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ブラド家の娘

「あれ? 君は確か、商店通りで警備の人たちに連れて行かれてた……?」

「み、見られていたのですね……。ですが、いまはそのようなお話をしている場合ではありません! そこのあなた。この場でその宣誓をするということは、私に宣戦布告をするつもりがあると判断して良いのですよね?」

 突如として現れた少女――マギアさんは、腰に右手を置き、左手でナナを指さした。


 彼女も大魔導士を目指しているようなので、今回の魔導士試験においてのナナのライバルと言ったところだろうか。


「マギア=ブラド……。そっか、やっぱり気のせいじゃなかったんだね。私のこと、分かるかな?」

「……? 名乗られていないのに、分かるわけがないじゃないですか。まあ、いいです。我が歴史の一ページに刻んであげますので、その名を私に教えるといいです!」

 むふんと鼻息を荒げ、じっとナナを見つめるマギアさん。


 小柄な見た目だが、態度、自信ともに中々に大きい人物のようだ。


「……月日も結構経っちゃったし、思いだせないよね。私の名前はナナ=ジェイドス。もう十二、三年になるかな。私の家、来たことがあるでしょ?」

「ジェイドス……!? それにナナって……! な、ナナお姉さまなのですか……!?」

「そうだよ。よかった、覚えてくれてたんだ。久しぶりだね、マギちゃん」

 どうやら、二人は古い知り合いだったらしい。


 長期間合っていなかったというのに、魔導士試験を受けるという目的のためだけに再会できるとは、美しい巡り合わせだ。


「う……。うえええん……。ナナお姉さまにまた会えたぁ……! アルティ村が滅んで、一人どこかに逃げたって聞いてたから、いつか会えるって、信じてたけど……!」

「ふふ……。泣く必要なんてないじゃない。涙じゃなくて、笑顔を見せてほしいな?」

 ナナの言葉を聞き、マギアさんは慌てて目元を拭う。


 瞳は赤く腫れ、涙の跡が顔にできていたが、浮かび上がった笑顔は眩しさを覚えるものだった。


「いっぱい、いっぱい聞きたいことがあるけど、お姉さまも魔導士試験を受けに来たんだよね? 貰った恩はたくさんあるけど、負けないからね!」

「もちろんだよ。魔導士として成長したマギちゃんの姿、見せてほしいな」

 ナナと話すマギアさんを見て、嫉妬が少しだけ心の中に生まれた。


 僕では決して見ることができない幼少期のナナの姿を、マギアさんは見ている。

 それが羨ましかってしまったのだろう。


「ところで、お姉さまと共におられる男性は?」

「彼? 彼は私の命の恩人で、私の大切な人。魔法剣士のソラだよ」

 ナナの言葉に合わせて会釈をすると、マギアさんは頬を膨らませながら僕を睨みつけてきた。


 ナナの幼少期を僕が知らないように、彼女もまたナナの青年期を知らない。

 それに気付いた瞬間、嫉妬心は静かに消えていくのだった。


「ナナ。積もる話もあるだろうし、今日はマギアさんと共に行動したら?」

「確かに、色々と話したいことはあるけど……。いいの?」

「もちろんだよ。僕たちがこの街にいるのは今日この日だけってわけじゃないしね。たくさん話しておいでよ」

 コクリとうなずいたナナはマギアさんを連れ、魔導士ギルドの入り口へと歩き出す。


 肖像画の部屋から出ていくまでの間、マギアさんはずっと僕のことを睨み続けるのだった。


「ふふ、ライバル視されちゃったみたいね。ブラド家の御息女ちゃんに」

「アニサさん。ブラド家って、有名な家なんですか?」

 そろりと歩み寄って来たアニサさんに、ブラド家について質問をする。


 彼女の話によると、ブラド家は魔導士の家としては新興とのこと。

 元々は大商人の家だったそうだが、自身の血に魔法の力が強く流れていることに気付いた当時の当主が、魔導士の家系へと変化させていったそうだ。


「特にさっきの子、マギア=ブラドはね、絶大な魔力を保有する魔導士らしいのよ。どんなに魔法を使っても疲れ知らず。扱える魔法次第では、ナナちゃんを超える逸材かもしれないわね」

「ナナ以上の……。やっぱり、そうやすやすと大魔導士に成れるわけじゃないんですね……」

 ナナの実力であれば必ず大魔導士に成れると思っていたが、こうして集まりだした魔導士たちを見ると、それは根拠のない妄想でしかなかったことに気付く。


 マギアさんは言わずもがな、目の前にいるアニサさんも優秀な魔導士なのだから。


「ナナちゃんたちも行っちゃったことだし、私たちも散策を再開しましょうか。そろそろウォルも待つのに飽き始めるころだろうしね」

 ウォル君がいるはずの窓に視線を向けると、そこには人目もはばからずストレッチをしている彼の姿があった。


 あとほんの少しでいいので、周囲を気にしてはくれないだろうか。


「お、やっと来たか! ナナはちびっ子を連れてどっか行っちまったぞ。オイラたちも早く行こうぜ!」

「わかってるわよ。全く、少しくらい落ち着こうとは思わないのかしらね」

 一人屋外へと駆けていくウォル君に続き、僕たちも太陽に身を晒す。


 天上に輝くそれは、この美しい水の都に存在する全ての人々に温かな熱を与えてくれている。


「人の一生全てを知っている人はいない。太陽ですら半分しか知らないんだもんなぁ……」

 全てを知っておく必要など微塵もない。


 大切なのは知ろうと思うことと、知るために行動することなのだから。

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