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水場をかけた戦い

「おっきなハサミ……。うう……嫌な想像しちゃった……」

「本来のダーティクラブは手にも乗るくらいの小さなカニ。だけどそのハサミは結構凶悪でね。細い枝くらいなら容易に断つことができるんだ。このサイズとなれば、その鋭さは推して知るべし、だね」

 目の前にいる巨大なカニは、チャキンチャキンとハサミを鳴らしている。


 僕たちを獲物と判じ、切り裂こうとしているのだろう。


「……! 来る!」

 巨大なハサミが大きく広げられ、僕たちの頭上へと落ちてきた。


 妹たちを抱き寄せて後方へと飛び退ると、ハサミは獲物がいなくなった地面に落着する。

 土は大きくえぐり取られ、大きな傷跡を付けるのだった。


「く……。思ったより痛みが強いな……。レン、君は離れた場所に移動して、遠隔で傷の治療をしてくれるかい?」

「分かった。ホウオウの力を借りるね」

 レンは僕たちの元から離れ、ホウオウを召喚してくれる。


 早速、傷ついた足に温風をかけようとしてくれたのだが。


「お兄ちゃん! ダーティクラブの口元の様子が変だよ! 何か吹きかけてくるかも!」

「遠隔攻撃も可能なのか……! レイカ、僕のそばに!」

 防御魔法を発動させるのと同時に、ダーティクラブの口から水が吐き出される。


 かなりの勢いがあるらしく、並大抵の攻撃ではびくともしなくなった防御壁がミシミシと悲鳴をあげていた。

 だが、問題はもう一つ噴出し――


「ホウオウが……! 大丈夫!?」

 僕の足を治療中だったホウオウが、吐き出された水をもろに受け、半身を吹き飛ばされてしまったのだ。


 炎の鳥である以上、水に弱いのは当然だが、それなりの大きさと魔力を保有するホウオウの体が簡単に傷つけられてしまうとは思わなかった。

 とはいえすぐに再生ができるので、問題なく戦線に復帰してきたのだが。


「今度は泡を噴き出してきた! 私たちに危害はなさそうだけど……」

「露骨なまでにホウオウを遠ざけようとしてるね……! 裏を返せば、熱が苦手って言ってるようなものだけど……」

 足を負傷した状態で戦うことを強要される上に、ホウオウが戦いに参加できないのでは戦力は大幅ダウンだ。


 回復が得意なレンを離れた場所に移動させてしまった以上、安定した回復は見込めない。

 時間をかけてダメージが蓄積していくたび、こちらが不利になっていくだろう。


「動き回るのが苦手なレンをこっちに呼び寄せるのは危険だよね……!」

「うん、あの場にいてもらうしかないね。交代しながら戦い続け、攻撃を受けたらレンの場所に移動する形で回復してもらいながら戦おう」

 消極的で賢いとは言えない戦い方だが、ダーティクラブが凶悪な武器を持っているせいで、少しの負傷ですら命取りになりかねない。


 極力攻撃を受けないように努め、少しでもケガをしたら戦線から離れるくらいで行かなければ、このモンスターとは戦えないだろう。


「じゃあ、先に私が戦うよ。お兄ちゃんはレンに回復してもらって」

「情けないけどそうするしかないみたいだね……。治療を受けている間、君の強化は僕がする。君は何も気にせず戦うこと。いいね?」

 コクリとうなずき、レイカはダーティクラブへと躍りかかる。


 僕は彼女に強化魔法を付与しつつ、レンの元へ移動するのだった。


「レン。最速で治療を頼むよ」

「任せて。ホウオウと一緒に治療する」

 レンはホウオウと協力して僕の傷を治療してくれた。


 大したケガではないのだが、裂傷のせいか回復の進みが遅い。

 傷を負った状態で妹たちを抱きかかえ、攻撃を回避したのも原因の一つだろうか。


「せい! それ!」

 レイカは剣を振り下ろし、横なぎに振って攻撃を繰り返す。


