「そなたの話は、各方面の者たちから聞いておる。アマロ村の危機を未然に救ったことから始まり、各集落の問題解決。『アイラル大陸』の調査にも尽力してくれたそうだな。愛しき民に代わり、礼を申すぞ」
「ありがたきお言葉、頂戴いたします。して、本日はいかような件を私に?」
国王リムダ様は大きくうなずくと、向かって左側にある席そばにいる兵士に視線を向ける。
すると彼は音もなく椅子を引き、座面を僕へと向けた。
どうやらあそこが、僕が座るべき席のようだ。
「失礼いたします」
足音を立てぬように努めつつ、引かれた椅子の前へ移動する。
さすがは王城の椅子ということもあり、座り心地は並の物とは比べ物にならない。
ため息を吐きそうになったのを堪えつつ視線を上げると、僕の向かい側の席に座る人物がニコリと笑みを浮かべる様子が。
何ら変哲もない笑顔のはずだが、背筋がぞわりと震えだす。
「そなたを呼んだのは他でもない。とある計画のため、知識を借りたいと思ってな。詳細はそなたの前に座る者が説明する。皆の衆、しばしこの場を我ら三人だけにしてもらおう。ネブラよ、よろしく頼むぞ」
「承知いたしました、国王様」
国王様の指示を受け、兵士たちは動揺した様子で会議室から出ていく。
ネブラと呼ばれた男性は、部屋の中にいるのが三人になったのを見計らい、僕に対して自己紹介を始めた。
「私は、冒険者ギルド統括の役目を任ぜられております、ネブラと申します。以後お見知りおきを……」
ネブラさんが頭を下げるのに合わせ、こちらも頭を下げる。
再びお互いの頭が上げられた時、会談が始まるのだった。
「知識をお借りしたいというのは他でもありません。あなたが『アイラル大陸』での調査の過程で、集め、記憶、記録されたであろう彼の地の情報を、お譲りいただきたいのです」
「『アイラル大陸』の? その情報であれば、調査に同行した冒険者の方々からの報告に加え、こちらから提出した資料もあるはずです。他に必要な情報となると……」
子どもの頃の物とはいえ、僕の中には『アイラル大陸』の記憶がある。
その中には、調査で得た情報よりも遥かに重要で、貴重な物もあるのだ。
「あなたから提出された資料にはいくつか不明瞭な点が見られました。冒険者たちが一切記載していない情報があれば、逆に隠すかのように記載されていない情報も……」
心臓が、まるで激しくドラムを叩くかのように鼓動を強める。
ネブラさん――いや、彼らは知っている。僕がこの大陸出身ではないことを。
僕が生まれてから、『アヴァル大陸』に渡るまでの記憶、ホワイトドラゴンとして暮らした十二年分の記憶を求めているのだ。
「表情が変わりましたか。やはり、あなたはこの大陸出身ではなく、『アイラル大陸』から来た者のようですね」
僕がこの大陸に存在していたのは八年だけという情報は、少し調べればあっという間に出てくるだろう。
王城に入れると知り、喜びは多分にあったが、少しばかり気を抜き過ぎていたかもしれない。
「ああいえ、警戒されることはありませんよ。確かに、危険因子ではないか調べるべきかもしれませんが、既にあなたは幾つもの功績を各地に残している。陛下から見ても、あなたは信ずるに値する人物のようですよ」
国王様に顔を向けると、彼はゆっくりと大きくうなずいた。
僕がこの大陸に不法滞在していたことは、無罪放免にしてくれるということだろうか。
だとしても、少々話がうまいように思えるが。
「故郷の情報を渡したとして、僕には何のメリットがあるのでしょうか。そして、なぜその情報を求めているのか、お聞かせください」
会談とは名ばかりの、情報を引き出すための駆け引きが始まった。
僕は自身の持つ情報を守り切れたら、彼らは僕から情報を引き出せれば勝ちと言ったところか。
「あなたが住む家には、二人の子どもがいますね? 本来であれば両者とも『アイラル大陸』に住む存在であり、この地には存在しないはず。彼女たちから情報を引き出すことは止めるとしましょう」
レイカたちの存在もバレてしまっている。
