「さて、そろそろ大本命の場所に行ってみよっか! みんながこの街に来た目的、魔導士試験の会場に案内するね!」
いくつかの観光名所を巡った僕たちは、魔導士試験の試験会場である、魔導士ギルドへと続く道を進んでいた。
魔導士ギルド――
名の通り、魔法を扱う魔導士たちを束ねるギルド。
職業ギルドの一つであり、天体観測と行政向けの問題解決に力を入れている。
非常に歴史が長く、これまでに蓄えてきた膨大な知識は目を見張るものがある。
「そういえば、アニサさんは試験を受けるんですか?」
「もっちろん! 大魔導士はさすがに無理だと思うけど、魔女になっておけばいろんな支援を受けられるようになるからね! 冒険をする上で、後ろ盾が増えるのは有利だもの!」
魔導士ギルドは魔法剣士ギルドとは異なり、これと言った採用試験は行っていないらしい。
登録義務もないため、魔法を扱えるのであれば、誰でも魔導士と名乗って問題ないとのこと。
その分、ギルドからの支援や免除を受けられるのはほんの一部の魔導士だけであり、それらを区分するために魔導士試験が行われているそうだ。
「見えてきたぜ~。相変わらず、変な形の建物だよな~」
興味がなさそうな間延びした声を出しつつ、前方を指さすウォル君。
視線をそちらに移すと、横に長い四角い建物が姿を現していた。
一階、二階部分は変哲もないが、何よりも目を引くのが、三階部分中央に置かれている丸いドーム状の部分だろう。
その頭頂部には巨大な円筒状の何かが置かれているようだ。
「あのねぇ……。あの天体観測ドームで空を見ている人がいるからこそ、この大陸の四季や天候を予測しやすくなっているのよ? 冒険中に大雨に打たれずに済むのは、あれのおかげなんだからね?」
「そりゃあ色々やってくれているのは分かってるよ。だが、魔法を使えないオイラじゃなーんも理解できねぇ。感謝するにしても、日々の生活を便利にしてくれてありがとうって程度だ」
ウォル君の返答に、アニサさんは諦めたようにため息を吐く。
一般の人々には、学問の分野で働く者たちの努力や成果は伝わりにくい。
その成果が一般の人々に流通しだし、いつの間にか日々の生活になくてはならない物になるのを見て、成果を上げた人はどのような感情に至るのだろうか。
「空を見るって、どうやってるのかな? 遠眼鏡じゃどうやっても空なんて見られないよね?」
「実質的には遠眼鏡だよ。より大きなレンズや、複数のレンズをはめ込んだりして、ずっと遠くの空まで見えるように作られてるの。最近だと、望遠鏡って呼ぶことが多いみたい」
「良く知ってるね……。さすが、星を見ることが好きな人を親に――って、これだと言い方が悪いね……」
配慮に欠けた言葉に対し、ナナは首を横に振った後、魔導士ギルドの天体観測ドームを懐かしそうに見上げた。
彼女のお父さんは星の観察を時折行っていたらしく、その影響か彼女も星を見ることが好きになったそうだ。
「ナナちゃんのお父さん、星に詳しかったんだ……。差し支えなければ、お名前教えてくれない?」
「ええ、構いませんよ。お父さんの名はセクトス。セクトス=ジェイドスです」
「セクトス……? しかもジェイドスって、あの……!?」
ナナの素性を知ったアニサさんの表情が一変する。
彼女も魔導士というだけあり、その知識にはナナの家系も含まれているようだ。
「ジェイドス家ってとこか? オイラは知らねぇなぁ」
「ジェイドス家はね、大魔導士を幾人も輩出している名家中の名家よ。六年前の件で村ごと消滅――あ、ごめんね、ナナちゃんの家族のことなのに……」
「いいえ、気にしないでください。あの事件はどうしようもありませんでしたし。それに私は、多くの人のおかげで乗り越えられました。もう、大丈夫です」
これから先、ナナが寂しさを覚えることはごまんとあるだろう。
そうなったとしても、飾り立てた言葉を送るのではなく、ただ優しく包んであげるだけで良さそうだ。
「ナナちゃん、雰囲気が変わったなって思ってたんだけど……。ソラ君も頑張ったじゃない」
「ありがとうございます。まだまだ支えなきゃいけない部分は多々ありますけど……ね」
今回の試験で魔女になれたとしても、大魔導士になるまでの道は遠く険しい。
耐えがたいことも、乗り越え難いこともきっとあるはずだ。
「それじゃ、魔導士ギルドに入ってみましょうか! いまはあんまり人がいないみたいだけど、三日後の試験当日にはたくさんの人が集まるの。締め切り時刻ギリギリに来ると、試験を受けられなくなっちゃうかもしれないから注意してね!」
注意事項を述べつつ、アニサさんが目の前の扉を開け放つ。
建物内には、オブジェらしき飾りがいくつか置かれており、それぞれが不思議な輝きを放っている。
さすがは魔法の総本山、幻想的な光景だ。
「ちょっと前までは、この玄関も地味な光景だったの。でも最近、魔力の保存法が確立されただとか何とかで、魔導士たちがこぞって、魔力を用いた作品を作っているらしいのよ。これらは寄贈された物ね」
