目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

王族の計画

「じゃあ、エイミーさんはレックス王子の幼なじみになるんですか?」

「そういうこと。私の方が五歳年上のお姉さんで、王子は弟みたいなものだったの。お姉ちゃん、お姉ちゃんってついてきて、可愛かったんだよ~? いまはあんなんだけど」

 数日後。王都ラーリムダ王城を再訪した僕は、謁見待機室で王族たちが準備を終えるのを待ちながら、鎧姿のエイミーさんから思い出話を聞いていた。


 守衛隊に所属しているフレインさんの娘ということもあり、レックス王子とは幾度も顔を合わせる機会があったらしい。

 交友関係が大いに築かれた結果、王族からの極秘任務等を任せられるようになったそうだ。


「その分、訓練は大変なものになっちゃったけどね……。体力訓練に始まり、戦闘、護衛訓練に潜入訓練。父さんの下でありとあらゆる修行をしてきたよ」

 先日、暗夜の霧雨リーダーのネブラを捕縛した際、エイミーさんはあっという間に奴を地面に叩き伏せ、手早く縄で縛り付けていた。


 あれは相当な鍛錬と、実地訓練を繰り返してきた賜物。

 まだ若く、幼い時から、王子のためだけに鍛え上げられたものなのだろう。


「そういう事情もあって、友達だとか、一般の暮らしとかいまいち分かんなかったんだけど……。任務の一環でアマロ村に行って、君の専属マネージャーとなって、とっても楽しかったんだ」

