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水の聖堂

「ここがソラからの要望にあった、この街で最も歴史がある建物だな! かなり昔の碑文が、この中で発見されているらしいぞ!」

 ウォル君たちに案内され、たどり着いた場所には白塗りの建物があった。


 往年であれば美しい建物だったのだろう。

 傷が付き、色が剥げている部分はあるが、その荘厳さはいまなお健在のようだ。


「わぁ……! 建物の中も素敵……!」

「水が流れる穏やかな音で心が落ち着く」

 建物内に入っていった妹たちが、キョロキョロと周囲を見渡しながら感想を口にする。


 室内中央部に噴水が築かれ、そこから溢れ出ていく水が床に刻まれた水路を進む。

 流れ続ける水のおかげで、室温は外気より涼しいようだ。


「この建物は、水を祀る聖堂と言われています――だって。どんな時でも水を飲んだり使ったりできるようにってところなのかな?」

「潤沢に水を使えることへの感謝の念が強いのかも。逆に考えると、昔は自由に使える水が少なかった?」

 レンの言う通り、いつでも水が使えるのであれば感謝の念が湧きにくいので、水に難儀した時代があるのかもしれない。


 水の大陸とも称される現在とは大違いだが、大陸規模での異常気象が起きたことがあると考えれば理解はできるか。


「お? ソラ、お前たちが探してるっていう石碑、建物の奥の方にあるのがそうなんじゃないか?」

「どれどれ? ああ、確かにそうかも。行ってみよう」

 ウォル君が見つけた、古代文字が刻まれていると思われる石碑の前へ足を向ける。


 この場に僕たち以外に見物客はいないので、のんびり解読ができそうだ。


「うん、間違いなく古代文字だ。対応表を取り出してっと……。な、な、は――」

 古代文字と現代文字の対応表を駆使し、石碑に書かれている文を読む。


 メモも残しておき、あとで見返せるようにしておかなければ。


「古代文字の対応表ねぇ……。最近、冒険者ギルドから配布されるようになったが、オイラたちも持ってた方が良いよな?」

「そりゃあった方が便利でしょうけど……。あんた、古代のことに興味あんの?」

「冒険に繋がるんだったら、オイラは古代のことを知ってみたいぞ!」

 解読作業をしていると、背後からウォル君たちのやり取りが聞こえてくる。


 ギルドマネージャーであるエイミーさんに、古代文字の対応表を渡しておいたが、既に各冒険者への配布が始まっているようだ。

 最初は古代の歴史を紐解く一助になればと考えていたが、それに新たな冒険を見出してしまうところが、なんとも彼らしい。


「よし、解読終了」

「お、速いな! んで、何が書いてあったんだ? オイラたちにも教えてくれよ」

 手に持つメモ帳を覗き込んでくるウォル君。


 コホンと咳払いをし、解読した文を口にしていく。


「ななはぞくせいがもっともつよきばしょに――だってさ」

「なんだそりゃ? どういう意味だ?」

 疑問符を浮かべた表情が僕に向けられた。


 七は属性が最も強き場所に。

 言葉の通りに考えるのであれば、世界を構成する各属性の力が最も強力な場所に、何かがあると読み取れるのだが。


「七ってのがよく分からないわね……。私たちの知っている属性は、炎・水・氷・風・土・雷の六つ。昔はそれら以外にもう一つあったってことかしら」

「属性が強い場所とか言われても分かんねぇぞ。土や水なんて、それこそ該当する場所はごまんとある。逆に雷や炎が集まる場所なんて、想像するだけで震えそうだ」

 例えるなら、年中雷が降り注ぐ土地や、炎が大地を包み続けている土地ということになる。


 そのような場所に何があったとしても、赴く場合はどうすればよいのだろうか。


「お兄ちゃん、ちょっと耳貸して……。この石碑に書いてあった属性の力が強い場所って、多分だけどエルル大森林なんじゃないかな? 土属性、強そうじゃない?」

「エルル大森林が……? なるほど、確かに土には生命を固定する力がある。いくら樹々が成長する要因があったとしても、それを支える土台が必要だからね」

 エルル大森林の樹々が巨大なのは魔力のおかげと考えているが、あそこまで広大な森となっているのは、土の力もまた強いからと見ることができる。


 以前調査に赴いた魔力結束点を保有する森は、樹々自体は巨大であったが、その範囲はアマロ村南の森と同等程度。

 土の力はそれほど大きくなかったのだろう。


「おいおい、二人で隠し話か~? オイラにも教えてくれよ~」

「う~ん……。そうしたいのは山々なんだけど……。『アディア大陸』の思い出を話すことになっちゃうよ?」

「そういや、お前ら四人で『アディア大陸』に行くって言ってたな。んじゃ、やっぱりいいや! 先に聞いておいたせいで、いざ向こうを冒険した際に感動が薄れちまうかもしれねぇからな!」

 手を頭の後ろに組み、ニコニコと笑顔を浮かべるウォル君と、そんな彼にやれやれと言いながら首を横に振るアニサさん。


 ウォル君の何も知らない状態からの体験を望む気持ちも、少しでも情報を保有し、危険を減らしたいというアニサさんの気持ちも、両方理解できる。

 ただ、僕は家族を守らなければならない立場なので、どちらかと言うとアニサさんよりだろうか。


「とりあえず、目的は達成っつーことで良いのか? 解読自体はできたんだからよ」

「うん。この街での目的は、これで一つ完了だよ。情報提供と案内、ありがとうね」

 この街で他にも石碑が見つかることはあるかもしれないが、一つ見つかっただけでも御の字だ。


 古代文字の解読という目的は、一旦置いておくとしよう。


「じゃあ、次は私たちの魔導士試験かしらね! 本番までの三日間、試験勉強頑張らなきゃ!」

「おう、頑張れよ! にしても、短期間とはいえ行動ができねぇのはつまんねぇよなぁ……。試験が終わるまでの間、暇つぶしがあればなぁ……」

「んじゃあ、私の試験勉強を手伝いなさいよ。筋肉ばかりだけじゃなくて、たまには頭も働かせなさい!」

 嫌がるウォル君の襟首をつかみ、聖堂の外へと出ていくアニサさん。


 これから試験が行われるまでの数日間、にぎやかなことになりそうだ。

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