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魔導士に歴史あり

 太陽が大地に隠れ始めた黄昏時。

 僕は大きな屋敷前のベンチに一人座り、うとうととしていた。


 アマロ村からこの街への移動の疲れがあるため、瞼を閉じればそのまま眠りに落ちてしまいかねない状態。

 目的の人物が姿を現すのは、まだもうしばらくかかるだろうか。


 あくびをしながら道行く人々を見つめていると、彼らの手には食料品やお土産が詰め込まれた袋が握られていることに気付く。

 彼らも自宅、または宿へと戻り、新たな一日に向けて体を休ませるのだろう。


 ぱちくりと瞼を動かし、眠気に抵抗する。

 ベンチの背もたれに深く腰をかけ――


「ずいぶんと眠そうだね、ソラ」

「うえ……? あえ、ナナ……?」

 かけられた声に反応して瞼を開くと、そこにはいつの間にかナナの姿があった。


 周囲に視線を配ると、太陽がいままさに大地に沈み行こうとしている。

 眠気に抵抗していたつもりが、耐えられずに眠ってしまったようだ。


「迎えに来てくれたのは嬉しいけど、待ちくたびれて寝ちゃったのなら関心はしないよ?」

 クスクスと笑うナナを見て、眠気が一気に覚める。


 気恥ずかしさから頬をかきつつ、体を大きく伸ばしていると。


「呑気なお方ですね……。平和な街とはいえ、野外で居眠りをするなんて。荷物を奪われでもしたらどうするおつもりなんですか?」

「おや、君は……」

 ナナの背後から顔だけ出し、苦言を呈してきたのはマギアさんだった。


 その視線には、やはり鋭さを感じる。

 アニサさんが言っていたように、ナナを巡るライバルとして見られているようだ。


「そんなに警戒しなくても大丈夫って言ったでしょ? ほら、前に出てきて」

「う~……。お姉さまが言うのなら……」

 顔を歪め、不満を口にしながらマギアさんが姿を現す。


 ナナの服を握りっぱなしの所を見るに、まだ警戒心は残っているようだ。


「この子はいわゆる箱入り娘で、他の人とほとんど交流をしてこなかったの。自由に外に出られるようになったのは、ごく最近のことで――」

「お、お姉さま! お願いですから、その話は止めてください!」

 いわばレイカの、ヒューマン苦手に近いものを抱えているのだろう。


 とても良くしてくれた人物が、他の人物にも好意を向けているとなると、嫉妬するのも無理はない。


「ソラさん。お姉さまが認めるお方なのですから、あなたには何も問題がないのは分かっております。が、お姉さまを少しでも傷つけたりしたら承知しませんからね! それではお姉さま、また明日お会いしましょう!」

「あ! マギちゃん!?」

 僕に捨て台詞に近い言葉を吐いた後、マギアさんは大きな屋敷に向けて走っていってしまった。


 これはまた、ずいぶんと嫌われてしまったものだ。


「ごめんね、落ち着いてるときは良い子なんだけど……」

「大丈夫。それくらい分かってるよ。むしろ、一応他人である君にあそこまで懐いていることの方が気になるんだけど……。昔に何があったんだい?」

 ベンチから立ち上がりながら、ナナにマギアさんとの過去について尋ねる。


 すると彼女は、マギアさんが去っていった邸宅の方を一瞥してから口を開いてくれた。


「初めて会ったのは、私が五歳くらいの時かな。あの子は、私の家に治療をしに来てたの」

「治療か……。魔法を用いたものかい?」

 コクリとうなずいたナナは、宿屋に向けてゆっくりと歩き出しながら続きを紡いでいく。


「病名は、先天性魔放閉塞症。生まれつき、魔力の自然放出ができないという病気」

「自然放出ができなくなる……。たしか、最終的には魔力が溜まりすぎて……」

「そう、確実に命を落とす。あの子の治療が終わってなかったら、こうして話すことはできなかったはず」

 マギアさんが箱入り娘と称されたのも、少しだけだが理解できた気がする。


 再発するしないに関わらず、大切な娘が命に関わる病気に苦しんだ後では、過保護になるのもうなずける話だ。


「他者がマギちゃんの体内に魔力を送り込み、それを無理矢理引き抜くことで、魔力を放出しやすい体質に変化させる治療法を取ったんだけど……。治療を行っている部屋からは、毎日悲痛な悲鳴が聞こえたの」

