「よいしょっと……。ふぅ、なんだか僕も緊張してきたよ。試験開始までまだ時間があるってのに」
用意しておいた飲み物の容器を取り出し、中身を口に含む。
喉は潤っているというのに、緊張のあまりついつい口に運んでしまう。
それなりの量を用意してきたが、これではあっという間になくなってしまいそうだ。
観覧席は訓練場を囲む形で見下ろせるようになっており、中央部で行われる実技試験の様子を、どこからでも見られるようになっている。
僕たちは中央やや後方辺りの席に座り、試験開始時間を待っていた。
「移動販売でーす! 飲み物、お菓子、いかがですかー!」
聞こえてきた声の方角に視線を向けると、たくさんの商品を担ぎ、観覧客相手に商売をしている人の姿を見つけた。
外で買うよりは少々割高だろうが、席を離れる必要が無くなるのはありがたい。
「商売をする人も来てるんだ。興行としても成り立ってる?」
「魔法を使えない人からすれば非日常を味わえるし、優秀な魔導士を探しに来る人もいるかもしれない。プラナムさんたちの研究所で行われた発表会に近いんだろうね」
会話や商品の購入をしながら時間を潰していると、訓練場内部に人の姿が現れ、何やら準備を始めだした。
地面に棒らしきものが刺され、その上に魔道具が設置されていく。
四隅では数名の魔導士たちが杖を振り、観覧席へ魔法が届かないように防護結界が張られる。
いつの間にか観覧席に集まる人の数はかなりのものとなり、空いている席の方が少なくなっていた。
試験は年に数回行われるというのに、ここまで人が集まるとは。
僕たちの期待も大きく高まるというものだ。
「設置された物たちから判断するに、魔法の精密動作性を中心に見るつもりみたいだね。昔は破壊力を重要視してたらしいんだけど……。力が強くてもそれを扱える力が無いとね」
いくら保有できる魔力量が多くても、いくら強力な魔法を扱えても、それに振り回されてしまうのでは意味がない。
不必要な破壊を防ぎ、確実に標的だけを狙える技術を持っていなければ、魔導士としては一流になれないのだ。
「ホウオウの操作も最初は大変だった。移動してほしい場所に、思うように進んでくれない」
「魔法の操作は想像以上に難しいからね。僕もついつい、魔法の余波を利用しちゃうな」
「お兄ちゃんも私も、接近戦が主体だから余計に、だよね」
レンはともかくとして、僕やレイカが魔導士試験を受けても大した成績は残せないだろう。
魔法だけに専念して学び続けることができなければ、魔導士のスタートラインに立つことすらできないのだ。
「準備が終わったみたいだね。そろそろ――お、司会進行の人と最初の受験者たちが出てきたよ」
訓練場からギルド内へと続く通路から、司会を務めると思われる人物と、数名の魔導士が現れた。
時計を見ると、針は試験開始予定時間を刺している。
準備はつつがなく完了したようだ。
「ナナ姉たちは、まだいないみたい」
「だね。いまでも緊張してるってのに、彼女が出てきたらどうなるやら」
中身が残っている容器を手に取り、それを口に運ぶ。
試験を受けている側より、見守っている側が緊張しているとはどういうことだろうか。
「それではこれより、魔導士試験実技の部を開始いたします」
司会の言葉により、観覧席から大きな歓声が上がる。
早速一人の魔導士が前に進み出て、魔法を使う準備を始めたようだ。
「各所に置かれている魔道具は、魔力に触れると光り輝く仕組みになっています。それに魔法を当て、いくつ点灯させられるかで能力を調べさせていただきます。それでは、試験開始!」
試験開始の合図と共に、最初の受験者が魔法を発動する。
放たれた魔力は雷へと変化し、訓練場内に置かれている魔道具の一つを貫いた。
動きはそれで止まることはなく、他の魔道具たちへの攻撃を続けていく。
いくつか直撃しなかったものはあったが、最終的には訓練場に置かれている大部分の魔道具が光り輝くのだった。
「開幕からかなりの腕前の魔導士が出てきたね……。これが平均になるのか、それとも……」
この後に続く魔導士たちも同等の実力を持つ者が続くのであれば、試験の審査はかなり厳しいものとなるだろう。
試験を終えた魔導士が下がり、二人目が前に進み出てくる。
今度は老人の魔導士のようだ。
「さっきの人よりは――ちょっとだけ明かりが少ないみたいだね」
「途中で魔法が消えちゃったけど……。魔力切れ?」
老人が放った魔法は、魔道具たちを確実に点灯させていったものの、途中で魔法自体が消滅してしまった。
地面に膝をつき、呼吸を荒れさせている様子を見るに、魔力の維持に失敗してしまったのだろう。
老人は係の人たちに介抱をされ、室内へと連れて行かれるのだった。
