「魔導士さんたちの実技試験、すごかったね!」
「良い勉強になった」
人々が魔導士ギルド外に出てくる様子を見つつ、僕たちは魔導士試験の感想を語り合っていた。
さすがは魔女、魔人を目指す人たちが集まる場というだけあり、誰も彼もが素晴らしい技術を持ち、それを発揮するだけの胆力を得ているようだ。
「それでも、マギアさんの魔法は段違いだった」
「お姉ちゃんの技術も負けてなかったよね!」
妹たちは興奮冷めやらぬ様子で語り合いを続けている。
試験の観覧は、二人の良い思い出になったようだ。
「おいおい。アニサを褒める奴はいないのか? ちょっとショックだぞ」
「ん、この声は……。いまさら来て何言ってんのさ」
振り返ると、そこにはあくびをしながら歩み寄ってくるウォル君の姿があった。
ようやくお目覚めのようだ。
「試験を最初からちゃんと見届けて、君がアニサさんのことを褒めてあげれば良いじゃないか」
「オイラが応援なんざしなくても、アイツならいい成績を出せるだろ。だったらオイラは一時間でも長く寝る!」
信頼が勝っているのか、自身の欲望が勝っているのか、判断に困る言葉だった。
アニサさんのことを信じているのは確かなようだが。
「それより、なんか飯食いに行こうぜ! アイツらには筆記試験があるんだろうし、起きてまだ何も食ってねぇから腹ペコなんだよ」
「ちょっとくらい食べてから来ればいいのに……。まあ、僕たちも観覧で興奮したせいか、お腹が空いてきてたから……。丁度いいかもね」
視線をレイカたちに送ると、二人は恥ずかしそうな笑みを浮かべながらうなずく。
僕たち四人は魔導士ギルドを離れ、水の都の商店通りに向かうことにした。
「景色を見ながらご飯を食べたいな~」
「室内ばかりじゃなく、たまには違う趣を感じたい」
「それなら、持ち運びができる食べ物を買うのが良いかもね。良い場所あるかな?」
「んなら、大噴水に行こうぜ。人気のスポットだし、何より水がそばにあるから気持ちいいしな!」
何を食べるか、どこで食べるかを相談しながら道を進み、多種多様の香りに包まれた商店通りへとたどり着く。
ソースが焦げる香りや、肉や魚から零れた脂に火がつく匂い。
通常の料理でも同じものを嗅いでいるというのに、なぜか普段よりお腹が空いてくる。
「パンに野菜とハンバーグを挟んだ料理……。私はあれにしよっと!」
「たっぷりと卵を詰め込んだサンドウィッチにする」
早速妹たちは、自分の食べたいものが売っている店に移動し、列に並び出す。
全員が勝手に行動したのでは迷子が出る可能性がある。
誰か一人が帰ってくるまで、この場で待機しているとしよう。
「あれ? ウォル君、まだ買い物に行ってなかったんだ?」
お腹が空いたと言っていたのに、ウォル君はどこに行くわけでもなく、とある店をじっと見つめていることに気付く。
何か気になることでもあるのだろうか。
「あの店はずいぶん強気な値段設定をしてるなって思ってな。客が来てる様子もねぇし、あれじゃ商売になんねぇだろ」
見つめている先にあったのは、飲み水を売る店だった。
確かに、同様の他の店と比べてもかなり値段が張るようだ。
何かしら特別な水なのだろうか。
「ま、その値段で売ると本人が決めた以上、オイラたちが口を出すことじゃねぇやな。よっしゃ、オイラも飯を買ってくる! お前はどうすんだ?」
「僕はここでみんなが帰ってくるのを待ってるよ。この街の食べ物にはまだ疎いし、君が選んだ物を僕の分も買ってきてくれれば嬉しいな」
任せとけと言いつつ、ウォル君は僕のそばから離れていった。
しばらくして料理を買って戻ってきた皆と共に、大噴水とやらがある場所に移動する。
そこには、水の都各地に置かれている物とは見た目も大きさも別格の、美しい噴水が築かれていた。
位置的には、水の都で最も標高が高いと言っていい場所だろう。
元々の景色も非常に良いのだが、大噴水のおかげでさらに映えているようだ。
「良い眺め~! あれ? お兄ちゃん、お兄ちゃん。あそこに橋みたいのがあるけど、なんだろ?」
「どれどれ? ああ、ホントだ。確かにあるね」
レイカが指さした方向に視線を向けると、橋らしき人工物がとある山に向かって伸びているのが見えた。
人が歩いている様子がないが、一般向けのものではないのだろうか。