「へ、へぇ~……。魔力の保存法かぁ……。ちゃんと、実を結べてはいるみたいだね……」
「方向性がちょっと間違ってる気がするけどね……。まあ、技術が伸びてるのならそれはそれでいいのかな……」
シルバルさんたちから教えてもらった、ミスリル鉱の冶金方法。
それが大陸各地に伝わり、こうして新たな技術となって生まれ変わり始めている。
僕たちにとっては過程でしかなかったが、こうして変化していく日常を見ると誇らしさが浮かびあがってくるようだ。
「なあ、アニサ。あっちの部屋はなんだ? 結構な数の奴らが出たり入ったりしてるが」
「え? ああ、あっちは歴代の大魔導士たちの肖像画が飾られている部屋ね。試験前ってことで、祈願に行く人も多いのよ」
ウォル君が興味を示した方向に視線を向けると、多くの人たちがその部屋を出入りする様子が見えた。
魔導士だけでなく観光客らしき人たちの姿もあるので、この場は観光名所としてもある程度機能しているようだ。
「歴代の大魔導士……。興味がある」
「私も! 見てくるね!」
早速、好奇心旺盛なレイカたちがその部屋に向けて歩きだす。
僕も興味があったので、ナナと共に向かうのだが。
「オイラは待ってるぜ~。絵なんか興味ね――」
「残念だけど、あんたを一人にするつもりはないわ。放置して勝手な行動をとられでもしたら、私の監督責任に問われるんだから。さて、私も祈願しとこっと!」
「分かった! 分かったから、襟首掴むな!」
抗議をするウォル君と、そんな彼をどこかうきうきとした表情を浮かべながら引きずっていくアニサさん。
ギルドの事務員と思われる方々が不満げな表情を浮かべていたが、特に注意をされることもなく、皆で歴代大魔導士の部屋へと入るのだった。
「おお、これは壮観だね……。壁一面に歴代の偉人たちの肖像画……か」
部屋へと足を踏み入れた瞬間、数多くの瞳が僕たちを見下ろしてきた。
厳めしい瞳に、優しげな瞳。
大魔導士たちの瞳は、いままでに何を映してきたのだろうか。
「おっちゃんや、おばちゃんばっかなんだな……」
「あんたには人を敬うという感情はないのかしらね……。時間帯によっては、一斉に睨みつけられてもしょうがないセリフよ」
ウォル君の呑気な言葉に、ツッコミを入れるアニサさん。
この厳かな雰囲気の場所でも、二人は特に変わることはないようだ。
「部屋の中にいればいいだろ? オイラは窓から外の景色でも見てるぜ」
「それほど広い部屋じゃないし、大人しくしてるんなら構わないわ。それじゃみんな、行きましょ」
ウォル君を置き、肖像画の見学を始める。
彼が言い放ったように、壁に掛けられている人物たちは中年以上の方々が多い。
中には高齢の人や若い人の肖像画もあったが、知識や技術を極め、多くの人から認められる必要があることを考えると、中年辺りの人物が大魔導士に選ばれやすいのだろう。
「私も、大魔導士になる時はおばあちゃんかな……。他の人に負けるつもりは微塵もないけど、特別優れているかと言われたら分からないし……」
頭の中で、年を取ったナナの姿を想像する。
顔にしわが刻まれているが、その優しげな瞳と笑みは現在と全く変わらない。
僕が歳を取ったら、どのような表情を浮かべるにようになるのだろうか。
「あ、ソラの顔が何か考えてる時のものになってる。何を想像してたのかな?」
「え? ああ、いや、まぁ……。そ、それより、君のご先祖様の絵を探そうよ。興味があるからさ」
ナナからの質問を誤魔化しつつ、室内を奥へと進んで行く。
くすくすと笑う声が聞こえてきたが、特に何も言うことなくついてきているようだ。
「お、ジェイドスって名前があるね。ウナ=ジェイドスさん、君のご先祖様かな?」
「ジェイドス家の初代大魔導士で、魔法の基本を定義した人だよ。隣にあるデウス=ジェイドスさんは彼女の息子で、魔力の解放方法を発見した人。彼女たちのおかげで、多くの人が魔法を使えるようになったの」
他にも何名かジェイドスの名を持つ肖像画がある。
ただ、ここしばらくは大魔導士に選ばれたことがなかったようだ。
「それだけ力を持つ魔導士が増えてきたわけだから、良いことなんだけど……。魔導士の家に生まれた者としては……ね」
「君のお父さんが君に期待をしていたのは、そういう一面もあるって手紙に書いてあったっけ……」
長い期間隆盛を誇っていたとしても、しばらく表舞台に出てきていなければ、力が弱まっていると考えてしまうもの。
もしかしたら、心無い言葉を投げかけられたこともあったのかもしれない。
「でも、君が大魔導士に成ればその名に威光を取り戻せるわけだ。まだ道半ばだけど、共に歩んで行こう」
「うん、よろしくね! お父さんの願いのためにも、絶対大魔導士に成るんだから!」
大魔導士への決意をより深めるナナ。
するとその宣誓に思うことがある人物がいたようで――
「何を言うのです! 大魔導士になるのは、このマギア=ブラドですよ!」
茶色の髪を赤い二つのリボンでまとめ、おさげにした少女が僕たちの元へ歩み寄ってくるのだった。