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望まぬ作業

「……さて、いつまでも休んでいられない。少しでも作業を進めないと」

 昼寝から目を覚まし、室内に置かれた作業机に向かう。


 普段使っている物より数段豪華なそれの上には、文字が書きこまれた書類が置かれている。

 情報を明け渡すか、渡さないかについての回答は既に行われており、僕は前者を選ぶことにした。


 情報を渡さなくとも、この国の兵士が『アイラル大陸』に向かうことに変わりがないこと。

 軟禁された状態では、レイカたちに魔の手が伸びても助けに向かえないこと。


 それらに加え、いまから準備を整えるにしても、『アイラル大陸』に向かおうとするまでには膨大な時間を要するので、対策を考える時間はあることが理由となる。


「一日経って書き終えたのは、たったの数行か……。いつもだったら、数ページは書いちゃうのにな……」

 資料作成速度は、はっきり言って遅すぎると言っていいほど。


 時間を稼ぐことが目的なのだが、はっきり言えば気が進まないという感情が強い。

 自身の故郷を焼き滅ぼす可能性がある仕事を強要されているので、乗り気になる方が難しいだろうが。


 とはいえ、作業速度の遅さへの理由はいくらでもこねくり回せる。

 子どもの頃の記憶なので思いだすのに時間がかかるだとか、頭を使う作業なので疲れやすいだとか、進捗を尋ねられた時はそのように答えて場をしのいでいる。


 向こうは良くも悪くも協力を頼んでいる側なので、おいそれと手荒な真似ができないのだ。


「それでもあんまり遅いと何をされるか、言われるか分かったもんじゃない。少し速度を上げよう」

 今日が終わるまでに、一ページは書き終えておくべきだろう。


 そう考えた僕は、ペンを握り、紙へと走らせていく。


「それにしても、あの冒険者ギルドの統括は何者なんだ? 国王様に圧をかけられるほどなんて……」

 ネブラと名乗ったあの男、あれでは国を裏から操ろうとする不埒者としか思えない。


 国王様も、なぜあのような人物を重鎮として扱っているのだろうか。


「滅茶苦茶な会談に国王様を加えていたのは、いざという時に責任を負わせるため……?」

 王という立場の存在が会談に参加していたとなれば、批判の矛先を向かわせやすい。


 遷都計画を公表する際は王主導の計画とし、もしそれが失敗したとしても、知らん顔をして一般人と共に槍玉にあげるつもりなのだろう。


「あの時、僕に向けられた瞳を信じるのなら、国王様はいまの状況に不満を抱いている。あの人物の行動を快く思っていないはず」

 もしかしたら、国王様も何かしらの計画を立てているのかもしれない。


 それが僕にとって有利に働くものであることを、祈るしかないだろう。


「少しでも都合がいいように考えちゃうなぁ……。彼が悪い人とは限らないのに……」

 僕の心の内には、いままでに感じたことがない、どす黒い感情が湧き上がっていた。


 やり方はあくどいが、国民を思っての、最悪を想定しての言動かもしれないのに。

 ネブラが悪人であってほしいという、歪んだ願いを抱いてしまったのだ。


「ダメだ、集中ができない……。何で、僕の知識が争いの元になるんだ。僕が願っているのは融和なのに……」

 モンスターたちとお互いの立場を尊重できるように、異種族たちがいがみ合わず、共に協力していけるように。


 そう願って集めていた知識が、奪い合いをより苛烈なものにする要因となりかけている。

 これでネブラが悪人であり、計画を成就されでもしたら、故郷の皆にもレイカたちにも合わせる顔がない。


 現状をどうにか打破しない限り、故郷の地を踏むことは決して許されないだろう。


「外には兵士が数人いる。飛び降りるには高さがありすぎる。第一、逃げるとしてもどこに行けば? 相手は国。あっという間に見つかって、捕縛されるのがオチ……」

 魔法剣士ギルドに逃げ込めば、確実に受け入れてくれるはず。


 だがそれでも、国から圧力をかけ続けられれば、いくら優しい皆でも僕たちのことを持て余すだろう。

 少しずつ変わっていく皆の瞳の色、その変化の様子を見たくはない。


「失礼します。ソラ様に面会を希望されているお方がおられるのですが」

 再びペンを握り、文字を記載し始めたタイミングで、扉を叩く音と共に兵士の声が聞こえてきた。


 どうせ進捗を聞きに来ただけだろう。

 そう思い、作業が進まない言い訳を考えようとしたところで。


「ちょ……。なりません! お客人とはいえ、お相手は――」

「異なる大陸から来た者らしいな。だが、いずれは全て等しく、俺が愛する臣民となりうる者なのだぞ? いかような人物か、知っておくのも王となる者の務めだ。いまこの時まで見張りを続けてくれたこと、感謝するぞ」

 よく分からない会話が聞こえてきた後、部屋の扉が轟音を立てて崩れ去る。


 襲撃と判じ、すぐにでも攻勢に転じられるような体勢を取りつつ、がれきとなった出入り口を見やると。


「武器を持たずとも即座に臨戦態勢を取るということは、それなりに修羅場をくぐってきた人物と見受けられる。資料を作っているのだから、優男だろうと思っていたが、なかなかどうして肉体も鍛えてあるようではないか」

 粉々になった残骸たちを踏みつけつつ、扉を破壊した人物が姿を現す。


 豪華な服をまとっているが、茶色の髪はぼさぼさに伸び、無精髭が生えた屈強な男性。

 両手には、二対の剣が握られていた。


「見苦しい姿ですまんな。先ほど旅から帰って来たばかりで、身支度を整えられていないんだ。俺の名はレックス。いずれはそなたもあがめることになる、この世界の王となる者だ」

 ニヤリと笑みを浮かべる、レックスと名乗った人物。


 彼の表情は、どことなく国王様と似ている気がした。

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