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ナナの試験

「お待たせいたしました。魔道具の調整及び、訓練場の清掃作業が完了いたしましたので、これより試験を再開いたします」

「お、来た、来た。結構時間がかかってたけど、あれほど大規模な魔法を行使されたとなれば仕方ないか」

 マギアさんが放った魔法により、あちこちが黒焦げになってしまった訓練場。


 これまでに幾度となく魔法を受けたということもあり、魔道具の調整及び、訓練場の清掃を兼ねた小休憩が行われていた。

 この間を利用して、買い出しや体を伸ばしに出かけていた観客たちもいたので、空気の入れ替え時としてもちょうど良かったのだろう。


「ソラ兄。あそこ、あそこ」

「ん? どうした――って、彼女は……!」

 通路から出てくる魔導士たちの中に、見慣れた人物の姿を見つけた。


 僕は勢いよく立ち上がり、その人物に向けて大声で声援を送る。


「ナナ! 応援してるよ! 頑張れー!」

 僕の声が届いたらしく、ナナがこちらに視線を向けてくれる。


 彼女は大きく手を振る形で、声援の返事をしてくれた。


「では、次の受験者は――」

 ナナより前の受験者たちが、一人、また一人と試験を終えていく。


 前半最後にマギアさんの大魔法を見たせいか、観客たちの歓声が少々弱いように思える。

 空気の入れ替えがあったものの、さすがに全てを払拭するまでには至らなかったようだ。


「次、準備を始めてください」

 試験官に促され、訓練場の中央に移動するナナ。


 彼女はどのような魔法でこの場を盛り上げてくれるだろうか。


「それでは、試験開始!」

 試験官の合図でナナは杖を握りしめ、瞼を閉じる。


 集中している彼女の姿を見て、僕は生唾を飲み込んだ。


「ドキドキ」

「ナナお姉ちゃん、頑張って……!」

 レンたちも緊張した様子でナナのことを応援している。


 彼女が行動を開始するのを、観覧席、訓練場にいる皆が静かに見つめていたのだが。


「……え? なんだ?」

「なんで杖をしまっちゃうの?」

 なんとナナは、魔法を発動することもなく、握っていた杖を背に戻してしまったのだ。


「なんだよ、諦めちまうのかー?」

「折角なんだから見せてくれよー!」

 ざわざわとした声は次第に大きくなり、野次交じりの声まで飛び交い始める。


 だが、彼女は諦めることなど微塵も考えていないだろう。

 既に何かしらの行為を完了させているからこそ、あのような行動を取っているのだ。


「ナナお姉ちゃん、どうしちゃったんだろう……?」

「不安になっちゃった……?」

「いーや、大丈夫さ。僕が声をかけた時に大きく手を振り返してくれたし、何より彼女は、大魔導士に成ることを諦めたことなんて、一度としてなかったからね」

 ナナはお父さんからの手紙を読み、大魔導士に成ることを自身の夢と定めた。


 それより以前も弱音を吐くことはあっても、もう辞めたいと言い出したことは一度としてないのだ。

 不安になることはあっても、諦めることだけは絶対にありえない。


「え、え~っと……。とりあえず、試験を続行いたします! 次の受験者は――」

「お、おい、なんだ!? 置かれている魔道具がひとりでに……!」

 試験官が次の受験者に声をかけようとしたその時、魔道具の一つが光をたたえだす。


 その輝きは他の魔道具にも伝播し、やがて全ての物が点灯する。

 しかも一定の周期で明かりがついたり消えたりしており、もしもここが闇夜に覆われていれば、美しい演出が見られたかもしれない。


「こ、これは……。非常に微弱ですが、魔力が魔道具の周囲に渦巻いている……!? 極小の魔力を操作するのはとても難しいというのに……。先ほどの受験者が……?」

 実技試験となれば、印象を付けるためにどうしても派手な行動を取ってしまいやすい。


 だが、他の受験者たちが派手な演技を行うなか、最小限の力の行使だけで試験課題をクリアしたとなれば、それはそれで印象にも残りやすい。

 ナナの取った行動は精密操作を調べる上でも最適なので、印象、試験結果共に高得点になりそうだ。


「すごい魔法が見られるかもって思ってたけど……。お姉ちゃんらしくて素敵!」

「皆を欺くのも魔女っぽい」

 レンの感想は、それはそれでどうなのだろう。


 意地の悪い魔女が出てくる物語などもあるので、そういった感想が出てくるのもおかしくはないのだが。


「……魔力も霧散したようですので、試験を再開いたします!」

 魔導士試験はまだまだ続く。


 最後の一人が試験を終えるのを見届けた僕たちは、事務員の案内に則りながら観覧席を離れ、魔導士ギルドの外へと出るのだった。

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