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脱出

「王子! 扉を吹き飛ばすついでに兵士に危害を加えるのはおやめください! 損害がどれだけ出ると思っているのですか!」

 大穴を開けられた客室から廊下に視線を送ると、気絶した兵士たちを介抱しながら苦言を呈すフレイン隊長の姿が見えた。


 彼は、扉を吹き飛ばしながら現れた男性を王子と呼んだ。

 レックス――彼がこの国の王子様であり、リムダ国王様の息子にあたるのだろう。


「はっはっは、すまんな。だがこれで、彼が逃げる口実ができた。客室から轟音が響き、兵士たちが転がっている。しかも客人がいなくなっているとなれば、どうなるかは一目瞭然だろう?」

「え……。これをやった犯人を、僕に擦り付けるつもりですか……?」

 こんなぶっ飛んだことはできないとは言わないが、やってみようとは考えない。


 というか、国のトップに近い人物がこんな滅茶苦茶なことをして良いのだろうか。


「全てが終わったら、説明はちゃんとするさ。フレイン、気絶している者たちへの治療費及び臨時報酬の支払いと、脱退申請があった場合の謝礼金の計上を頼む。老後を暮らせるまでを出しても構わんぞ」

「帰ってきて早々に無茶苦茶なことを……。王子の食費から出させていただきますからね……」

 ため息を吐く隊長と、ケラケラと笑い続けるレックス王子様。


 被害を受けた側の一人である僕は、一体どうすればいいのだろうか。


「さて、名前は確かソラだったな。そなたに一つ問おう。兵士に危害を加え、城を破壊した凶悪犯。そやつは何を目的に城を襲撃したと思う?」

「え、え? えーっと……。宝物庫にあるお宝を狙ってきたとか……。あとは、王族の誘拐とか……?」

 王子様から受けた質問を、なぜか真面目に返してしまう。


 すると彼は僕を指さし、ウインクをしながらこう言った。


「それ、採用。うわーーー!! お客人に誘拐されるーー!! 助けてくれー!!」

「はあ!? ちょ、ええ!?」

 突如として廊下に向けて大きな叫び声をあげる王子様に対し、僕はただただ慌ててしまう。


 このままでは本当に犯罪者に仕立て上げられる。

 だからと言って、彼を叩きのめすなんてことはできないわけで。


「さあ、これでそなたは犯罪者となった。次の犯罪者の行動は、当然逃げるだ。行くぞ、ソラ!」

「ええ!? ええ……?」

 王子様のとんでもない奔放さに、目が回ってきそうになる。


 だが、不思議と僕の足は彼の元へと進み、心は彼と共に進もうと鼓動を強めていく。

 不利益ばかり被らされているというのに、信じてみようという気持ちになるのはなぜだろうか。


「ソラさん。あなたの元の服をお持ちしました。その服では動きにくいでしょうからね。それと、護身用の剣を」

「ありがとうございます、フレイン隊長」

「急いで着替えてくれ。もうすぐそこまで兵は来ているようだぞ」

 貴族の服を脱ぎ捨て、素早く元の服に腕と足を通す。


 腰に剣を下げれば、これで準備は万端――


「あ! すみません、あとほんの少し時間を!」

「おいおい。兵の陣形が整えば、切り崩すのはさすがに大変なんだが」

 素早く作業机に移動し、その上に乗っている作成途中の資料をカバンの中にしまう。


 例え自分が望まない形だとしても、いまは自分の物だ。

 処分するにしろ何かに使うにしろ、僕の手で扱わなければ。


「王子の声が聞こえてきたのは客人の部屋からだ! 総員、戦闘準備!」

「来てしまったようだな! ソラ、まだか!」

「お待たせしました! これで大丈夫です!」

 王子様と共に部屋の外へ視線を向けると、兵たちが突入準備をしている様子が見えた。


 手練れの兵士というだけあり、全員で横一列に並ぶという行為はしておらず、前列後列を利用して通路にできる隙間を塞いでいる。

 あれを正面突破するのは骨が折れそうだ。


「適切な隊形を迅速に作るか。良い訓練をしているようだな、フレイン」

「……一応、誉め言葉として受け取らせていただきます」

 王子様の言葉には、不安や懸念といった感情は含まれていないように思える。


 むしろどこか楽しそうで、期待感に近い感情を抱いているようだ。


「……念のために確認させていただきたいのですが、あなたが兵たちの前に出て、さっきのは悪ふざけだったと釈明されるわけじゃないですよね?」

「無論だ。それでそなたへの疑いが晴れようとも、元の鞘に収まるだけであり、望まぬ作業を継続させられるだけだろう。部屋にこもりすぎていては、運動不足になるだけだぞ?」