「魔法をずっと練習して、たくさん研究もしてきてるんだろうけど……。それでもうまくいかないんだね……」
「操作技術も魔力の保有量も、両方とも重要だとよくわかる」
試験はその後も続き、実技が終わった魔導士たちと入れ替わりで次の人たちが姿を現す。
レイカたちは食い入るように試験の様子を見つめ、後に自分の糧にするためにか、ちょくちょくメモを取るのだった。
「あ、あの人アニサさんかな? マギアさんっぽい人もいるよ!」
十回程度入れ替わりが繰り返された頃、レイカが興奮した様子で訓練場内を指さす。
彼女が気付いたとおり、そこにはアニサさんとマギアさんの姿があった。
残念ながら、ナナの姿はいまだないようだ。
「知り合いの試験をやっと見れる」
珍しくレンが鼻息を荒くして興奮している。
普段はそうそう見られない、知り合いの本気が見られるわけなので、好奇心が大きくうずいているようだ。
「では、次の受験者は前へ!」
試験官の合図でアニサさんが前に進み出る。
次に試験を受けるのは彼女のようだ。
「アニサさーん! 頑張れー!」
「集中」
アニサさんの応援をするレイカとレン。
だが、距離が離れているせいか彼女には声が届いていないらしい。
もしくは、集中しているせいで気付かないのか。
「では、始め!」
開始の合図と共に、アニサさんが魔法を発動する。
杖から飛び出した風の魔法は一つ目の魔道具に向かって直進し、撫でるように周囲を駆け巡った。
「あ! 点灯したよ!」
魔力に触れたことで、魔道具は問題なく点灯する。
その後もアニサさんの魔法は標的たちめがけて飛び続け――
「うおおおー!」
「すっげー!」
一連の様子を見ていた観客たちから大きな歓声が上がる。
訓練場に置かれている魔道具たちは、一つ残らず温かな光を放っていた。
「すごい! すごい! 明かりが全部ついちゃった!」
「さっすがアニサさん! これなら実技は問題なさそうだ!」
実技を終えたアニサさんは、歓声を背に受けながら訓練場から出ていく。
姿が見えなくなる瞬間、ぴょこんと飛び跳ねる彼女の姿が見えた気がした。
「では、次の受験生は前へ!」
試験官の合図で次の受験生が足を踏み出す。
次に試験を受ける人物は、マギアさんのようだ。
彼女が歩みを止め、杖を取り出して集中を始めたその時。
「うおおぉぉ!! 行けー! マギアちゃーん!」
「フレー! フレー! マギアちゃーん!」
突如として、観覧席の一部から応援をする声が上がった。
しかも大きな応援幕を広げ、応援歌らしき物まで歌っている。
この街の名家かつ、期待の魔導士とあれば、ファンがつくのは必然か。
「ナナお姉ちゃんと修行した魔導士さんかぁ……。どんな実力なんだろう?」
「アニサさんが魔力量はナナ姉を超えるかもって言ってた。操作より破壊の方が得意そう」
応援に興味を示すことなく、じっとマギアさんのことを見つめる妹たち。
彼女が持っている実力を知る方が、二人にとって大事なことのようだ。
「それでは、試験開始!」
試験官の合図で観客の応援の声が鎮まる。
マギアさんの周囲に膨大な魔力があふれ出し、それが杖に取り付けられた魔法石に集まっていく。
増幅された魔力は激しい熱を生み出し、巨大な火球となって空中に姿を現した。
「な……!? 彼女は何をする気なんだ……!?」
アルティ村で、自宅を焼き払った時のナナ以上の魔力を感じる。
アニサさんが言っていたように、とてつもない量の魔力を保有できるようだが、いまこの時に必要なものとは思えない。
精密動作を調べる試験からは、外れたものになってしまうのではないだろうか。
「行きますよ! インフェルノ・コメット!」
巨大な火球にマギアさんが魔力を込めると、それは砕けるように分裂し、訓練場あちこちに置かれている魔道具めがけて降り注いでいった。
落着した先で火柱が勢いよく吹き上がり、熱気と赤い光が防御壁内を包み込む。
観覧席には影響は出ていないが、訓練場内は大変なことになっていそうだ。
火柱はしばらく熱を発し続けた後、時間と共に沈静化していく。
やがてそれは完全に消滅し、焼け跡に残った魔道具が姿を現す。
少々焦げ付きがあるようだが、それら全てに魔力が当たった証拠として、訓練場内の全域が光り輝いていた。
「これがナナの同世代の魔導士か……」
特に喜ぶ様子を見せることもなく、マギアさんは訓練場から去っていく。
強力な魔法を発動できる魔力を持つのと同時に、それを分裂させて全ての魔道具にぶつける高い操作技術もある。
彼女の才能に末恐ろしさを感じるのと同時に、大魔導士に成ろうとする人物に最低限求められる能力は、非常に高度なものであることを再認識するのだった。