 ダーティクラブは水を吐き出す攻撃を中心に行い、時折ハサミを振り回して彼女を切り裂こうとする。

 こちらの攻撃は硬い甲殻に阻まれてしまうというのに、向こうの攻撃は一撃でこちらの命を奪いかねない。


 ハサミが動きだすたびに体はびくりと動き、レイカの元へ駆けだしてしまいそうだ。


「決定打にならない……! どうすれば――あ!? きゃあ!?」

「レイカ! レン、離れるよ!」

「うん! 傷は治ってるはず!」

 くるりと右足を回して痛みが無いことを確認し、地面に倒れたレイカの元へ駆けよる。


 ハサミを振り回す攻撃で弾き飛ばされただけだが、強い勢いで地面に叩きつけられたせいか気絶している。

 急いでレンの元へ連れ帰り、治療をさせなければ。


「ソラ兄! 姉さんを空高くに投げ上げて!」

「なるほど、任せたよ!」

 筋力強化魔法を使用してレイカを大空高く投げ上げると、ホウオウが翼を大きくはためかせ、彼女めがけて飛び上がっていった。


 大地へと落下を始めていた彼女を優しく抱き止め、ホウオウはレンの元へと戻っていく。

 大空高くを移動していたため、ダーティクラブの水を吐き出す攻撃も当たらなかったようだ。


 だが、獲物を取り逃したことに怒りを覚えたのか、奴はハサミを激しく鳴らし、僕の腹部へと攻撃を仕掛けてきた。


「なんとか防御魔法が間に合った……! けど、このままじゃマズい……!」

 ハサミによる攻撃は防御壁で防ぐことができたものの、ピシピシとヒビが入っていた。


 しかもこのまま圧し切ろうとしているらしく、防御壁にかかる負荷が増してきている。

 そう時間をかけずとも破壊され、僕の体は両断されてしまうだろう。


「どうする……!? ハサミの射程外へと抜け出すほどの時間は持たない……。破壊された瞬間に回避するのは至難の技……。他にできそうなことは……!」

 過去へと記憶をさかのぼらせ、この状況を打破する手立てを思案する。


 攻撃をしようとして反撃をされたことが、確かあったはずだ。

 身に纏っている物を弾き飛ばし、防御を攻撃へと転用されたことが。


「そうだ。壊れそうになっている防御壁を、逆に内側から破壊すれば……!」

 圧縮魔を利用し、爆発力を増大させた風の魔法弾を出現させる。


 わずかな時間の圧縮とはいえ、ひび割れている防御壁ならば簡単に破壊できるはずだ。


「吹き……とべ!」

 魔法弾が防御壁に衝突した瞬間、暴風と共に魔力の破片が周囲に飛び散っていく。


 目論見通りダーティクラブの攻撃を弾き返すことに成功し、しかもバランスを崩してくれたらしく地面に転がった。

 だが、風圧を間近で受けた僕もただでは済まず――


「うわ……! ぐ……!」

 空高くに吹き飛ばされ、バランスを取り戻せずに地面に打ち付けられる。


 防御壁が抵抗なく壊れてくれたおかげか、暴風が内側に籠らなかったのは幸いだった。

 だが、全てを放出できた訳ではなく、ある程度は僕の体へと返ってきてしまったため、吹き飛ばされてしまったのだろう。


「いまがチャンスなのに……。思い付きで魔法を使うもんじゃないな……」

 レイカはいまだ気絶から目が覚めず、僕は全身の痛みで思うように体を動かせない。


 それでも何とか這い起き、剣を手に取ってダーティクラブへ歩み寄ろうとするのだが。


「く……。向こうも起き上がったか……」

 巨体が起き上がり、僕のことを見下ろしてくる。


 堪忍袋の緒が完全に切れたのか、口元からは泡を吹き出し、両手のハサミを激しく打ち鳴らす。

 今度の攻撃は、どうやっても防ぐことはできなさそうだ。


「一か八か……! 強化魔法を全部使って、あの甲殻を叩き斬るしか――」

 その時、水しぶきが発生するような音が聞こえてきた。


 まだ遠方のようだが、かなりの速度でこちらに近づいてきているようだ。

 ダーティクラブも謎の音に気付いたらしく、僕に注意を払いつつも、周囲の警戒をしている。