同意しなければ、彼女たちは捕縛されてしまうかもしれない。
僕の心の天秤は、情報を引き渡す方へと傾きだす。
「情報を求めている理由については簡単です。あなたも、六年前の大事件は身をもって体験しているはず……ですね?」
「六年前……。モンスター大発生事件……。『アイラル大陸』の情報……。もしやあなた方は、王都に相応しき新たな土地を探すつもりでは……!?」
「ふふ、話が早くて助かります。裕福なこの土地を使えなくなることは痛手ですが、モンスターに襲撃されないという安心の方が大切です。何も対処せずに次が発生した場合、更なる被害を受ける可能性がありますので」
ギギギと、何かを強く握るような音が国王様の方から聞こえてくる。
彼は自身の座る椅子を、王笏をかなりの力で握っているようだった。
「……意図は理解できました。が、迅速な行動を取ったとしても、大きな混乱は起こるでしょう。遷都をする側も、される側からも反発が出るはずです。そちらへの対処は?」
「ヒューマン側に対しては、全てを嘘偽りなく説明し、あの事件が二度と起こらない土地に移動すると説明すれば、大半は同意してくれるでしょう。問題の『アイラル大陸』側ですが……」
ゴクリと生唾を飲み込み、ネブラさんの回答を待つ。
なぜかは分からないが、猛烈に嫌な予感がする。
僕たちのやって来たことが全て無に帰してしまうような、そんな予感が。
「もちろん交渉は致します……。が、受け入れられない場合は力づくで奪うのみ。そのための準備も、まだ伏せられているとはいえ始まっております」
ここで初めて、王都内に兵士が多かった理由に気付く。
誰かの探索や、警備のためではなく、『アイラル大陸』との争いのための準備をしていたということに。
「そんなの……。僕に故郷を焼く手助けをしろということですか!? あそこには家族が、村のみんなが……!」
「そのようなことが起きないよう、あなたが持つ情報をいただきたいのです。もちろん、その情報を元に作戦を決めることもあり得るでしょうが」
認められない、認められるわけがない。
そんな意味の分からない要求など、あって良いはずがない。
「二者択一です。現在のあなたのご家族を差し出すか、遠い故郷を差し出すか。たとえ情報を渡すのを拒んだとしても、私たちが『アイラル大陸』へと足を向けることは、変わらないと思いますが」
こんなにも、目の前の人物を殴り倒したいと思ったことはない。
それでも僕は、自身に内から浮かび上がる衝動を抑え込み、呼吸を整えて席に座り直す。
ここで暴れれば、僕自身だけでなくフレイン隊長にも迷惑がかかる。
ナナ、レイカ、レンに危険が及ぶかもしれない。
そして何より、国王様の瞳がこう訴えかけてきている気がしたのだ。
いまは堪えてくれ――と。
「情報を明け渡すかの回答は、明後日の会議の際にお聞きしましょう。じっくり考え、良いお答えをお聞かせください。それまで、あなたのための部屋がご用意されているようですよ?」
「牢屋とか言うんじゃないですよね……?」
「そんなまさか。あなたは大切な情報を持つお客人。丁重にお迎えしなければ国の威信にかかわりますので。陛下、兵士たちをお呼びしていただいても?」
「……ふむ、それでは会談はここまでにするとしようか。兵士、部屋の中に!」
国王様が合図をすると、すぐさま兵士たちが部屋の中へと入ってきた。
促されるままに椅子から立ち上がり、出入り口の扉へと足を向ける。
残念ながらこの情報戦は僕の負けだ。
レイカたちと僕の素性について、確信に至らせてしまったことが非常に痛い。
こちらも情報を得られはしたが、気軽に開示されてしまったものなので、僕が何かしらの働きかけをしても、計画に支障が出ることはないのだろう。
お互いが欲する情報は隠したままなので、そこに勝機を見出したいところだ。
「それでは陛下、またのお目通りを期待しております!」
「……失礼いたします」
廊下へと出た僕は、用意された部屋とやらに移動させられる。
こうして僕は、王城の一画にある尖塔に軟禁される形で、日々を過ごす羽目に合うのだった。