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その者の正体

「我が名はレックス! 国王リムダ十世の嫡男なり! 皆の者、この場は俺が預かった!」

 作戦通り、レックス王子が姿をさらすのと同時に、この場にいる全員に向けて名乗りを上げた。


 僕も彼の背後側に移動し、怪しい動きを見せている人物がいないか警戒をする。

 冒険者たちは驚きの表情を、ナナたちは笑顔や安心した表情を、そして、肝心の冒険者ギルド統括のネブラは、苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべていた。


「此度の争い、まこと不毛なものなり。不満があるのであれば、申してみよ。無くば両者ともに武器を納め、あるべき場所へ戻るが良い」

 王子はあくまで、中立の立場として収拾をつける気のようだ。


 ナナたちは当然として、冒険者の方々も集められた側でしかない。

 一人を除き、この場に罪を抱いている者はいないのだから。


「訳の分からない物体から現れたと思えば、突然、何を……。あなたが王子であるという証拠はあるのですか?」

 案の状、ネブラが王子に疑いをかける。


 見たことがない機械の中から現れた王子のことを、本物と思う人はいないだろう。

 冒険者たちもその言葉に同意した者が多いらしく、武器をしまう様子が見られなかった。


「俺が王子である証拠か。ならば、我が王族が長年使い続けているこれこそが、それに最も適しているだろうな。どうだ?」

 王子は自身の服の中に手を入れ、小さな棒を取り出した。


 豪華な装飾が施されたそれは、王家の紋章が刻まれた印章のようだ。


「王家の印章……! ですが、それすらも偽物の可能性がある! 証明できる者がいなければ……!」

「ふむ、ならば冒険者ギルドの者に任せるとしよう。彼らは我が王家直属の機関。この村にもそれはあり、ちょうどこちらに来てくれたようだからな」

 王子が向けた視線を追うと、そこにはギルドマネージャーのエイミーさんの姿があった。


 なるほど、彼女は書類仕事の傍らで数多くの印を見てきている。

 中には王家から送られてくる書類もあるはずなので、真贋の判断はできるはずだ。


 それにしても、現れるタイミングが少々良すぎる気がするのだが。


「では頼むぞ。印章の真贋を調べてくれ」

「承知いたしました。それではお預かりいたします」

 王子はエイミーさんに向かって印章を放る。


 それは寸分違わず彼女の元へ飛んでいき、彼女も鑑定の準備を行いながら器用に受け取るのだった。


「印章に刻まれた紋章は、山から流れ出る川を現した物。これは王家の紋章と合致する物であり、経年劣化による摩耗も同等。間違いなく、印章は本物です」

「とのことだ。他に異議、異論を申し立てる者はいるか?」

 公的組織のお墨付きにより、この場にいる全員が無言となる。


 冒険者たちは、一人、また一人と武器を納めだし、王子に従う意思を見せ始めた。


「俺の言葉を聞き届けてくれて感謝する。さあ、そなたたちの居場所へ帰るがいい。いずれ再び相まみえた際は、酒でも酌み交わせると良いな」

 冒険者たちは呆気にとられた表情でお互いの顔を見合わせた後、歓声を上げながらこの場を去っていく。


 アマロ村に向かう者や、いずこかへと歩いていく者。

 彼らの冒険が、再開されるのだ。


「おっと。そなたはこの場に残ってもらうぞ、ネブラ。他者の弱みを握り、圧力をかけ、あげくの果てに襲撃をしようとするとは。褒められたものではないな?」

 冒険者たちに混じり、コソコソと去っていこうとした者を呼び止める王子。


 件の人物は諦めたようにため息を吐き、こちらに戻ってきた。


「そなたからは聞きたいことがごまんとあるが……。まあ、まずはこれにしよう。そなたは何者だ?」

 冒険者ギルドの統括で、国王様にも大きな影響を与えられる人物。


 立場的には妥当にも思えるが、どこか違和感がある。

 アイツは、ネブラは何者なのだろうか。


「何者とは……。私は、冒険者ギルドの統括を――」

「一面は確かにそうだな。だが、そなたには裏の顔があるのだろう? 自ら話すか? それとも、そなたの配下であるエイミーに明かしてもらうか?」

 王子の言葉に驚き、この場に残っていたエイミーさんに視線を送る。


 彼女は特に気にした様子もなく、眼鏡の曇りを拭き取っていた。


「無言を貫くか。エイミー、話してやってくれ」

「承知いたしました。ネブラ。冒険者ギルドの統括にして、暗夜の霧雨現リーダー。犯罪者です」

 エイミーさんの暴露に、彼女と王子、ネブラを除いた全員が驚く。


 犯罪者がどうして冒険者ギルドの統括なんかに?

