「レイカ、レン。目的地が見えてきたよ」
客車に取り付けられた窓から外を見つつ、眠りこけるレイカとレンに声をかける。
二人は瞼を擦り、大きくあくびをしながら目を覚ました。
「ん~……? 着いたの~?」
「寝すぎたかも……。体痛い……」
寝ぼけた様子のまま、二人は窓に顔を寄せていく。
そして外にある景色を見て――
「すごーい! あんな素敵な街、初めて見た!」
「さっきまで寝てたのが悔やまれる」
一瞬で眠気が吹き飛んでいた。
客車の窓から見えるのは、この大陸で最も美しいとされている街――アクアリム。
またの名を水の都と呼び、象徴である巨大な噴水や、街のあちこちに川のように張り巡らせられた水路が名物の街だ。
近くにある山に存在する巨大な水源から水を引いており、その潤沢で清純な水を堪能しに、多くの観光客が訪れるらしい。
「それじゃ、降りる準備をしようか。街に到着したら、僕たちを待ってくれている人たちがいるはずだから、合流して街の散策をしよう」
そうこうしているうちに、客車は水の都の停留所に停車する。
荷物を持って下車すると、まだ街に入ってすらいないというのに、数多くの人々が行き交う姿が目に入った。
「観光地なだけあって、王都以上にすごい人だなぁ……。レイカは大丈夫かい?」
「うん、なんとか大丈夫かな?」
不安は抱いているようだが、顔色が悪くなっているようには思えない。
むしろ好奇心に満ち溢れているように見えるので、パニックを起こすことはなさそうだ。
「さて、二人はもう来てるかな?」
「手紙には、私たちが到着する前にこの街に行ってるって書いてあったよね。到着予定日も記載しておいたから、きっとどこかで私たちを――」
「あ、いたいた! おーい、ソラくーん! ナナちゃーん! レイカちゃんにレンくーん!」
噂をしていたら、早速会えたようだ。
僕たちの名を呼ぶ声に振り返ると、人ごみをかき分けて歩いてくる女性の姿があった。
彼女はウォル君の旅仲間、アニサさんだ。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「元気も元気よ~。ウォルのおもりは、元気マックスでいないと無理だからね~」
アニサさんは苦笑を浮かべつつ、右手をひらひらと動かしている。
相も変わらず、ウォル君は大暴れをしているようだ。
「折角みんなと会えるってのに、あのバカったら昨日も遅くまで宴会してたのよ? おかげで、宿屋で爆睡中なのよ……。ほんとにごめんね……」
「あははは……。でもまあ、彼も元気そうで本当に良かった。会うのがいまから楽しみですよ」
アニサさんたちとは、冒険者ギルドを通じてこの街で会う約束をしていた。
久しぶりに二人と会いたいと思ったことと、僕たちはこの街に来たことがほとんど無いため、各地を旅する冒険者である二人を頼りたいと考えたのだ。
「その内あのバカも起きてくるはずだけど、待ってるよりは街を見てみたいよね! レイカちゃんとレン君も待ちきれない様子だし、早速街にくり出そっか!」
「わーい! 案内、お願いしますね!」
「素敵な景色が見られる場所を所望する」
提案に対し、レイカたちは嬉しそうに返事をする。
客車の中から引き続き、好奇心が疼いてしょうがないようだ。
「じゃあ行こう! ようこそ、水の都アクアリムへ!」
僕たちは美しい音色が響く街の中へ入っていく。
この街で、どのような知識を得られるだろうか。
●
「美味しそう……。買ってみようかな……」
屋台のショーケースに置かれている氷菓子を見つめ、レイカが悩んでいる。
僕たちがいる場所は、アクアリムの街の商店通り。
透明なガラスの中に、液体と小さな魚を模した飾りが入ったお土産や、街の名を有した水などがあちこちの店で売られていた。
水の都という異名通り、水や氷をモチーフにした商品が多いようだ。
「氷を細かく砕いた物に、いろんな味のシロップをかけて食べるんだけど、最近の流行りはフルーツ果肉入りソースみたいよ」
「なるほど……。うん、買ってみよっと!」
アニサさんの勧めを聞き、レイカは商品の注文をするために列に並び出す。
一方に視線を送ると、飲み水を売っている店に近寄って行くレンの姿が見えた。
「このお水、一本下さい」
「はいよ! 好きなのを持っていきな!」
店主に代金を手渡したレンは、氷水が入ったバケツの中から水が詰め込まれた容器を取り出した。
さっそくそれに口をつけ、中身を飲みだしたのだが。
「……高い割に、思ったよりも普通だった」
「観光地なんてそんなもんさ。高いからって、必ずしも良い物とは限らないから」
不満を口にするレンに、こういった場所での買い物について説明をする。
貴重な体験ができるかもと考え、少し高いくらいであればお金を出そうという思考回路に至る観光客はかなり多い。
商売をする人たちは、そういった財布の紐が緩くなっている人を狙い、相場より少しだけ値段を高くして物を売ることがあるのだ。
