目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

拘束の終わり

「ほら、さっさと立ちなさい。名誉棄損に虚偽申告、でっち上げ。国家に対する反逆に王子への暴力の行使。他にも余罪は出てくるでしょうから、覚悟しておきなさい」

「ハハハ、これは手厳しい……。だが、虚偽申告というのならば彼らも――」

「ああ、それは私が故意に止めておいただけだから問題ないわ。むしろ、彼らは自分たちの正体を自ら私に明かしている。あんたなんかと一緒にするんじゃないわよ。それじゃ、ソラ君。詳しい話はまた今度ね」

 ネブラの悪あがきは通用せず、奴はエイミーさんの手によってアマロ村へと連行されていった。


 これで事件は一件落着。

 もう、王城の一画に幽閉されることは――


「ソラ!」

「お兄ちゃん!」

 去っていく二人の姿を見送っていると、ナナとレイカが僕の胸に飛びついてきた。


 地面に倒れることはなかったものの、僕に向けられた二人の瞳により、精神的に倒れそうになる。


「よかった無事で……! ケガ、してないよね……!?」

「怖かった、怖かったよう! また、会えなくなっちゃうんじゃないかって思って……!」

 二人の瞳には、大粒の涙が浮かべられていた。


 きちんと説明されずにいなくなられた上に、数日間どこにいたのか、無事なのかどうかも分からない。

 不慮の出来事とはいえ、心苦しい日々を送らせてしまったようだ。


「……ごめんね、二人とも。僕も苦しかった、もう会えないかもとも思った。でも、帰ってこれたよ。ただいま」

「うん……! お帰り……!」

「お帰り……! お兄ちゃん……!」

 愛しい家族たちの背に腕を回し、その温もりを味わう。


 数日ぶりの交流を続けていると、レンがウォルとアニサさんと共に歩み寄ってくることに気付く。

 ウォルたちは安心したような、嬉しそうな表情を浮かべているのだが、レンだけはどことなくいたたまれなさそうな、されど寂しそうな表情を浮かべていた。


「レンもおいでよ。君の温もり、味わいたいな」

「……ん、分かった」

 ゆっくり、ゆっくりとレンはやってくる。


 そして、僕の目前まで来たところで。


「ソラ兄、お帰り……!」

 青い瞳に涙を浮かべ、僕にその小さな体をぶつけてきた。


 トン、トンと頭突きが胸に刺さり。衝撃が体に広がっていく。

 その痛みが不思議と愛おしく、帰ってこれたと実感させてくれる。


「お前らの邪魔するのもあれなんだが、これだけは言わせてくれるか? 王子さん、待ってんのを忘れんなよ?」

「一般の人ならともかくだけど、相手は王子さまだからね。私も、今回ばかりはウォルに同意見だわ。」

 ウォルたちに促されてレックス王子がいる方向へと視線を向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべながら僕たちのことを見つめていた。


 途端に気恥ずかしくなったものの、その感情を抑え込みながら大地へと跪く。

 僕だけでなくナナたちも、ウォルたちも同じ行動を取っているようだ。


「レックス王子。僕たちにお力添えをいただき、誠に感謝いたします。あなたのおかげで、降りかかろうとしていた災いを避けることができました」

「よい。それよりも、楽な姿勢を取ってくれないか? 話し難くてかなわんからな」

 跪くのをやめ、普段の姿勢で王子の前に立つ。


 背筋を伸ばしての直立の方が正しい姿勢なのだろうが、あまり畏まった態度を取りすぎても失礼になりかねない。

 遥か目上の人物に対してこれで良いのかという疑問や、しっくりこない感覚はあるが、そういった違和感は胸中に抑え込み、話を聞くとしよう。


「そなたたちがレイカとレンか。異なる種族の民でありながら、ソラと共にモンスター図鑑を作成してくれているそうだな。まだ幼き身空だというのに、感心だ」

「え……。あ、はい! お褒め頂き、ありがとうございます――で良いのかな?」

「感謝いたします。の方が良いかも」

 遥か目上の人物に褒められるなど想像もしていなかったらしく、姉弟は慌てた様子でその言葉を噛みしめていた。


「そちらの麗人がナナか。そなたはいま、魔導士ギルドで話題の的になっているのは知っているか?」

「私が……ですか? いえ、そのような話は一度として……」

「少し前に魔導士試験が行われただろう? そなたは受験者たちの中で、特に優秀だという報告が上がってきているのだ。そなたが大魔導士と成った暁には、良い活躍を期待しているぞ」

 いくら国のトップとはいえ、まだ試験の結果が出ていない話題を口にするのはどうなのだろう。


 王子の言葉により、ナナが魔女に成れたのは確実としか思えなくなったのだが。


「そしてソラ。そなたは王城から引き続きだというのに、よくぞ俺の護衛をしてくれた。ネブラの攻撃を防いだ魔法、見事だったぞ」

「いえ、本来であれば奴が行動を起こす前に叩き伏せるべきでした。危機にさらさせてしまったこと、謝罪いたします」

 今回は問題なかったが、発動が遅れれば王子に攻撃が当たっていた可能性は多分にあった。


 ネブラが服従の姿勢を取ろうとした際に近寄り、武装破棄をさせておけば危機は未然に防げただろうか。


「そうなれば、今度はそなたが危機に陥っていた可能性があったのだぞ? 俺が矢面に立ったのは、何も言葉による攻撃を防ぐためだけではなく、そなたたちを危険から守るためでもあるからな」

 地位が高い人、目立つ人がいれば、そちらに視線は向いてしまうもの。


 王子が誰よりも前に立ってくれていたからこそ、ネブラが標的にするであろう人物を素早く把握できたのは確かだ。


「さて、そろそろ俺は王城に戻るとしよう。そなたの拘束を止めることと、遷都計画の停止を父へ進言し、兵たちの混乱を解かねばならんからな。再び飛空艇で、王城へ向かえるか?」

「問題なく! なんの支障もございません――と言いたいのですが、王城へ直接乗りつけるのは避けた方がよろしいかと」

 様子を見に出てきていたプラナムさんに、王子が声をかける。


 どうやら飛空艇での空の旅が、お気に入りになったようだ。


「何を言う。再び現れた空飛ぶ乗り物から俺が現れれば、そなたたちの発明したこれが、危険な物ではないという証明になる。ミスリルの冶金方法を持ち込んでくれた、そなたたちへの謝礼にはなると思うが?」

「……なるほど、そこまでご存じでしたか。分かりました。では、わたくしたちが一切の危険がないようにお連れ致しましょう。皆の者、発進準備を!」

 あっという間に会話を終わらせ、王子は飛空艇の入り口に向けて歩き出す。


 僕も彼らに随行し、事情説明に向かおうと思ったのだが。


「久しぶりの家族の再会だというのに、政に関わっている場合ではないだろう? 数日後に迎えをよこす。今度はそなたたち皆で、我らの王城に正面から訪れるといいだろう」

「王子……。分かりました、必ず参ります」

 飛空艇に乗り込む瞬間の王子から僕に向けられた声は、瞳は、優しかった。


 彼の姿は艇の中へと消え、しばらくして駆動音が鳴り響く。

 周囲に激しい風を拭き散らしながら、ふわりと宙に浮きあがったそれは、王都の方向へと軸を向ける。


 この国の王子が、異なる大陸の乗り物に乗って去っていくのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?