「他者の魔力を体内に取り込む時点で苦痛を感じるのに、それと一緒に自身の魔力まで引き出される……。想像を絶する苦痛だったんだろうね」

 その痛みをマギアさんは、何日、何週間、何カ月と耐え続けていたということになる。


 病が再発することはもうないのだろうか。


「魔力を定期的に放出してれば問題ないよ。マギちゃんは魔法を覚え、自在に魔力の放出ができるようになったから、再発はあり得ないんじゃないかな」

 マギアさんも魔導士試験を受けると言っていたので、これから先、同じ苦しみを味わうことはなくなったのだろう。


 彼女は苦痛を乗り越えたことで、人並みに生きる権利と魔導士としての未来を手に入れたということか。


「その後は、私と一緒に魔法の修行をしたってわけ。リハビリと修業期間が終わったのは二年後。それからは会ってなかったんだけど、大きく、元気になった姿を見て一安心だよ」

 ナナには大きな好意を見せるのに対し、僕には敵意に近い警戒を見せるのはそういう訳があったのか。


 家の外で知っている人は一人しかおらず、共に修行をした仲であれば、心に浮かんだ感情は敬意を超える物となるだろう。

 そこに僕が現れればどうなるかは言うまでもない。


「だからソラには、キツイ言葉をぶつけることが多々あると思うんだ。気にしないのは無理だと思う。もし嫌だったりしたら、いつでも私に言ってね?」

「分かった。どうしてもの時は頼らせてもらうよ」

 マギアさんには、家族以外で頼れる人がナナしかいない。


 信頼を勝ち取ることができれば、僕も彼女の新たな友人になれるだろうか。


「あ、そうだ。ナナ、あっちの道を通って帰ろうよ」

「え? もちろん構わないけど、宿屋があるのとは全然違う方向だよ?」

「いいから、いいから。さあ、行こう」

 ナナの手を引き、暗闇に包まれかけた路地へと入っていく。


 建物の窓から溢れる光を浴びながら道を進み、路地から抜けると――


「ゴンドラ船、ご乗船される方はおられませんかー? もうすぐ夜空に星が現れますので、空と地上、二つの美しい光景を味わえますよー」

 いくつもの小型の船が浮かぶ、大きな水路が目の前に現れた。


 穏やかな流れに乗り、船首に取り付けられたカンテラが小さく揺れている。

 それがいくつも水の上に浮かんでおり、幻想的な雰囲気を作り上げていた。


「綺麗……。もしかして、これに乗ろうと?」

「うん。この街で二人っきりになれる時間は、思ったよりも少なそうだからさ」

 僕たちが借りている宿はこの水路の下流側にある。


 景色を楽しみつつ、宿泊先に戻るにはちょうどいいというわけだ。


「さあ、行きましょうか。未来の大魔導士様」

「ふふ……。案内よろしくお願いいたしますね、未来の英雄様」

 受付を担当している人に歩み寄り、ゴンドラ船を一隻借りる。


 船に片足を踏み入れてナナに右手を差し出すと、彼女は僕の手を支えに乗船するのだった。


「それでは離岸します。美しい夜景、ぜひご堪能を!」

 僕たちが座るのに合わせ、受付の人がゴンドラ船を岸辺から離してくれる。


 穏やかな水流に乗った僕たちの船は、ゆっくりと下流へと流れだすのだった。


「……落ち着くね」

「うん。ちょうどいい揺れだね」

 ゴンドラ船の上は、何とも言い難い空気に包まれていた。


 時に街の情景を見つめ、時に星が出ていないか空を見上げ、時にお互いを見つめて微笑み合う。

 会話をせずとも、不思議と心が一つに重なっていくようだ。


「ソラ、上を見て。星が出てきたよ」

「ホントだ。水路にも光が映りだしたよ」

 星空と星の川に挟まれ、僕たちは手を重ね合う。


 お互いの手の接点に生まれた温もりは、僕たちの心にも光を灯していく。

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