「そんなに期間が開いてないはずなのに……! 強くなったね、レイカちゃん!」
「ミタマちゃんこそ! いっぱい実戦を経験してきたんだね!」
玄関の扉を開くと、家の前の青々とした草原の上で、レイカとミタマさんが訓練用の剣を用いて打ち合う姿があった。
強化魔法を用いて縦横無尽に攻撃を仕掛けるレイカと、剣と魔法を組み合わせ、猛攻を防ぎつつ反撃を入れていくミタマさん。
どちらも一進一退の攻防を続けており、それほど実力に差が無いように思える。
一方に視線を向けると、そこではレンとイデイアさんが何やら話し合っている姿が見えた。
せっかくなので、子どもたちの修行風景を見学させてもらうとしよう。
まずは少し変わった組み合わせである、レンとイデイアさんのペアに意識を傾けることにした。
「むぅ……。どうやら私には、使い魔とやらを生み出す能力はないようだな……。戦いや調査の一助になればと思ったんだが……」
「本来は、一朝一夕でできるようになる技術じゃないらしい。想像力に加えて創造性も必要なんだって。絵とか彫刻を長年やり続けて、やっとできるようになる人もいるみたい」
イデイアさんたちは、使い魔に関する話をしているようだ。
それを呼び出すための召喚魔法は、やはり誰彼構わず使えるものではないらしく、魔法が得意だと胸を張る彼女でも使い魔の形を作ることすらできていない。
それだけ芸術のセンスを試されるということであり、長年それを磨いてきたレンだからこそ使えるようになった魔法なのだろう。
「まあ、いまは自身の力を伸ばせということだろうな。すまないが、再度修行を手伝ってくれるか?」
「分かった。イデイアさんとの修行は、ホウオウの操作練習にもってこい」
少し離れた場所で向き合った二人は、さっそく修行を開始する。
レンは呼び出したホウオウを空中に待機させ、イデイアさんの攻撃を静かに待つ。
一方のイデイアさんは両手に魔法弾を出現させ、羽ばたくホウオウを標的として見据えた。
「行くぞ、レン!」
「うん! 羽ばたけ、ホウオウ!」
最初に行動を起こしたのはイデイアさんだ。
両手に出現させた魔法弾のうち、右手の物だけをホウオウめがけて発射する。
ホウオウは大きく羽ばたき、空高く舞い上がる形でそれを回避した。
「直線的な攻撃ではさすがに回避は容易か。なら、これはどうだ!」
次にイデイアさんは、左手に残した魔法弾を地面に這わせるように発射した。
相手は空中におり、見当違いの攻撃にしか見えないが。
「そら……行け!」
イデイアさんが魔法弾に強く念じると、突如進行方向が変化して大空めがけて飛び上がっていった。
その先には、羽ばたき続けるホウオウの姿がある。
「真下から……! ホウオウ、翼を閉じて防御!」
レンの指示を聞いたホウオウは、その通りの防御姿勢を取る。
イデイアさんの魔法弾は炎の翼に衝突し、火の粉として周囲に散った。
翼の一部が黒く傷ついたものの防御はできたらしく、支障なく空を飛べているようだ。
「傷は大丈夫? ホウオウ、癒しの舞!」
ホウオウはくるりと空中で一回転し、強く翼を羽ばたかせる。
すると空中に散っていた火の粉たちの煌めきが増し、形を変えていく。
赤い羽根に変化したそれは、持ち主めがけて飛び上がっていった。
「ダメージを与えても、あっという間に再生するのでは無敵のようなものだな……」
イデイアさんのつぶやき通り、ホウオウの翼は元通りの赤い色になっていた。
不滅鳥の異名を持つ通り、些細な傷ならばあっという間に復元できるようだ。
「無敵……なのかはまだ分かんない。強力な攻撃で全身を消滅させられちゃったらさすがに無理だと思う。そしたら僕が呼び直しをするけど」
「……何とか打ち破ったとしても、再び復活してくるのでは本当にやってられんな。そういう時は拘束なり無力化させる方法を考える必要があるか」
ゴーレムのように体が硬いものや、ゴーストのように実体がないせいで攻撃が通用しにくいモンスターは、数は少なくとも一定数存在する。