 ニカリと笑みを浮かべて質問に答えてくれる王子様。


 より自体が悪化してしまう可能性もあるが、ここで止まっていても何かが解決することは決してない。

 鬱憤も溜まりに溜まっていたので、彼の勧め通り、軽く運動をするとしよう。


「王子様。これからあなたに強化魔法を使用いたします。最初は戸惑うかもしれませんが、純粋に身体能力が強化されるだけですので」

「そういえば、そなたは魔法剣士だったな。なるほど、それは面白そうだ。それと、俺のことはレックス、もしくは王子呼びでいいぞ。あと、普段通りの言葉でも構わん」

 王子様の言葉に目を丸くしたものの、とりあえず強化魔法の行使は終了する。


 これで後は、どのように包囲を抜けるのかだが――あれが良さそうだ。


「総員、突撃ー!!」

「早速突っ込んできたか。ソラ、とにかくこの場を切り抜けるぞ!」

「ええ、分かりました! 王子、僕が先に出ます!」

 王子より先に身を晒せば、兵士たちの敵意は僕に向く。


 強化魔法による身体強化に慣れていないと思われる彼に、いきなり戦わせるのは危険が伴う。

 というより、彼と兵士たちとを戦わせたくないので、僕が先に飛び出て注意を集めようと考えたのだ。


「容疑者が出てきたぞ! 捕縛を――」

「コンフォルト、アクセラ!」

 二つの強化魔法を自身にかけ、兵士たちの手が届く直前で壁に向かって跳ね上がる。


 そのまま壁を蹴って空中を移動し、包囲網を突破したところで床に降り立つ。


「僕はこっちだ! ついてこ――」

「フレイン、この場は任せたぞ! うおら!!」

「ぐあ!?」

「お、王子!? 一体何を――うぎゃあああ!?」

 背後から、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。


 このまま僕を追いかけさせようと思っていたのだが、背面ががら空きになった兵士たちに王子が攻撃を加えてしまったようだ。


「即座に背を向けるのは感心しないぞ。何者かが俺に化けている可能性もあるのだからな! 安心しろ、刃は当てていない。実家に帰った時のように、廊下で昼寝でもしているがいい。俺の救助に駆けつけてくれたこと、感謝するぞ」

「のわあああ!?」

 最後の兵を伸し、王子がたかたかと走り寄ってくる。


 その顔には、満足という文字が刻み込まれている気がした。


「まさか、普段からこんなことをしているわけじゃ……?」

「そんなわけがないだろう。自国の兵力を、自分で削ぐ馬鹿な王子など聞いたことがないぞ」

 いや、そんな王子がいま目の前にいるのだが。


 まさかとは思うが、自身のことを敵、兵士たちのことを防衛者と定義し、実地訓練的なものをしようとしているのだろうか。


「こうでもせんと、兵たちの戦力が分からんからな。ふむ……。フレインの進言通り、魔法に対する行動が少々悪いか。そのうち、高名な魔導士を呼んで訓練に協力してもらうとしよう」