 しかも暗夜の霧雨と言えば、レイカたちを誘拐しかけた、あの四人組が所属していた組織のはずだ。


「いつ、気付かれたのです?」

「違和感を抱いたのは、モンスター図鑑の作成が決定した前後だな。いま、俺の後ろにいるソラにそれを任せようという案が出た際に、お前は彼のことを調べ始めた。そして彼の素性を知った途端、強く賛成の意を示した」

 つまり僕は、最初の最初から、ネブラの計画に巻き込まれていたということか。


 作業を進める僕たちへの援護がやけに手厚く、迅速だったことに疑問を抱いたことはあったが、そういう理由があったのか。


「作業が進められて行くうちに、やがて大陸間渡航をしたいという提案が彼から上がってきた。好機と見たお前は、冒険者たちを調査員に組み込むよう根回しをし、二種の視線から情報を集めようとしたわけだ」

 僕たちの努力には悪意が混ざっていたことを知り、握る拳が震えだす。


 圧縮魔も、背後にある飛空艇も、ネブラの目論見があったからこそ完成した。

 嘲笑われた気分になり、悲しみが交じった怒りの感情が心を包んでいく。


「正解ですよ、全く……。放蕩王子と呼ばれる割には頭がよく回るじゃないですか……」

「一年そこらの計画など取るに足らん。俺たちは六年間、こうなる可能性を予期して行動していたからな。さて、大人しく捕縛されるならそれでよし。抵抗しても構わんぞ?」

 この場には僕たち家族にウォルたち、プラナムさん率いる飛空艇隊員たちもいる。


 取り逃すことはあり得ないだろう。


「……ええ、大人しく捕まりますよ。さっさと縄でもなんでもかければ良いじゃないですか」

 完全に諦めたのか、ネブラはゆっくりと両手を空中にあげていく。


 あとは奴を拘束し、全ての事情を洗いざらい吐いてもらうだけだ。


「最後に一つ聞いておこうか。暗夜の霧雨は、昔から市井の者に義賊と呼ばれる盗賊団。突如としてこのような大それたことをするとは思えん。以前のリーダーと代替わりでもしたのか?」

「そういうことは後程。ほら、早く捕まえてくださいよ。じゃないと――」

「王子! 危ない!」

 ネブラの両手が首の高さにまで登った瞬間、奴は最小限の身動きだけで懐から短剣を取り出し、王子に向かって投げつけた。


 慌てつつも王子の正面に防御壁を展開し、投合攻撃を防ぐ。

 ほぼ悪あがきに近い攻撃だったらしく、短剣は防御壁にぶつかり地面に落ちていった。


 だが、それが落ちた場所に生えていた植物は黒く変色し、枯れ果ててしまう。

 どうやら、毒物で相打ちを狙っていたようだ。


「ぐは……! ここまでですか……!」

 一方、攻撃を仕掛けたネブラは地面に投げ倒され、後ろ手にロープを括りつけられていた。


 その圧倒的なまでの早業を披露したのはエイミーさん。

 彼女は奴が攻撃を仕掛けた瞬間、あっという間に肉薄し、投げ技を披露したのだ。


 ギルドマネージャーという範疇を超えた技術に驚いていると、拘束を完了した彼女が僕のことを見つめ――


「ソラさん。父、王国防衛隊隊長フレインに代わりまして、お礼申し上げます。レックス王子をお守りいただき、ありがとうございました」

「え? ち、父? じゃ、じゃあ、あなたはフレインさんの……?」

 新たなる暴露に、僕は激しく動揺してしまう。


 攻撃を仕掛けた際に取り落とした眼鏡を拾い上げたエイミーさんは、青い瞳にそれをかける。

 彼女は僕に向け、朗らかな笑みを浮かべていた。

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