そういったモンスターと戦う時のイメージを作るためにも、レンのホウオウと戦うのは有効かもしれない。
「よし、次は捕獲を試してみるとするか。レン、ホウオウを動かし続けてくれるか?」
「うん。任せて」
簡単な話し合いの後、二人は修行を再開する。
どちらも冷静な性格をしているので、危険な修行をすることはないだろう。
ちょくちょく見守る程度で問題はなさそうだ。
「はあああ!」
「やあああ!」
レイカとミタマさんへ視線を向けると、二人は変わらず打ち合いをしていた。
が、その剣さばきは苛烈と言ってもいいほどに加速している。
夢中になるあまり、お互い加減ができなくなってきているようだ。
このままでは大ケガをする可能性があったので、修行を止めるために動き出そうとすると。
「れ、レイカちゃん! ストップ、ストップ! これ以上はケガしちゃう!」
「え? あ……。ご、ゴメンね……。やりすぎちゃうところだった……」
現状の危険性に気付いたミタマさんが、修行を停止してくれた。
剣を下げたレイカは、倒れるかのように草原に背を付ける。
呼吸をかなり乱した様子を見るに、自身の疲労にも気付けていなかったようだ。
「うあ~……。疲れた、体痛い……。打ち合ってた時は全然平気だったのに……。まだまだ体力不足だね……」
「あははは……。でも、前よりずっと体力がついたと思うよ。初めて模擬戦をした時は、こんなに長く耐えられなかったもんね」
ミタマさんの誉め言葉を聞き、レイカは笑みを浮かべながら起き上がる。
夢中になるあまり自身の状態に気付けないのは困りものだが、その辺りの制御はミタマさんがしてくれるはず。
僕がおらずとも、魔法剣士として暮らしていくことは問題なさそうだ。
「ね。修行が終わって少し休憩したら、村に行かない? 共同食堂のメニューに、新しいスイーツが加わったんだって!」
「スイーツかぁ……! うん、食べてみたい! みんなで行こうよ!」
お菓子の話題で盛り上がり始めた二人は、別の場所で修行をしているレンとイデイアさんの元へ駆けていく。
話を聞き、どことなく困惑の表情を浮かべるイデイアさんだったが、何かを追及されたらしく、慌てながら提案を受け入れていた。
唯一の男子であるレンは居心地が悪そうな表情を見せていたが、結局、レイカに引きずられる形で村へと連行されるのだった。
「なんか、いいなぁ……」
同年代同士で腕を磨き合い、絆を深めていく。
先輩方につきっきりで教えられていた僕にはできなかったことなので、少々羨ましい。
「ソラ? 軒先で何やってるの?」
声に振り返ると、玄関の扉を半分開き、不思議そうに僕を見つめるナナの姿があった。
湿った衣服たちが入ったかごを持っているところを見るに、洗濯物を干しに出てきたようだ。
「なーんもしてないよ。ただ、想像をしてただけさ」
「想像~? 玄関のそばに座りながら、考えることってある?」
笑いながら洗濯竿に近寄って行くナナに追従し、洗濯の手伝いをする。
「僕と君と、あと何人か。同年代位の人たちと一緒に遊んだり、ご飯を食べたりできたらいいなって思ってさ」
「ふーん。まあ、ウォルさんやアニサさん辺りなら、誘えば喜んでくれるんじゃない?」
なるほど、その二人なら声をかければ飛んできてくれるだろう。
今度赴く予定の街で、彼らと合流しての散策も楽しそうだ。
「でも、私としてはちょっと不満かな~。何でかわかる?」
「それについても織り込み済みさ。ウォル君たちと散策をすれば、街の流行りとか名所を調べられるでしょ? 集めた情報を利用すれば、より楽しく過ごせると思うよ」
「おお~、なるほどね。じゃあ、私はスイーツ系の情報を集めるから、ソラは面白そうな場所とか、素敵な場所の情報を集めてね!」
「りょーかい。ふふ、君にとっては人生の岐路だって言うのに、すっかり旅行気分じゃないか。でも、これくらい余裕を持てている方が良いのかもね」
照れくさそうな笑みを浮かべるナナに笑顔を返しつつ、洗濯竿にかけられた服のしわを伸ばす。
これまでとほんの少し異なりそうな旅路に、思いをはせるのだった。