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案内されるは

「これより王政区です。会議場はこの奥にありますので、そこまでご案内いたします」

 王都ラーリムダへと連れてこられた僕は、街の最奥部である王政区内を案内されていた。


 周囲には豪華な衣服を身に纏い、堂々と道を歩む貴族の人たちがいる。

 王政区の美しい様相も含めた光景を目の当たりにし、突如連れてこられたことに対して不安を抱いていた僕の心に、小さいながら明かりが灯りだす。


「一般の人々の場から離れましたが……。いまだ詳細はお聞かせいただけないのでしょうか?」

「……ふむ、この辺りまでくれば良いでしょう。あなたをお呼びしたお方は、王国守衛隊隊長のフレインです。話の内容までは聞かされていないので、ご容赦を」

 守衛隊隊長のフレインさんとは、一年ほど前に王都を訪れた際に会話をしている。


 再び会って話をしたいと思っていたが、そうそう機会に恵まれるはずもなく、あれから彼の姿を見かけたことは一度としてなかった。

 こうして話ができることは嬉しいのだが、仰々しいように思えるのは気のせいだろうか。


「到着いたしました。この先で、フレインがお待ちです」

 たどり着いた建物は、王国隊の宿舎だった。


 他の豪華絢爛な建物と比べるとどことなく質素だが、威圧感がある佇まいをしており、自然と身が引き締まる思いだ。

 開かれた扉を潜り抜けて屋内へと入ると、待機していた兵士がさらに奥へと続く扉を開く。


 それを数回繰り返されたのち、作戦会議室と思われる部屋へと通されるのだった。


「フレイン隊長。ソラ殿をお連れ致しました」

「ご苦労。下がっていてくれ」

「はっ!」

 部屋の最奥にある机に着いて書類仕事をしている、金の髪を短く刈り上げた男性。


 彼は僕に視線を向けると、ニコリと笑みを浮かべてくれた。


「お久しぶりですね、ソラさん。覚えておいでですか?」

「もちろんです、フレイン隊長。あれから一年近く……ですね」

 フレイン隊長から部屋の中央にある席に着くよう促されたので、彼と向かい合う形で会談を始める。


 ここしばらくの近況などの雑談から始まり、やがて本題へと入っていく。

 そんな、いつも通りの会議が始まると思っていたのだが。


「さて、あなたをお呼び立てしたのは他でもありません。然る方が、あなたとの会談を望んでおられるのです」

「然るか――え? 僕に用があるのは、あなたじゃないんですか?」

 僕の質問に、隊長はゆっくりと首を振る。


 ここまで案内してくれた兵士は、僕に用があるのは彼だと言っていた。

 そんな彼が、真に用があるのは他の人だと明かしたということは。


「もしかして、僕に用事があるという人物は……」

「ここでは口外なさらぬようお願いいたします。ソラさん、こちらへ」

 隊長に手招きされ、会議室最奥にある暖炉の前に移動する。


 特に変哲もない暖炉だが、これはもしや。


「秘密の通路、ですか?」

「その通り。通路の詳細及び、会談を望まれている方の名は、中に入ってからお伝えします。申し訳ありせんが、しばしご容赦を」

 隊長が暖炉の内側に入り、何やら操作をすると、奥の壁が音を立ててずれていく。


 この道が繋がっている先は、僕が決して訪れることがないはずの場所。

 この国で、もっとも偉大な人物が住んでいる場所だ。


「通路を閉じて……。では、ご説明いたします。この通路が続く先は、ラーリムダの王城です。あなたをお待ちしておられる方々は、冒険者ギルド統括ネブラ様。そして、現国王リムダ十世です」

 向かう先は予想通り。会談を望まれた方の予想も当たっていた。


 だが、冒険者ギルドの統括までもが話に入ってくるのは、予想外だ。


「この通路が王城と繋がっている理由、お分かりですか?」

「有事の際の避難、および侵入経路ですよね。王族の方々が避難をすることになっても、真っ先に救助、護衛ができるように。また、王城を占拠された場合でも、内側から攻め入ることができるように」