「あれは確か、この街に水を引くための水路だって聞いたな。あれが続く山にはでっけぇ水源があるらしくてよ、おかげでこの街は水の都って呼ばれるようになったらしいぞ」
人が歩く姿が見えないのは、単に橋ではなかっただけのようだ。
この場所が水の都の最上層であるのならば、引きこまれた水はここから街各地へと流れていくのだろうか。
「景色も良いけどよ。そろそろ飯を食おうぜ! 腹が減って腹が減ってしょうがねぇよ」
「分かった、分かった。じゃあ、良さそうな場所に座って食事にしようか」
「「はーい」」
僕たちは大噴水そばのベンチに座り、食事を開始することにした。
料理が入った小箱を開くと、トロリと溶けたチーズがかけられた、パンらしき食べ物が姿を現す。
チーズの上には小型のハムや輪切りにした野菜も乗っており、かぐわしい香りと併せて大変食欲がそそられる。
「美味しそう……。すぐに選ばないで、もうちょっと見て周るんだったかな……」
「ウォル君が二種類買ってきてくれたから、足りなかったら食べていいよ。それじゃ、いただきまーす」
料理を素手でつかみ取り、大きく口を開けてかぶりつく。
とろけたチーズの強い香りが鼻を刺激するのと同時に、生地に塗られた酸味のあるソースが舌に触れる。
複雑に絡み合った味を咀嚼するたび、僕の心には幸福感が押し寄せてきた。
「ちーっと値段が張るのが痛いんだよなぁ……。まあ、去年は有名どころの小麦が不足したせいで、例年以上に高かったらしいし、それと比べりゃマシだな」
「有名どころの小麦? もしかして、グラノ村?」
「お! ソラも知ってんのか! あそこのパンはうめぇぞ! 食ったことあるか!?」
まさかこのようなタイミングで、グラノ村の話題が出てくるとは。
食事を続けながら、あの村の思い出をウォル君と共有することにした。
「増えすぎたウィートバードねぇ……。さっき買い物中におっちゃんたちが話してるのを聞いたんだが、今年のグラノ村は大豊作だったんだってよ。お前たちが解決したおかげかもな!」
「そっか……。今年は小麦が採れたんだ……」
レイカに視線を向けると、彼女も嬉しそうな表情を僕に返してくれた。
グラノ村の子どもたちや農家の人々も、明るい表情で日々を過ごせているだろうか。
そうなっている村の姿を想像しつつ、料理の最後のひとかけらを口内へと放り込んだ。
「ごちそうさま。美味しかった」
僕とほぼ同時に食事を終えたレンが、あくびをしながらベンチに体を預けていく。
満腹感もさることながら、この場の清涼感に包まれたことで眠気を覚えたようだ。
「眠っちゃっても構わないよ。試験が終わるまでには時間があるし、移動する用事も特にないしね」
「ん……。分かった……」
レンは被っていたフードを目元までずらし、瞼を閉じて眠る体勢へと入る。
すぐに呼吸は小さくなり、一定のリズムで胸が動くようになっていった。
「はふぅ……。美味しかった! ごちそうさま!」
レイカは自身の物だけでなく、僕があげた料理をも食べきっていた。
普段はそれほど食事量が多いわけではない彼女だが、好物であるハンバーグ同様に、お気に入りの料理の一つになったのかもしれない。
「あ~……。何か物足りねぇなぁ……。もうちょい買ってくるんだったかな……」
一方のウォル君は、不満げな表情でベンチの背板に両手を乗せていた。
朝食を食べていないと言っていたので、普段通りの量では足りなかったのだろう。
「さっきは君に買ってきてもらったわけだし、今度は僕が買ってこようか。何がいい?」
「お、悪いな! んじゃ、同じもんを二枚とサンドウィッチを一つ頼むわ!」
もう少しの量ではないと思うのだが、全力で動き回る人物らしいと言えばらしいのかもしれない。
レイカにも欲しい物が無いか確認しつつ、商店通りへと歩き出そうとして。
「ん……? なんか、変な匂いがしないか?」
「そう……ね……。なんか、生臭いような、水が腐ったような……?」
突如として、大噴水そばでたたずんでいる人たちが異変を口にしだした。
確かに、なんとなく悪臭が漂っている気がする。
出所は――大噴水だろうか。
「お、おい!? 噴水から変な水が出てるぞ! 泡立ってやがる!」
「ええ!? まさか、水が傷んじゃってるの!?」
慌てて大噴水に駆け寄って調べてみると、その水面は泡立ち、泡がはじけるたびに悪臭が広がるようになっていた。
水の都で、あろうことか水を巡る異変が起きてしまったようだ。