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空中での作戦会議

「ソラ様! ご無事のようですわね!」

「プラナムさん! 飛空艇、完成したんですね!」

 王城最頂点のバルコニーに横付けされた、空飛ぶ船――飛空艇の中から、プラナムさんが手を振りながら姿を現した。


 彼女に会えたこと、飛空艇が完成したことを嬉しく思った僕は、追われていることをすっかり忘れて大興奮してしまう。

 だが、隣にいた人物はそれ以上だったようで。


「うおおお!? 空から船がやって来たと思ったら、見知らぬ人物が中から現れた! これは現実か!? いや、夢だとしてもなんて興奮する夢なんだ!」

 レックス王子が身分を忘れて興奮するので、次第に気持ちが覚めていく。


 プラナムさんも興奮する彼に少々引いているようだ。


「え~……。お二人とも、色々気になることはあると思いますが、まずは艇の中へ。気付いた兵たちがこちらに向けて矢を射ているようなので」

 バルコニーの柵に手をかけて下界を見下ろすと、プラナムさんの言う通り、矢が飛んでくる様子が見えた。


 だが、さすがにこの高さとなると攻撃が届かないらしく、勢いよく発射されたはずの矢は飛空艇に届くことなく失速し、地上に落ちて行く。

 攻撃が届かないことに業を煮やした兵たちが、いずれこの場に登ってきそうだ。


「これに乗れるのか!? まさか、このような日に空を飛ぶ船に乗れるとはな! 行くぞ、ソラ! 俺に続け!」

「そ、そんなに慌てないでください! 足を踏み外したら、地面に真っ逆さまですよ!」

 興奮する王子をなだめつつ、バルコニーの柵に足をかける。


 プラナムさんたちのことを知った僕はともかく、彼女らのことを微塵も知らない王子がここまで興奮するとは。

 やはり空には、人の心を強く揺り動かす何かがあるようだ。


「ソラ様はともかく、えっと、レックス様でしたわよね? 頭をぶつけないよう、ご注意くださいませ」

「ああ、分かった!」

「失礼します」

 艇内に入ると、ゴブリンやドワーフの人々が忙しなく動き回る姿が視界に映る。


 潜水艦の時と同じように、飛空艇内でも多くの人々が働いているようだ。


「プラナム様! 艇底に攻撃命中との計測在り!」

「被害状況の確認および、発進準備を。発進後、王都ラーリムダを急速離脱。アマロ村への経路を確認なさい」

「承知いたしました!」

 操舵室と思われる部屋に入るのと同時に、プラナムさんが乗組員たちに指示を出し始める。


 すぐさま艇内に響く音が変わっていき、体に伝わる揺れもまた変化していく。


「損傷問題なし! いつでも発てます!」

「ソラ様、レックス様、空いている席に座るか近場の手すりに手を! 揺れにご注意くださいまし!」

 プラナムさんの言葉と共に、前方のガラスに映る景色が変わっていく。


 僕がいた尖塔が映り、遥か遠くに湖らしきものが見えてくる。

 僕は空飛ぶ船に乗り、『アヴァル大陸』の故郷へ帰還するのだ。


「飛空艇、発進!」

 命令と共に飛空艇が動き出す。


 押しつぶされそうな感覚に見舞われるも、艇の揺れと共に少しずつ慣れてくる。

 近場の手すりから手を離した僕と席から立ち上がった王子は、呆然としたままプラナムさんの元へ近づいていく。


「改めまして、我が飛空艇にご乗車……ご乗船……。ご乗艇、ありがとうございます。ソラ様。飛空艇、とうとう完成いたしました」

「ええ、おめでとうございます。そして、月並みですが……。本当に、頑張りましたね」

 ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべ、大きくうなずいてくれるプラナムさん。


 多くの人が挑戦し、破れていった空に僕たちはいる。

 感激、感動、感銘、感慨、ありとあらゆる言葉を探しても、現在の心の状況を吐露できる表現が思いつかなかった。


「素晴らしい……。素晴らしいじゃないか! 俺はいま、空にいる! 突如として現れた船に乗り、空を飛んだ! 不思議な空間に身を包まれ、空に浮いている! これを作ったのは、そなたなのか!?」

「ええ、開発者の一人です。飛空艇が完成に至るまでには、数多くの人の力を借りているのですが……。レックス様の隣にいるソラ様も、わたくしと同じ開発者ですわ」

 プラナムさんの恐れ多い言葉に心を震わせていると、興奮していた王子がゆっくりとこちらに顔を向けた。


 ぎぎぎという擬音が聞こえてきそうなその動きに冷や汗を流しつつ、彼の口が開くのをしばし待つ。


「そうか……。この船には、そなたの力も宿っているのか……。ソラよ、プラナムよ、ここにいる皆よ。俺はそなたたちに感謝する。俺を見果てぬ領域に連れて行ってくれたことに、多大な感謝を!」

