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汚水

「う、う~ん……。何この匂い……」

「レン、目が覚めたんだね。目覚めたてのところ悪いけど、異常事態だ」

 瞼を擦りつつ、鼻をヒクヒクと動かすレン。


 水から溢れ出る異臭に気付き、目が覚めてしまったようだ。


「――ったく、飯時だってのに、こんなことが起きるなんてよ。おっし、ソラ! この問題、オイラたちで解決すんぞ!」

「当然! 事件が目の前で起きたのに、冒険者と魔法剣士が動かないんじゃ形無しだからね!」

 レイカたちに視線を送ると、二人も大きくうなずいてくれた。


 とはいえ、僕たちにはこの街に対する知識がほとんどない。

 冒険者として何度か訪れたであろうウォル君であっても、街の住人たちほど物事を知らないはずだ。


 ならばまず、知ることから始めるとしよう。


「情報収集ってわけだな! よし、じゃあレンはオイラについてこい! オイラたちとソラたちとで二手に分かれるぞ!」

「うん、分かった」

 ウォル君はレンを連れ、商店通りの方へと走っていく。


 僕もレイカと言葉を交わし、行くべき場所を思案する。


「下流の方はまだ水が無事かもしれない。ほんの少しでも貯水ができるよう、情報伝達をしながら行動しようか。役所や魔導士ギルドに伝われば、各地に連絡してくれるはずだからね」

「魔導士さんたちが試験中なのに……。でも、四の五の言っていられないよね!」

 それぞれの目的を持ち、大噴水広場から飛び出していく。


 僕たちは道中で水の異変を知らせつつ、位置がはっきりと分かっている魔導士ギルドへと向かうのだった。



「ええ、いまのところはそれ以外の実害は出ていないようです。申し訳ありませんが、他の役所等への連絡を――ありがとうございます。では、失礼いたします」

 魔導士ギルドに連絡を終えた僕たちは、道中で得てきた情報を手に、大噴水広場へと戻ることにした。


 いままでに起きたことがない事件であり、多くの人たちがパニックを起こしている。

 そのせいであまり有用と思える情報を得られなかったので、もう一方のウォル君たちが何かしら情報を得ていることを期待したいところだ。


「私たちが伝えに行ったことで、試験、中止になったりしないかな……?」

「可能性は無きにしも非ず。けれど、絶対に伝えておかなければいけないことさ。試験は次回、次々回とできるかもしれないけど、明日を生きられなければ意味がないからね」

 とはいえ、今回の問題のせいで試験が流れてしまえば、ナナの大魔導士への道は遠ざかることになる。


 他の受験者たちにとっても、努力の成果を発揮するタイミングで中止を言い渡されれば、納得できない人が数多く出てくるはずだ。


「でも、僕たちが素早く問題を解決できれば、試験が中止になることを防げるかもしれない。ナナが大魔導士になる道を、魔導士たちが力を発揮できるように、僕たちが整えてあげよう」

「この街だけじゃなく、魔導士さんたちも助けるってことだね……! それじゃあ、急がう!」

 大噴水広場に向けて、足をさらに加速させていく。


 その道中、変わった行動を取る人物たちを発見した。


「タンクを持っている人が商店通りに……。そういうことか」

 水不足になることを恐れた人々が、こぞって買い溜めに向かったのだろう。


 いま頃ウォル君たちは、人の波に押されて四苦八苦しているかもしれない。


「このままだと人々の暮らしだけでなく、水の都の名まで壊れてしまう……。急がないと」

 今回起きた問題の規模は村や街の比ではない。


 観光地であるこの街が機能不全に陥れば、各地の集落にも多大な影響が出る。

 経済損失も莫大なものとなり、多くの人が路頭に迷うことにも繋がりかねないだろう。


 商店通りに向かう人々をかき分けつつ、大噴水広場へと走り続ける。

 目的地に近づけば近づくほど人の姿は減っていく。


 全くの無人となってしまった大噴水広場に踏み入れ、水に変化がないか調べていると。


「ソラー! レイカー! 待たせたな!」

「ウォル君! レン! こっちはいろんな人に異変を伝えてきたよ。そっちはどうだった?」

 戻ってきたウォル君たちと情報共有をするための質問をする。


 帰ってきた答えは、呼吸を荒げつつ、ゆっくりと首を横に振るというものだった。


「こっちはダメだ。どいつもこいつもパニくっちまって、声をかけることすらままならなかった」

「水をせき止める動きは始まってるみたい。商店通りと下流の方は、水を求める人たちでいっぱい」

「そっか……。じゃあ、直接調べに行くしかないか……」

 悪臭を放つ大噴水へと視線を向け、そこからさらに水源がある山へとつながる水路へと首を動かす。


 この街の水はあの山から引いており、そこ以外からは引き込んでいないらしい。

 たった一つの水源が何かしらの理由で汚れ、汚水がこの街に流れ込んだと仮定すれば、この異変に説明がつく。


 大噴水はこの街で最も高い場所にあるので、この場もしくは水源に何かを混ぜない限り、街全体の汚濁は起こりえないのだから。


「もし水源には異常がなかったとしても、それならそれで僕たちの圧縮魔で大量の水を持って帰ってこれる。少しとはいえパニックを抑えられるだろうしね」

 人々が落ち着いてくれれば情報収集も行いやすくなる。


 魔導士試験が中止になるという事態には至らないはずだ。


「ん~……。確かに最適な行動だとは思うが……。わりぃ、オイラは別行動するわ。どうも気になることがあってな」

「気になること? 僕たちも手伝うから言ってよ」

 ウォル君が気になったという何かが、問題解決への糸口に繋がる可能性は十分にある。


 憂いを断つためにも、協力をしようと思ったのだが。


「いや、お前たちは山の方に向かってくれ。こっちの問題はオイラ一人の方が解決しやすそうなんだ。警戒させるわけにゃあいかないからな」

「警戒……? まあ、君がそう言うのなら任せるけど……。気を付けてよ?」

「おいおい、お前らより長く冒険している、このウォル様に向かって何言ってんだよ。お前らこそ気を付けろよな!」

 そう言って、ウォル君はどこかに向かって駆けだして行く。


 彼のことは彼に任せ、僕たちがするべきことに向けて行動するとしよう。


「よし、僕たちも行ってみよう。水路を通るのは危険だろうから、一旦街を出てから山へと急ぐ。レイカ、君の圧縮魔の力を借りるよ」

「うん、任せて!」

 一度街の外へと飛び出した僕たちは、レイカの空間跳躍を利用し、水源がある山へと侵入するのだった。

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