「……ぼったくりってこと?」
「そうかもね。でも、君は水を買う時に、いつもより美味しいかもって期待を込めたでしょ? つまり、その時点でいつもとは違う体験をしているんだ。その体験代を含めて買ったと考えても良いんじゃない?」
僕の屁理屈じみた返答を聞き、レンは唸りながら水が入っている容器を口に付けた。
こういうことも、世を渡っていくうえで必要な知識なのだ。
「飲むだけでなく、調理にも使える水はいかがかな? 普段の料理が、ごちそう級に変化するよ!」
「お、調理に最適な水か……。一本買ってみて――」
「説明していた本人が引っかかってどうするの……。アマロ村のお水も、十分美味しいでしょ?」
商品に目がくらみそうになったところをナナに止められる。
どうやら、僕の財布も緩みかけていたようだ。
「この細工、良いですね……。半分の値段でどうでしょうか?」
「いくら何でもそれは無理ですよ。こちらにも生活がありますので」
別の方向では、値下げ交渉に白熱する店主と少女の姿があった。
生きていくためにはそういう技術も必要なのだが、妹たちがそれをしている姿を見たいとは思えない。
「二割でもダメですか? では、私のサインを付けましょう! 未来の大魔導士たる者のサインであれば――」
「すみません。続きの交渉は、警備の方とお願いします」
「あ!? ちょ! 何をするのです! 私はお客なのにー!」
「お客様は王様と言いますが、横暴な王様への反乱はつきものですので」
値段交渉がまとまらず、おかしな圧力をかけ始めていた少女は、集まってきた警備の人たちにどこかへと連行されてしまった。
店員の慣れた態度を見るに、よくある光景なのだろう。
「あの子、どこかで見たような……」
ナナは去っていく少女と警備の人たちの後ろ姿を見つめていた。
あの中に知人がいたのだろうか。
「……ううん、多分気のせい。それより、レイカちゃんたちのお買い物が終わったみたいだよ」
振り返ると、レイカとアニサさんが何かを複数持って戻ってきた。
どうやら、僕たちの分も買ってきてくれたようだ。
「はーい! アクアリム名物のかき氷! 全員分買ってきたよ!」
真っ白なフワフワな氷の上に、様々な色のフルーツソースがかけられた、かき氷たち。
その中から紫色のソースをかけたものを受け取り、近場にあるベンチに腰を下ろした。
「おお、甘いけど酸味が結構強いね。冷たさもあわせてさっぱりするよ」
「黄色いソース、すごい酸っぱい……」
「ふふ、こっちの赤いソースは甘いよ。食べてみる?」
それぞれがかき氷を口に含み、冷たさを味わう。
のんびり休憩をしていると、そこに聞き覚えのある声を持つ者が現れる。
「やーっと見つけたぜ! お前ら、もう来てたんだな!」
「あら、この声は……。お寝坊さんがやっと起きてきたのね。案内、とっくに始めてたわよ、ウォル」
アニサさんのパートナー、ウォル君の登場だ。
彼はアニサさんの隣に腰を掛けると、腹部を抑えるような行動を見せ、彼女が手に持つかき氷に視線を落とした。
「目覚めてすぐ宿屋を飛び出してきたから、なーんも食ってねぇんだよな……」
「出会ってそうそうに言うことじゃないでしょ……。これでお腹の足しになるのかは分かんないけど、ほら、口開けなさいよ」
「お、サンキュー! んじゃ、いっただきまーす!」
スプーンの上で山盛りになっているかき氷を、ウォル君は大きく口を開けて頬張る。
シャクシャクと小気味よい音が鳴り響いたのち、彼は顔を歪ませ、指で額を抑えるのだった。
「がっつきすぎよ。こっちもたくさん掬い過ぎたってのもあるけど。ほら、次」
再びスプーン上のかき氷を、ウォル君は少々警戒した様子で口に含む。
そんな二人のやり取りを見ていたナナが、自身のものにスプーンを差し込み――
「ソラも食べる?」
「え? ……うん、いただくよ」
差し出されたスプーンの上には、赤いソースで彩られたかき氷が乗っている。
それを口に含み、ゆっくりと咀嚼すると、冷たい氷が口の中で溶けだし、甘いソースが口に広がっていく。
「うん、美味しいよ。それじゃ、僕からも――はい、どうぞ」
「ありがと。じゃ、いただきまーす」
ナナは小さく口を開け、かき氷を口に含む。
やがてそれを飲み下した彼女は、僕に笑顔を浮かべ、うなずいてくれた。
「邪魔しちゃいけないのは分かってるけど、なんかなぁ……」
「僕としてもいたたまれない。でも、我慢」
聞こえてきた声に振り返ると、そこには気まずそうな表情でかき氷を食べる姉弟の姿が。
そんな彼女たちにもおすそ分けをすると、二人は嬉しそうに頬張ってくれた。
「お! ソラのもうまそうだな! ちょっとくれよ!」
「ちょっと、ちょっと!? ソラ君たちの邪魔をしちゃだめでしょ! ほら、口を開けなさい! あんたは私のだけ食べてればいいのよ!」
口の中に氷を大量に詰め込まれるウォル君を見て、皆が大声で笑いだす。
一時の休憩を終えた僕たちは、再び水の都を歩き出すのだった。