「どうして、こんなことになったんだろうな……」
絢爛豪華な作りとなっている窓に歩み寄り、外界の景色を眺める。
視界の遥か先では、美しい山々がその雄大さを惜しげもなく晒しており、下方に視線を下げれば、美しい街路を持つ街の姿が見えた。
街の周囲は大きな防壁で囲まれており、それに開けられた出入口を通って人々が出入りをしている。
ここは王都ラーリムダの最奥に存在する、王が住むべき王城。
その一画にある尖塔の中に作られた、来客用の部屋に僕は滞在していた。
飲食は豪華なものが出され、何か欲しいものがあっても部屋の外にいる兵に取り次げば持ってきてもらえる。
部屋の外に出られないこと、たった一人で過ごさなければならないことを除けば、これ以上ない待遇ではあるのだが。
「水の都を出て、もう、一週間か……。みんな、どうしてるかな……」
窓から離れ、これまた豪華なベッドに体を投げ出す。
瞼を閉じた僕は、これまでの出来事を思い返しながらひと眠りすることにした。
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「お! あのモンスターはフライハムスターじゃないか! 手と足についている皮膜を利用して、滑空できるようになったげっ歯類型のモンスターなんだけど、基本的に森の中にいるから、草原地帯で見られるのは幸運だよ」
草原の上をちょこちょこと移動し、見つけた食べ物を口に放り込む小型のモンスター。
その行動一つ一つをつぶさにメモしていると、共に調査に出ていたレイカがうずうずと体を揺らしだす。
モンスターの可愛らしい容姿に、心惹かれだしたのだろうか。
「触るのはダメだよ。向こうはあくまで野生のモンスターだからね」
「はーい……。うう、可愛いのになぁ……」
フライハムスターは食事を終えたとたんに近場の木に登り、いずこかへと飛んで行ってしまった。
人とモンスターが交流できるようになるのは良いことだが、いままで通りの関係を続けるのも大切なこと。
お互いがお互いの場所で干渉せずに暮らせるのであれば、それに越したことはないのだ。
「さて、そろそろ街に戻ろうか。水路の清掃を手伝って、スライムの浄化能力をより多くの人に伝えなきゃ。まだ、不信感を持つ人はいるみたいだからね」
水の都アクアリムの水質汚濁事件から二週間程度が過ぎ去ったが、いまだ水路の復旧は終わっていなかった。
スライムの浄化能力が広まったおかげで、無駄に水を消費しなければ日々を暮らせる程度にはなったが、観光客を迎え入れるほどの余裕はないといった状態だ。
「僕たちも本来の仕事をしなければいけないから、いつまでもこの街に滞在するわけにはいかない。ある程度モンスターたちの情報も取れたことだし、近い内にアマロ村へ戻ろうか」
「途中で投げ出すみたいな感じだけど……。街の人たちが頑張らなきゃいけないことだもんね」
レイカも、魔法剣士の理念がだいぶ身に付いてきたようだ。
この街の人たちは、既に自らの足で歩き出せている。
僕たちがここに留まり続ける理由は、もう無くなった。
「あれ? あそこにいる警備の人たち、鎧を着ているみたいだけど、何かあったのかな?」
「あれは……。多分、王都の兵士だね。わざわざここまで来ているんだから、何かあったのは確かだろうけど……」
街の入り口付近にまで戻ってくると、二人組の兵士がキョロキョロと周囲を見渡していることに気付く。
警戒をしているというよりは、誰かを探しているように見えるかもしれない。
僕たちには何も関係がないだろうと考え、彼らの間を通り抜けようとするのだが。
「黒髪に白髪を持つ男性……。失礼、あなたがアマロ村のソラ殿でしょうか?」
「え? 確かに、僕の名前はソラですけど……」
呼び止められたので歩みを止め、耳を傾ける。
王都の兵士たちが、一体、僕に何の用だろうか。
「実は、然るお方があなたに面会を希望されております。王都までご同行を願いたいのですが……」
「然るお方? 王都で……? 僕だけですか?」
「ええ、あなただけで問題はないとのことです」
兵士が依頼者の名前を発しなかったのは、高い身分を持つ者がお忍びで行動をしていると言っているに等しい。
下手に断れば、後々まで尾を引く可能性もあるだろう。
「お兄ちゃん……。どうするの……?」
「もちろん行くよ。レイカ、君はみんなの元に戻ってくれるかい? この剣たちを持って」
不安そうな表情を浮かべるレイカに二振りの剣を渡す。
こうすれば僕に何かが起きたことがナナたちにもすぐ分かる上に、兵士たちの警戒を解くことにも繋がる。
武器を持っていかなかったということは、危険に巻き込まれたわけではないという証明にもなるので、家族を安心させるきっかけにもなるはずだ。
「準備はよろしいですか? では、向こうへ……」
「分かりました。レイカ、後のことは頼むよ」
「う、うん……」
レイカに手を振り、街道が存在しない草原へと歩みを進めて行く。
しばらく進んだ先には客車が用意されており、兵士の指示でそれに乗り込む。
こうして僕は一人、王都へと向かうことになるのだった。