなかったらしく。


「魔力ではなく生命力を消費する魔法のため、魔法の扱い方を理解していれば、だれでも使える魔法。が、効果があるのは命を落としてからの短時間で、しかも使用者は確実に命を落とす……か」

 亡くなってから時間が経っている人物と、また会えるかもという考えは高望みだった上に、自らを犠牲にしなければならない魔法だったとは。


 それほどまでに命の再生は難しく、代償を伴わなければ成し得ない出来事なのだろう。


「命に代えても救いたい人がいる時に使う魔法か……。だとしても、もう二度と会えなくなっちゃうんじゃな……」

 ナナが命を落としたとして、彼女を蘇生するためにこの魔法を使ってしまえば、今度は僕が落命することになる。


 命に代えても守りたい人であり、彼女のためならこの魔法を使っても構わないとすら考えてはいるのだが。


「そうしたら、ナナは苦しむだろうな……。僕に身代わりにさせてしまったって考えるだろうし……」

 嘆き悲しむナナの姿は容易に想像がつく。


 だが、蘇生魔法を使わなければ命を落としてしまうとなれば、きっと僕は使ってしまうだろう。

 それは恐らく、ナナも同じなわけで。


「繰り返し使って、なんてこともあったんだろうな……」

 お互いがこの魔法を理解していたせいで、掛け合いが起きたこともあるのだろう。


 両者ともに命をすり減らし、最終的に共倒れに至ったであろうことも想像がつく。


「僕が使えばナナは使うはず。ナナが使えば僕もまた使ってしまう。蘇生魔法の名を冠しているけど、実際のところは命を奪う魔法か……。禁断魔法になるだけあるかな」

 短時間以内という縛りがあろうとも、リスクなしで蘇生ができる魔法であれば、普通の書物にも記載がされるはず。


 失った物を取り戻す代償として、自らの命を差し出さなければならない。

 そうして失われた命を、他者が取り戻そうとして再び失われていく。


 希望を騙った負の魔法。禁断魔法とされるのも、むべなるかな。


「っと、挟み込まれていたメモには何が……。絶大な生命力を持つ存在が使用すればもしかしたら――か。人が使う魔法なのに、それは無理があるよなぁ……」

 メモを元あった場所に挟み込み、蘇生魔法のページに手を乗せる。


 ビリビリという音を聞き流しながら本を閉じ、元あった場所にそれを戻すと。


「んぅ……? うう~ん……。いっけない、いつの間にか眠っちゃってた……」

 寝ぼけた声を出しつつ、ナナが作業机から顔を離した。


 僕が出した音に気付き、目を覚ましたのだろうか。


「おはよ。よく眠ってたね」

「あえ……? ソラ……? いつの間に入って来てたの……?」

 ナナは僕の存在に気が付くと、こちらに顔を向けながら体をプルプルと震わせ、大きく伸びをする。


 ほぼ無断での入室だったが、特に気に留めている様子はなさそうだ。


「あ~あ、部屋に入ってきてたのに気づかないなんて……。起きるまでの間に、色々見てたんでしょ?」

「うん、全部見ちゃった。君が魔導士試験を受けるために勉強していることも、疲れて眠ってる様子もね」

 ナナは少しだけ頬を赤く染め、照れ臭そうに舌を突き出していた。


 そんな彼女の元に近寄り、美しい黒髪に触れながら少しだけ厳しい表情を作る。


「いくら大切な試験でも、机に顔を付けて寝るほどに自分を追い込むのは見過ごせないな。この様子だと、夜中も遅くまで勉強してるんでしょ?」

「う……それは……。でも、ソラだって徹夜したことあるじゃん……」

 これを言われてしまうと反論し辛くなってしまうが、僕はナナが勉強をし直す必要があるとは微塵にも思っていない。


 もちろん勉強をしなくていいというわけではなく、過去の知識をおさらいするよりかは新たなことに視線を向けるべきだと考えているのだ。


「いまの君なら、一人で勉強するより、色んな人に魔法の知識を教える方が勉強になるはずだよ。自分の知識が間違っていないという裏付けになるし、なにより大魔導士になったら教えることの方が多くなるんじゃない?」

「それは……。確かにそうかも……」

 ナナはとうの昔に、学習するという領域は過ぎ去っている。


 新たな世代、魔法を学びたいと思っている人たちに、教えていく力を身に着けるべきだろう。


「絶対に興味を持ってくれる子たちが、いまなら何人もいる。僕もより強力な力を身につけたいわけだしね」

「教えて学ぶ……か。そうだね、みんなでやってみよっか!」

 笑顔でうなずいてくれたナナに微笑みを返し、部屋の出入り口へと移動する。


 彼女は机の上に散らばった教材を片付け始めたようだ。


「今日の夕飯は僕が作るよ。その間、レイカたちと一緒に魔法の勉強をしてごらんよ」

「うん、分かった! お願いね、ソラ!」

 声を背に受けながら、扉を開いて外に出る。


 そして近場の壁に体を預け、大きくため息を吐く。


「問題は、僕だよなぁ……」

 如何様な問題であろうと、起こらないように行動すればいい。


 そう思っているのに、こんなことをしてしまったのだから。

 ポケットに手を突っ込み、中に入っている物を取り出して広げる。


「リバイヴか……。使うことが無いようにしとかないとね……」

 僕の瞳には、蘇生魔法の使い方を示す文字が映りこんでいた。

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