「お、水が流れてる。匂いは――だめか、これじゃ飲めないや」
水源がある山を登っている最中、岩と岩の隙間を縫って流れていく小川を発見した。
この川の水もまた悪臭を放っている。
よくよく見ると泡立ってもいるようだ。
「こっちの方が、もっと匂いが酷い気がするね……。やっぱり水源が汚れちゃってるのかな……?」
「汚水が流れる水の都の姿は考えたくない」
汚れた水を見て、妹たちも悲しそうな顔を浮かべていた。
汚濁した原因が自然現象であろうと人為的な物であろうと、元の水質に戻るまでには多大な時間がかかる。
何かしら、時間短縮ができる方法があれば良いのだが。
「まずは原因が何なのかを徹底的に調べよう。理解しないことには、解決するものも解決しなくなっちゃうからね。大丈夫、きっと綺麗にできるさ」
悲しむ二人を励ましつつ歩みを再開する。
山道は登っていくうちに険しくなり、それなりに鍛えているはずの僕ですら呼吸が荒れてきた。
背後を付いてくる二人の呼吸に大きく荒れているので、水源にたどり着く前に小休憩を取った方が良さそうだ。
「疲れた……。空間跳躍で近道したい……」
「気持ちは分かるけど、いま魔力を消費するのは避けたいな。水源で何が起こるか分からないからね」
レイカが扱える空間跳躍も、圧縮魔の一部なので当然魔力は消費する。
距離があればあるほど、一度に移動する人数が増えれば増えるほど消費が激しくなる性質があるので、近い期間に二回も使えば魔力は枯渇してしまうだろう。
僕も使えれば良かったのだが、いまだにコツを掴むには至っていない。
「一人だけなら消費は少なくて済むから……。私だけ先に偵察しに行く?」
「いや、情報が何もない状態だから、それも危険だよ。適度に休憩を挟みつつ、全員でたどり着くことを考えよう」
一旦その場で腰を下ろし、持って来た水分を口に含む。
補給ができないので、長時間この山に滞在することもできないか。
「筋力強化の魔法をかけて進もうか。そうすれば体力の低下も抑えられるし、移動する時間も短くできる。消費はするけど、圧縮魔で魔力を失うよりはましだと思おう」
休憩を終え、皆に強化魔法をかけて再び山を進む。
切り立った岩壁を飛び越えてショートカットし、効果が切れればかけ直す。
これを幾度か繰り返した結果、とうとう頂上が見えてきた。
それと同時に、魔力の濃度が高まっていくことに気付く。
「どうして急に……? まさか、この山には魔力結束点が……?」
だが、周囲の植物に異常が起きているようには見えない。
発生したのはごく最近なのだろうか。
「よし、到着だ。うわ、こりゃひどいな……」
山の頂上には、大量の水をたたえる湖があった。
だが、その湖全体がボコボコと泡を発しており、ひどい悪臭を放っている。
飲み水どころか、どのような用途にも使うことはできなさそうだ。
「どうしてこんなことに……。サンプルとしてこの水を汲んでおくね」
「うん、お願い。さて、魔力が強まってくる方向は――向こうか。レン、行ってみよう」
湖の端のあたりから強力な魔力の気配を感じる。
魔力結束点があるのは確実のようだが、その恵みを享受しているモンスターの姿は見えない。
山に生えた木々の間にいるのか、もしくは水の中に隠れているのか。
気配を感じないが、確実に存在すると思って行動したほうがいいだろう。
「魔力結束点のそばって、モンスターが強くなるだけじゃなくて、凶悪な性格に変化しやすいんだっけ? 水の汚濁はモンスターの暴走が原因?」
「可能性は高まったね。水を汚すモンスターとなると、そんなにいないんだけど……。やっぱり、結束点から魔力が噴き出してる。英雄の剣で鎮静化させないと」
腰に下げた鞘に触れ、英雄の剣を抜き取る。
ご馳走を前にして待ちきれないとでも言いたいのか、それを引き抜くと同時に周囲に漂う魔力を吸いこみ始めた。
貪欲に魔力を求める姿に少々恐怖を抱きつつ、結束点へと近づいていく。
結束点の中に剣を差し込み、魔力の流出を抑え込もうとしたその時。
汚れた湖から巨大な水しぶきが発生し、その中から赤い大きなハサミらしきものが現れた。
しかもそれは大きく広げられ、僕たちの頭上へと落ちてくる。
「な……!? レン、口閉じて!」
「わぷ!?」
レンを抱き寄せ、飛びつく形でその場から離脱する。
だが、虚を突かれたせいで完全に回避することができず。
「ぐ……! 足を……!」
「ソラ兄! すぐに治したいけど……!」
痛みで素早く動けなくなった僕の頭上に、凶悪なハサミが近寄ってくる。
剣を抜き取り、防戦しようとすると。
「お兄ちゃん! レン!」
レイカがものすごい速度でハサミに突撃し、軌道をそらしてくれる。
僕たちへの攻撃は阻害されるも、特に傷が付いている様子はない。
鋭さもさることながら、かなりの頑強さを誇るようだ。
「大丈夫? 二人とも!」
「思うように動けなくはなっちゃったけど、この程度なら軽傷さ。さあ、モンスターのお出ましだ。二人とも、戦闘準備!」
赤い大きなハサミの根元辺りから、勢いよく泡が噴き出ている。
僕たちに攻撃を仕掛け、湖を汚したと思われるモンスターが、その容姿を少しずつ露わにしていく。
「ダーティクラブ……。こんなに大きくなるなんて……!」
優に5メールはあると思われる、巨大なカニが僕たちのことを見下ろしていた。