 そう言って、王子は大きく頭を下げてしまう。


 他の大陸の者がほとんどを占める場とはいえ、王族が簡単に頭を下げて良いわけがない。

 慌てて頭を上げるように伝えるのだが。


「技術の前には俺も一人の子だ。大工がいたから城に住み、裁縫師がいたから服を纏い、コックがいたから飯が食える。王族と言えど、一人では生きていけないからな」

 ここで初めて、王子に付いていきたいと思える理由を理解した。


 滅茶苦茶で、他者を巻き込む人物ではあるが、彼は数多くの人に感謝をして生きている。

 王族という立場と威厳を持ちつつも、人として歩むその姿に、僕は惹かれたようだ。


「わたくしも民を導く立場の者なので、そのお気持ちがよく分かりますわ。この国の民は、レックス様のような良い君主に恵まれ、幸せですわね」

「まだ王にはなっていないがな! ハッハッハ!」

 プラナムさんの誉め言葉に、大声で笑い出す王子。


 彼女に、彼と共に王城のバルコニーに移動をするまでの話をしたら、どう思うだろうか。


「さて、目的地であるアマロ村には約十分程度で到着します。短いですが、それまでに情報のすり合わせ等を行うとしましょうか」

「だな。俺の配下からの情報では、ネブラの奴がアマロ村に向けて出発したそうだが……。やはり、目的地はソラの家か?」

「アイツが僕の家に……? やっぱり、レイカたちを狙ってたんだ……」

 僕をレイカたちから、アマロ村から離したのは、抵抗をされることなく彼女たちを手中に収めるため。


 僕が王城で捕縛されている、解放させたくば同行しろなどと言われれば、彼女たちがうなずいてしまう可能性は高いだろう。

 もちろん、僕が解放される可能性は万に一つもあり得ないわけだが。


「そなたの情報だけでなく、そなたの家族が持つ情報まで奪おうとするか。有効な手ではあるが、いけ好かんな」

 八年間も故郷から離れていた僕よりも、妹たちの知識の方が新鮮かつ純度が高い。


 しかも自宅には、未だ提出していない情報を記載した資料が無数にあるので、それらの押収も考えているのだろう。

 レイカたちに危害を加えようとしていることと、良いようにされてしまったことを合わせ、しっかりお返しをしなくては。


「わたくしの配下からの連絡にも、アマロ村に客車の列が到着し、ソラ様の家がある方向へと向かう人々がいるとありました。一人裕福そうな容姿の者がいたとも聞いていますので、まず間違いないでしょうね」

「おそらく、何も知らない冒険者たちをかき集めて護衛にしているのだろうな。兵士を連れ歩くよりも、冒険者の一団に紛れ込む方が目立ちにくい」

「僕の家族が抵抗をしたとしても、冒険者たちの方が攻め込みやすいはずですしね。ですが、より高い威権を持つ者が現れれば、それも瓦解する。ですよね?」

 向き合っているところに飛空艇が飛んできて、中から王子が現れる。


 確実に混乱が起き、足並みを崩すことができるはずだ。


「ほほう、つまり俺に矢面に立てと言うのか。なかなかに面白そうなので賛成だ」

「面白そうだからって……。レックス様はこの国の王子なのですよね?」

「まだ一時間と交流していないのですが……。こういうお方なんです……」

 僕が出した案ではあるが、こうも気楽に受け入れられてしまうのでは不安になってくる。


 動転したネブラや冒険者たちが、王子に攻撃を仕掛けてくる可能性もあるというのに、本当に良いのだろうか。


「俺が良いと言ったのだから、良いのだ。それに、今回の件は俺たち王族も多分に関わっている。結果的にとはいえ、お前たちの家族を巻き込んでしまったわけだ。俺が動かんでは形無しだろう?」

 結果的に、僕たちを巻き込んだとはどういうことだろうか。


 元々王族たちには何か思惑があり、それを成す過程で僕たちに被害が出たと言っているように聞こえるのだが。


「プラナム様。アマロ村のソラ様宅上空に到着いたしました!」

「分かりました。では、着陸準備を。念のため、攻撃に対する障壁も発生させておくように」

 揺れと共に飛空艇は移動を停止し、今度は地面に向けて高度を下げていく。


 艇内に映し出された映像の一つには、こちらに驚き見上げる冒険者たちと、安心した表情を浮かべる家族たちの姿が。

 その中にはウォルとアニサさんの姿もある。


 どうやら、ナナたちの味方をしてくれていたようだ。


「姿をさらすのと同時に、俺は今回の件の言及を始める。ソラ、お前にはこれから起こること全てを見届けてもらいたい。頼めるか?」

「もちろん構いませんが……。ただ一つだけ、僕たち家族を巻き込んだとはどういう……?」

 僕の質問に、王子は自嘲的な笑みを浮かべる。


 これまでの豪放磊落な態度とは、真逆な印象を抱かせるものだった。


「説明はきちんとするさ。協力してくれたことへの感謝と、謝罪もな」

「地上への着陸、完了いたしました! ハッチ、開きます!」

「よし、では行くぞ! 全ての真実を語りにな!」

 そう言って、王子は光あふれる出入り口へと進んで行く。


 堂々と、人々の頂点に立つ者に相応しい歩幅で歩みながら。

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