「な、何あれ!? 水道橋の上を、何かが移動してる……!」

 レンの驚く声を聞き、水道橋の異常を確認するために水の都がある方角へ視線を送る。


 なんと、小型のボートらしきものが、大きな水しぶきを上げながらこちらに向けて疾走してきていたのだ。

 よくよく見ると、ボートの上には人影らしきものがある。


「あれに乗っているのは――まさか、ナナ!?」

「マギアさんもいる! 援護に来てくれた?」

 ボートのへさきに立つナナは、こちらに向けて大きく手を振った後、背負う杖を手に取って魔法の詠唱を始めた。


 水道橋と僕たちがいるこの場は、それなりに高低差がある。

 彼女たちは、どのようにしてここまで登ってくるつもりなのだろうか。


「フローズン! マギちゃん、お願い!」

「了解です、お姉さま! それでは、全力全開トルネード!」

 二人が乗ったボートは風の上級魔法により大きく加速し、より勢いを増して近寄ってくる。


 山の陰に水しぶきすら隠れ、音だけが響き渡るようになった一瞬の後。

 ガリガリと何かを削るような音が聞こえ、僕たちの頭上高くにボートが飛んできた。


「アイツがこの異変の原因ね……! マギちゃん、行くよ!」

「お姉さまと力を合わせて! はあああ!」

 ボートから飛び出し、空中に浮かぶナナとマギアさんは協力して魔法の詠唱を始める。


 絶大な量の魔力が彼女たちからあふれ出し、二人で手に持つ杖に集まっていく。


「アイツ……! やらせるものか!」

 危険な攻撃が来ると判断したのか、ダーティクラブはナナたちめがけてハサミを伸ばす。


 その行動に気付いた僕は、痛みを訴える体に鞭を打ち、大きく飛び上がった。

 ハサミがついた奴の腕は大きく伸びている。


 あの状態ならば、この剣と現在の僕であれば斬り落とせるはずだ。


「はあぁぁぁぁ! とりゃあああ!」

 ザンという切断音が聞こえ、ナナたちへと伸びようとしていたハサミが地面に向けて落ちていく。


 これで、僕のやるべきことは終了だ。


「ありがと、ソラ! さあ、マギちゃん!」

「ええ、一緒に!」

「「ダブルジャッジメント!」」

 溜まりに溜まった魔力が二対の轟雷となり、ダーティクラブに降り注ぐ。


 爆音が鳴り響き、奴の体を貫き、焼き尽くしていく。

 やがて雷は音を弱め、こんがりと焼き上がったダーティクラブを残して消え去るのだった。


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 ダーティクラブ 魚介系 甲殻族


 体長  標準 約0.01メール 最大 約0.02メール 異常種 約5.0メール

 体重  標準 約0.05キロム 最大 約0.06キロム 異常種 不明

 弱点  雷

 生息地 湖沼及び流れが穏やかな河川


 鋭利なハサミを持つ、手乗りサイズの小さなカニ。

 小さいながら勇敢な性格をしており、自身よりも大きな体を持つ相手にもそのハサミを用いて攻撃を仕掛ける。


 その名の通り、汚れた水を吐き出す厄介者ではあるが、体が小さいがために湖沼や河川が汚染されることはまずない。

 小さな湖沼で大量発生した際に、悪臭等が発生することはあるが、しばらくすれば元通りになってしまう程度だ。


 しかし、何かの拍子に巨大な個体が出現した際は要注意。

 単独でも大きな湖沼を汚染させる能力を獲得する上に、元々の武器であるハサミがより鋭くなる。


 熱に致命的に弱いため、炎属性で攻撃したいところだが、汚水を吐き出す形で鎮火を狙ってくるので、雷属性を主に使って行こう。

 ちなみに、清浄な水の中で成長した個体は、しっかりと火を通してから食べると絶品らしい。

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