 隊長はコクリとうなずき、秘密の通路を歩き始めた。


 秘密の通路ではあるが、何かのはずみで外に声が漏れ出ないとは限らない。

 しばらくの間は、会話を避けるとしよう。


 通路を進み続けていると、突如として行き止まりが目の前に現れた。


「よしと……。今度はここを登ります。ロープ登りの技術は?」

「心得ています。なるほど、返しが作られているうえに、それなりに高さが……」

 頭上を見上げてみると、高さ10メール程度の場所に、さらに奥に繋がると思われる通路が見えた。


 強化魔法を用いれば十分届く高さではあるが、返しが付けられているので直接飛び上がることは難しそうだ。

 隊長はどこからともなくロープを取り出すと、それを器用に頭上へと放り上げ、登って行ってしまった。


 しばらくして声をかけられたため、同じようにロープを登っていく。


「ふぅ……。侵入者を防ぐためでしょうけど、潜入の際には一苦労ですね……」

「扉を抜けた先で少々休憩しましょう。待機場所が設けられており、避難にしろ、潜入にしろ、そこで入念に準備をし、行動を開始するというわけです」

 壁に取り付けられた木製の扉を潜り抜けると、そこには食料や衣類、武器までもが置かれている小部屋があった。


 避難する者はここで姿を変え、潜入する者はここで武器を整え、通路の出口へと進むようだ。


「そこに置かれている服へと着替えるよう、お願いいたします。急に呼び立てたとはいえ、汚れた姿で国王に謁見するのは不敬に当たりますので」

「分かりました。うわ、高そうな服……」

 纏っていた服を脱ぎ、用意されていた服に袖を通す。


 着慣れない服であったので少しばかりてこずったが、隊長に手伝ってもらう形で何とかこの身は服の中へと納まってくれた。


「後は少々髪の毛を……。ふむ、これで良いでしょう。なかなか似合っておいでですよ」

「そ、そうですか……? 金や赤でごちゃごちゃしている気がして、なんとなく落ち着かない……」

 少々サイズが小さい上に、派手なのがどうにも。


 せめて赤い部分が青色であれば、嬉しさの方が強かっただろうに。


「それでは少々お静かに。もう少し進むと、王城内へと入りますので」

 コクリとうなずき、再び歩き出した隊長の後に続く。


 通路を歩き、階段を登り、やがて行き止まりが視線に映りこむ。

 彼が兵士宿舎の暖炉内で行ったのと同じような操作をすると、壁はガタリと音を立てて開きだす。


 通路を潜り抜けた先は――


「本棚がたくさん……。なるほど、隠し通路を作るにはうってつけの場所ですね」

「お客人がここを訪れるのも、何らおかしな点はありませんからね。こうして非公式の会談を行う際にも、隠し通路は使われているのです」

 それなりの蔵書数があると思われる、図書室だった。


 一般人と国の王が会談するなど、ジャーナリストからすれば垂涎の話題。

 秘密にしておきたいのは、こちらとしても同じ気持ちだ。


「会議室へと向かいましょうか。道中、堂々としていれば怪しまれることはないでしょう」

「この服を着ている身分の者として行動せよと。分かりました」

 貴族らしいふるまい方は分からないが、胸を張って歩いてさえいれば、来賓として呼ばれた人物と思わせるくらいはできるだろう。


 それにしても、この街でレイカに伝えた言葉が、まさかこのような形で返ってくるとは。

 普段よりも深い呼吸を心がけつつ、図書室から出ていく隊長の後に続く。


 まるで鏡張りになっているかのような廊下をしばらく歩いていると、突き当りの曲がり角から出てきた、侍女と思われる人物に挨拶をされる。

 緊張のあまり会釈をするだけで、言葉を発することができなかった。


「ええ、それで構いません。貴族の方々は、使用人たちに挨拶を返さない場合も多々あるので」

「一般側の人とはいえ、相手は王城で働く人たちですよね……? 本当にそれで良いのでしょうか……?」

 寂しさを感じたが、一般人の間でも挨拶を返さない人物はいるので気にするだけ無駄なのかもしれない。


 一般人には一般人の常識があるように、貴族には貴族の常識があると考えるとしよう


「階段を上り、廊下最奥の部屋でお二人はお待ちです。急な要請だというのに、ここまで同行していただき、誠にありがとうございます」

「いえ、まだ会談は始まってすらいませんし、場合によっては再びフレイン隊長のお世話になってしまうかもしれませんので」

 隊長は目を丸くし、声を上げて笑い出す。


 しばらくして笑い止んだ彼の表情は、優しく、穏やかな物へと変化していた。


「その際には、連れてきた私も処罰されるでしょうね。ソラさんと一蓮托生の身というわけです」

「あははは……。この会談は、絶対に失敗できませんね」

「冗談を言える程度の気力があるのならば大丈夫ですよ。とはいえ、ご多幸をお祈りしておきます」

 階段を上がりきり、最後の廊下を進み、大きな扉の前へと移動する。


 周囲の警備をしていた兵士に隊長が声をかけると、彼らは大扉を押し開け、僕と隊長に入室を促した。


「王国防衛隊隊長フレイン。ソラ様をお連れ致しました」

「ご苦労。そなたは下がると良い」

「はっ!」

 先んじて入室した隊長は、室内にいる人物たちに報告をすると、後ずさりをするように部屋の外へと出てきた。


 彼に促される形で部屋へと入り、目線を軽く下げる。

 室内にいる人物たちの姿を、可能な限り視界に入れないように努めながら歩んでいく。


「参上いたしました、アマロ村のソラと申します」

「ふむ。急な呼びつけに対し、よくぞ来てくれた。面を上げよ」

 膝をついて自己紹介をすると、厳めしい声が顔を上げる許可を出してくれた。


 ゆっくりと、ゆっくりと視線を上げ、奥にいる人物を視認する。


「我が名はリムダ。この国の政務を担っている者だ」

 頭には朱色に輝く美しい王冠を、手にはこれまた荘厳な装飾が施された王笏を握る壮年の男性。


 厳しくも、どこか優しげな瞳が僕のことを見つめていた。

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