 兵の戦力強化にも余念がないところは素晴らしいが、この国の兵にはなりたくないなと心の中で呟いた。


「上から大きな音が聞こえてきたぞ! 襲撃者か!?」

「分からん! だが、王子様が助けを求める声を聞いたと言う者もいる!」

 下の階から、兵たちが集まってくる音が聞こえてくる。


 王子が暴れた音が、かなりの範囲まで響いてしまったようだ。


「どうするんですか……? 下の階に逃げたら、より多くの兵に囲まれてしまいますよ?」

「全てなぎ倒すのも面白いが、あまり損害を与えるのも良くないな。よし、近道をするぞ!」

 王子はそばで倒れている兵士の兜を引っぺがすと、僕の客室がある方向とは逆の廊下へと進んで行く。


 廊下の突き当りには窓しかなく、行き止まりにしか思えないのだが。


「どおりゃあああ!」

 なんと王子は、身体強化が乗ったままの状態で窓に向かって兜を放り投げた。


 高速で進んで行くそれは、窓を突き破っても勢いが止まらず、向かいにある王城の壁面に衝突したことでやっと勢いが止まる。


「よし、飛び降りるぞ! 俺に掴まれ!」

「掴まれ!? うわわわ!?」

 窓に向かって走り続ける王子に走り寄り、窓から飛び降りる直前で彼の服を両手でつかむ。


 空中へと飛び出した僕たちは空気の抵抗を受けるも、このままでは地面に叩きつけられるのは必然だった。


「そぉら!」

「うわ……! うわあああ!?」

 王子はどこからともなくフックの付いたロープを取り出すと、王城から突き出した部分へ器用にそれを引っ掛ける。


 落下方向が次第に地面と平行方向への移動に変化し、地面に落ちることはなくなった。

 が、勢いが止まらず、今度は向かいにある王城の壁に叩きつけられそうになる。


 慌てつつも剣を抜き取り、それに魔法をかけていく。


「プロテクト!」

 壁にぶつかる寸前で青白い防御壁が出現し、衝突の衝撃を緩和してくれる。


 それでも頭がくらみそうにはなりかけたが、王子共々気絶することはなかった。


「はっはっは! いやー、楽しいな! ソラ、お前も楽しんでいるか!?」

「お城とはいえ、自宅を利用してはしゃぐ人は初めてみましたよ……。それより、上か下かどちらかに行きましょう。空中に浮きっぱなしなのは心臓に悪いので……」

 懇願をすると王子はロープを手繰って登りだしたので、僕も壁を蹴る形で彼が登っていく手伝いをする。


 ロープと壁を駆使してたどり着いた場所は、王城の最頂点にあるバルコニー。

 この建物の中で最も高い場所だ。


「で、どうするんですか? 兵たちの目からは逃れられましたけど、結局は下に行かなければお城からは出られません。何とか出られたとしても、人目がある街を進むのは……」

「確実に通報され、捕縛されるだろうな。俺は城へと連れ戻され、そなたは牢にぶち込まれる。王子を救い、凶悪犯を捕えた王国の兵士たちは、民から褒めたたえられるというわけだ」

 ケラケラと笑う王子にため息を吐きつつ、バルコニーの柵に手を乗せる。


 非常事態でなければ、目の前に見える美しい光景に心躍らせただろうが、いまこの時ばかりは脱出経路を探すための行動しかとれない。

 地面との距離は尖塔にいた時よりもあり、落ちれば確実に命を落とす。


 城内へと入り、階下に向かったとしても、より多くの兵たちに阻まれて捕縛されるだろう。

 何も思いつかない、万事休すだ。


「……でも、その余裕ぶりを見るに、作戦は考えてあるのですよね?」

「さすがに分かるか。実は、この場に迎えが来ることになっている。それだけしか聞いていないから、誰がどうやって来るのかなどは聞かないでくれよ?」

 窓から飛び出したのも、壁を登ったのも計画の内だったようだ。


 しかし、このような高所に誰が来れると言うのだろうか。

 城内から変装道具を持った人物が現れるぐらいしか思いつかない。


「果報は寝て待て。昼寝をする余裕はないが、しばしの休憩としようではないか」

「呑気ですね……。僕たちが兵に見つかるまでに、来てくれないとなのに――」

 その時、耳に聞きなれない音が入ってきた。


 風を切って何かが移動しているような音、そして、駆動音が聞こえてくる。

 とても重い、鉄の塊をも動かす懐かしい音だ。


 空を見上げ、音の出所を探す。

 空の果ての果て、黒い物体がこちらにめがけて移動してくる。


 少しずつ大きくなっていく何かが、僕たちめがけて突っ込んでくる。


「なんだ、あれは……? 空を飛ぶ――船?」

「空飛ぶ船……。もしかして……!」

 謎の物体の姿は次第に明瞭となっていき、その全体像が瞳に映しだされる。


 帝都ドワーブンの研究所で見せてもらった、あの時は動くことがなかった機械。

 人が決して届かなかった領域に、連れて行ってくれるかもしれない新たな機械。


 プラナムさんたちの飛空艇が空を飛び、僕たちを迎えに来てくれた。

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