「すごい……。巨大なモンスターを一撃で……」
地面に崩れ落ちたダーティクラブは、黒い煙を各部分から出しながら動かなくなっていた。
さすがは、ナナとマギアさんの大魔導士候補タッグの攻撃。
彼女たちであれば、大抵の巨大モンスターを容易に倒せてしまうのではないだろうか。
「みんな、お待たせ。遅くなっちゃってごめんね」
無事に地面に着地したナナが、こちらに走り寄ってくる。
彼女たちがこの場にいるということは、もしや試験を途中で抜け出してきてしまったのではないだろうか。
「まあ、それは合ってると言えば合ってるよ。ね? マギちゃん」
「ええ。あんな試験、私たちにとっては瞬時に解ける問題ばかりです。さっさと試験を終わらせ、ここまでやってきたというわけです」
不満そうな表情を浮かべつつ、マギアさんもこちらにやってくる。
魔導士試験を中止にさせないために行動をしていたら、問題を解決する前に彼女たちはやって来た。
何とも言えない本末転倒具合だが、無事に試験を終わらせられたことを知り、僕の心は安堵で満たされる。
「ありがとう、二人とも。君たちが来てくれなかったら、本当に危なかったよ」
「ふふ、気にしないで。モンスターのハサミを斬り落としてくれてなかったら、私たちも危なかったし。ほら、マギちゃんも」
「そ、それはそうかもですが……。でも、でも! あなたがより早くあのモンスターを退治していれば、お姉さまが試験を抜け出すなんてこと、しなくても良かったのですよ! か、感謝はしますけどね!」
そう言って、マギアさんはぷいと顔をそむけてしまった。
相も変わらず、僕には反感を抱いているようだ。
「さてと……。レン、レイカの調子はどうだい?」
姉弟の元に歩み寄り、レイカの様子をうかがう。
彼女はまぶたを閉じていたが、呼吸を乱している様子はない。
一定のリズムで胸が動いているところを見るに、眠っているのだろうか。
「大丈夫。気絶から目は覚めて、いまは疲れたから眠るって」
レンがそういうのであれば、レイカは大丈夫だろう。
ならば、僕がやるべきことをさっさと終わらせるとしよう。
「魔力結束点の沈静化をするんだよね? ついでに見つけられたのは幸運だったね」
「だね。よし、頼むよ。英雄の剣」
腰に戻していた英雄の剣を再度抜き取り、魔力結束点へと近づく。
そこから漏れ出した魔力と、ナナたちが放った魔法の魔力を取り込み、剣はますます魔力に満ち溢れていく。
「な、なんですか、その剣は……。魔力を吸う剣なんて、見たことも聞いたことも……」
「まあ、ね……。でも、世界に悪影響を与える剣じゃないの。見てて」
ナナとマギアさんのやり取りを背に受けつつ、結束点のふちに立つ。
魔力が吹き荒れるその中へ剣を差し込むと、以前、沈静化を行った時と同じことが起きる。
剣は動かせなくなり、勢い良く噴き出す魔力が手に持つそれに飲み込まれていく。
結束点の沈静化が完了するのと同時に剣の硬直は解消され、鞘の中へと戻るのだった。
「これでまた一つ前進。やりましたよ、先輩」
これで、この地域に凶悪なモンスターが現れることはなくなった。
ウェルテ先輩の言伝にあったように、水の都がモンスター大発生事件に巻き込まれることも無くなるはずだ。
「問題は、水源の水だよなぁ……。いくらモンスターを倒せても、汚れが解消されるわけじゃない。水不足の長期化は避けられないな……」
水源全体が汚れてしまっていては、水の浄化は難しいだろう。
少しずつであろうとも綺麗な水を用意できなければ、街の衰退は確実だ。
「む、あれは……。お姉さま、モンスターです! 気を付けてください!」
腰にある剣を握り、マギアさんが指さした方向に視線を向ける。
そこに出現していたモンスターは――
「スライム? この山に住みついていた個体……かな。多分、ダーティクラブを倒したから出てきた――って、そうか!」
「ちょ、ソラさん!? 何で近寄って行くのです!?」
慌てるマギアさんに笑みを返しつつ、ぴょんぴょんと跳ねまわっているスライムたちに近寄って行く。
僕の接近に気付いた彼らは、一所に身を寄せるように集まり、警戒した様子でこちらのことを見つめていた。
「大丈夫、怖くないよ。こっちにおいで」
少し離れた場所で地面に膝をつき、右手を差し出す。
スライムたちはお互いの顔を見合わせた後、内の一匹が僕の手に飛び乗ってくれた。
「ふふ……。あのモンスターに困らされてたんだね? でも、もう大丈夫。僕たちがやっつけたからね」
スラランにするように、優しくスライムを撫でる。
すると他の個体も羨ましさを感じたのか、恐る恐るではあるが僕の体に飛び乗ってきてくれた。
「お姉さま……。あの方って、一体……? 魔力結束点を鎮静化させ、モンスターと仲良くすることもできるなんて……」
「ん? ソラは私やマギちゃんとなーんにも変わらないよ。一緒に行こ? 仲良くする方法、教えてあげるから」
不安を覚えているマギアさんを連れ、ナナが僕たちの元へ歩み寄ってくる。
ナナもまたスライムと触れ合いを始め、その様子を見学していたマギアさんもスライムに手を伸ばしだす。
強張っていた表情も少しずつ柔和し、最終的には笑顔を浮かべてくれるようになるのだった。
「ところで、スライムたちを見て何かを思いついたようですが、いつまでも遊んでいていいのですか?」
「ある程度信頼関係を作っておく必要があるんだ。でも、そろそろ大丈夫そうかな。ねえ、スライムさんたち。向こうに見える街で暮らしてみないかい?」
スライムたちに、驚くマギアさんに、僕の計画を伝えていく。
ダーティクラブが倒された以上、水源の汚濁が進むことは無くなったので、時間がかかるとはいえ自然と水質は改善していくだろう。
その間の水確保には、スライムが持つ水を浄化する能力を頼ればいい。
一体一体は少量の浄化しかできないが、数が集まれば人が使う程度の水は確保できるようになるはずだ。
「そ、それって、モンスターを街に入れるということでしょう!? そんなの、絶対に反発が出ます! いくら可愛らしくて、人懐っこいと言っても!」
「でも、何もしないで放置していたら、水の都は確実に衰退する。せめて人が使う水くらいは使えるようにしないと……。でしょ?」
ナナが指摘を入れたことで、マギアさんが口ごもる。
水の都に住む者として、その街の名家に属する者として、問題解決に取り組まなければならない。
けれでも、その一助になるかもしれない存在がモンスターでは、困惑するのは無理もないだろう。
「マギアさん。君が率先して水の浄化をスライムたちと行ってくれれば、街の人たちはついてきてくれるはずなんだ。僕たちも、スライムの浄化能力を広めるための講演を手伝う。頼めないかい?」
「私の家の名を利用するということですか……。うまくいけば、多くの人たちに私の名を届けることができる。大魔導士への道も、きっと……。良いでしょう! その案、ブラド家の名の下で実行させていただきます!」
高らかに宣言してくれるマギアさん。
これで水の都は、彼女たちの下で復旧が進んで行くだろう。
魔法剣士としての役目は、一歩前進だ。
「よし、街に帰ろう。戻ったら、水質汚濁の原因が無くなったことを、各地に説明しないとね」
眠るレイカを背負い、皆で山を下りる。
草原を歩き、街道を歩き、街にたどり着いた僕たちは、混迷を極める水の都を進んで行くのだった。