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古代文字

「ソラ兄、入っていい?」

 研究室の作業机に張り付いて作業を行っていると、扉を叩く音と共にレンの声が聞こえてくる。


 作業を止めて入室を許可すると、彼はスケッチブックと一枚の紙を手に、部屋の中に入ってきた。


「どうだい? 古代文字の解読、進んでるかい?」

「うん。読める部分の解読は済んだから、報告に来た」

 作業机の上に置かれている物たちをどかし、レンに手招きをする。


 彼には、ナナのお父さんが残してくれた資料を利用して、これまでに見つけてきた古代文字の解読を頼んでいた。

 頼んでからそれほど時間が経っていないのだが、夢中になって作業を行っていたのだろうか。


「じゃ、まずは洞窟内で見つけた石碑の方を教えてもらおうかな。なんて書いてあった?」

「こっちは損傷が酷かったから、完全には分からなかったけど……。なな――ひと――りゔぁ――みず――って、書いてあった」

 レンの口から飛び出した言葉たちは、全く意味の分からない代物だった。


 これほどまでに言葉が欠けてしまっていては、仮説ですら打ち立てることはできなさそうだ。


「単語として成り立ってそうなのは、なな、ひと、みず……かなぁ? 文の前後もあるから何とも言えないけど」

「間のりゔぁが何を表しているかが分かれば、解読できる?」

 何も情報がない事象を考え続けていても、答えが出ることはあり得ない。


 考察は後にして、もう一つの古代文字に思考を巡らせるとしよう。


「じゃ、今度は『アディア大陸』の図書館で貰ってきた古代文字。空から落ちてきた石を用い、我々は至高の金属を生み出した。だって」

「至高の金属……。空から落ちてきた石……? もしかして、英雄の剣に関与する文章かな?」

 シルバルさんに英雄の剣の強化について相談をした際、かつてのゴブリンとドワーフたちが、とてつもない素材を用いて武器を作ったという話を聞いている。


 もしもそれと、今回解読した古代文字に書かれていた金属とやらが同じだとすれば。


「古代文字の解読を進めていけば、英雄の剣に使われた素材も分かるようになるかもってわけだ。もしかしたら製錬方法も分かるかもしれないね?」

「それをシルバルさんたちに教えれば、剣の強化につながる。僕たちは世界の歴史も知れて、一石二鳥」

 一石二鳥と言うには負担が大きすぎる作業な気もするが、おおむねその通りではある。


 古代文字を探し、見つけた物は全て解読するつもりで行動してみるとしよう。


「んで、この近くで見つけた古代文字に書かれていた――なな、ひと、りゔぁ、みずだっけ? どういう意味なんだろう……。言葉の流れ的には、水と何かしら関係があるって読めるけど……」

「繋がりが全く分からない。水がある場所を調べれば、何かがあるかもってくらい?」

「水がある場所ねぇ……。この大陸だけでも候補は膨大な数存在するよ。アマロ村の周辺だけでもいくつも湖や泉があるわけだし。水の大陸と呼ばれるだけはあるからね」

 言ってしまえば海だって水な訳である。


 大地を流れていく川も水なのだから、それら一つ一つを調べるのはほぼ不可能だ。


「何かいわれがある建物がそばにあるとかなら、分かりやすかったんだけどなぁ……」

「いわれ……。そう言えば、僕たちがアマロ村に来てすぐに、ソラ兄がこの辺の案内をしてくれたよね? その時、昔のアマロ湖には何かがあったって話をしなかった?」

「ああ、湖の中心に建物があったらしいって話だね。ふ~む、なるほど……」

 昔のアマロ村にはたくさんの人が訪れており、湖の中心には建物があったらしい。


 書物から読み解いたのではなく、村人から聞いた話なので詳細が分からないが、その昔話が本当のことだとすれば。


「調べてみる価値はありそうだね。問題は、その建物は既に水に沈んでしまっているってことだ。水に潜る準備、進めておくかな」

 視線を部屋の片隅に映すと、そこには金属製の細長い容器が置かれている。


 帝都ドワーブンの様相を見学したあの日、水中での採掘の様子を見せてもらった際に鉱士の方が使っていた道具。

 それと同じ物を、僕用に合わせて作ってもらっていたのだ。


 空気を圧縮するための機械は使えずとも、圧縮魔で再現ができることは確認済みなので、使用には何も問題はない。


「潜り方も習ってきたとはいえ、いくつか足りないものがあるから短時間しか潜れないなぁ……。ま、何回かに分けて探索をすれば何かしら見つかるさ」

「水の中かぁ……。泳げないから手伝えないけど、頑張ってね」

 道具を使って水の中に入るので、泳げなくとも問題はない気がするが、初心者である僕が引率までするのは難しい。


 最近は何かと集団で事に当たることが多かったので、たまには一人で楽しむのもいいかもしれない。


「ソラ兄が潜ってる間、どうしよっかな……。だいぶ気温も上がってきたし、泳ぎの練習をしてみようかな?」

「お、良いじゃないか。でも泳げる人が僕以外いないからなぁ……。この辺も何かしら手を打ちますかね」

 いつの間にか、どう夏を楽しむかといった話し合いへと変わっていく。


 少年の心に戻っていくのを感じつつ、レンと共に様々な計画を立てていくのだった。

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