 エイミーさんと知り合って少し時が経ったあの日、僕は彼女に僕たちのことを仲間と思ってほしいと伝えた。


 たった一人で戦い続けていたところに、僕たちが呑気な言葉をかければ、怒りを抱く可能性もあったはずなのに。

 そんな素振りを微塵も見せることなく、彼女は大いに喜んでくれた。


「でも、その任務も今日で終わり。王子から任されていた、ネブラの身辺調査と捕縛を終えちゃったからね。また王城で訓練に明け暮れる日々の再開だ~」

「エイミーさん……」

 特に気にしていない様子を見せつつも、言葉の節々からは寂しいという感情が滲み出している。


 王族からの命令であれば、僕たちから何かしらの働きかけはできない。

 こんなありさまだというのに、僕たちは彼女の仲間だと言ってよいのだろうか。


「リムダ国王、ならびにレックス王子がお見えです。謁見室へお進みください」

「お、時間みたいだね。それじゃ、ソラ君。これからも頑張ってね」

「はい……。ありがとうございました……」

 エイミーさんに別れを告げ、謁見室に向けて歩き出す。


 王族たちから、今回の件についての事情を聞かなければならないというのに、僕の心は彼女のことで一杯になってしまった。

 もやもやとした気持ちを消しきれぬうちに、目の前に大きな扉が出現する。


「王族の方々がお待ちです。失礼のないよう、お願いいたします」

 兵士たちにより大扉が開かれ、美しく輝く謁見室がその容姿を現す。


 長い真っ赤なカーペットの先に、国王様と王子の姿が見える。

 僕は少しだけ視線を下げ、ゆっくりと彼らに近づいていった。


「アマロ村のソラ、参上いたしました」

「うむ、遠路はるばるよくぞ来てくれた。面を上げよ」

 視線を戻し、王座に座る国王様と、その隣で直立姿勢を取る王子を瞳に映す。


 王子の髪形は整えられており、無精ひげも無くなっている。

 最初に出会った時は荒々しい武人のようにも思えたが、それらが正されるだけでこうも印象が変わるとは。


 国王様の隣にはもう一つ王座があるのだが、そちらは空っぽとなっている。

 本来であれば、王子の母が座ることになっていた王座なのだろう。


 かなり前に亡くなったとのことだが、僕がこの大陸に来る前の出来事らしいので詳細は分からない。


「此度の一件、そなたたちには多大な不都合を与えてしまったこと、謝罪をしたい。ならびに、我らに協力し、不穏分子を取り除く力添えをしてくれたこと、まこと感謝するぞ」

 国王様と王子は、僕に向けて大きく頭を下げた。


 この状況では受け入れないほうが不敬にあたるだろう。

 軽く頭を下げ、王族から感謝されたこと、そして謝罪をされた意味をかみしめる。


「さて。それではまず、我々が何を目的としていたのかを説明せねばならぬな。レックスよ、頼めるか」

「ああ、任せてくれ。事の始まりは六年前、そなたも知っての通りの悲劇がこの大陸を襲った。集落を、民を傷つけ、多くを奪ったあの忌まわしき事件だ」

 ありとあらゆる出来事の起点となり、多大な変化をもたらしたモンスター大発生事件。


 言葉を聞くたび、頭に思い浮かびたび、心に闇が浮かび上がってくる。


「国が乱れる時、人心乱す者現れり。俺たちは被害を受けた者たちへの支援を行いつつ、怪しい動きを見せる者が現れないか調査をしていたんだ」

 国の情勢が乱れた時に、人々を先導するような人物が新たに現れれば、大きな混乱が起きることは必至。


 それが悪意を持った人物であれば、なおのことだ。


「人々のより良い未来を願い、行動してくれる人物であれば、俺たちにとって代わってくれても構わんのだがな。が、そういう時に限って現れるのは、不埒な考えを持つ輩だ。私腹を肥やすため、人々を、国を利用しようとする……な」

「ネブラはその内の一人にすぎなかったと……。でも、それにしてはずいぶんと壮大な計画を立てたものですね。王都を『アイラル大陸』に遷都しようなんて……」

 ネブラは何の目的を持って、『アイラル大陸』に行こうとしたのだろうか。


 北部は雪だらけの土地、南部は温暖な土地ではあるが、湿地帯が大部分を占める。

 モンスターたちに悩まされないようにするため、というのは詭弁でしかなかったようなので、こちらと比べて暮らしやすいとは思えない土地に、遷都する意味が見いだせない。


「灰髪の剣士を探すことが目的だったようだ。奴は白髪の種族であるホワイトドラゴンの中に、その剣士が存在すると予想した。『アイラル大陸』に本拠を築いた方が、効率が良いと考えたのだろうな」

 暗夜の霧雨が探しているという、灰髪の剣士とは何者なのだろうか。


 探索難易度は想像を絶する上に、探す理由自体がこちらに全くないため、わざわざ人手が割かれることはないだろう。

 僕としても探すつもりはないのだが、不思議と脳裏には一人の人物が浮かび上がってきていた。


 英雄の剣を引き抜いたあの時、一瞬見えたあの人物。

 青いコートを身に纏い、謎の機構がついた剣を握る灰髪の男性。


 彼が灰髪の剣士なのではないだろうか。


「結論を言うと、我々は不穏分子を排除する過程でそなたたち家族を巻き込み、多大な不都合をかけてしまったというわけだ」

「ですが、僕の家族は傷一つなく無事でした。それはお二方のご尽力があったからこそ。こちらからも感謝を……。ありがとうございました」

「なに。あくまでその方が俺たちにとって都合が良かったからにすぎんさ。王族が市井の者を直接助けるのは、本来避けるべきこと。ただの気まぐれと思ってくれて構わん」

 いかような理由があったとしても、王子は僕の元へとやって来て、尖塔から連れ出してくれた。


 王族が一般人を、それも他の大陸から来た存在を助けるという前代未聞の出来事。

 身に余るという言葉では言い表せない恩義が、僕にはできたのだ。


「とはいえ、まさか悪が国の中枢まで踏み込んでいたとは全く想像ができなかった。民の言葉にある通り、私も耄碌したものだ。レックスよ、いまだ王になる気はないのか?」

「残念ながら、俺も放蕩王子と呼ばれている以上、いましばらくは王位を受け取れないな。少数が理解していても、多数から賛同を得られねば意味はないだろう」

 放蕩王子と呼ばれてしまっているように、王子はごく最近まで各地を旅して歩いていたらしい。


 民の言葉に耳を傾けつつ、悪意の捜索をしていたそうだが、長年政務から離れていたせいか、少しずつ悪評となってしまったのだろう。


「我らの計画についてはこれで以上だ。次は、謝礼についての話をせねばな。ソラよ、何か望むことはないか?」

「欲しい物、して欲しいこと……。僕は……」

 胸中に浮かび上がってくる願いは確かにある。


 だが、それを願ってしまっていいのだろうか。

 迷惑をかけてしまわないだろうか。


「申してみよ。王位や王家の物が欲しいなどの突飛な物でなければ、可能な限り受け入れさせてもらう」

「ならば……。陛下、あと少しだけで良いので、エイミーさんにモンスター図鑑の作成を手伝っていただきたいのですが、可能でしょうか……?」

 エイミーさんがいなくなった状態でもモンスター図鑑は作れると思うが、製作速度は大幅に落ちるだろう。


 助言、冒険者ギルドとの取次ぎに国への口利き。

 多くのことが、彼女のおかげでスムーズに行えたのだから。


「エイミーか……。残念だが、その願いは聞き届けられん。あやつはレックスの兵、つまりは我が王家の兵だ。短期間とはいえ、そなたに貸し与えることはできぬ」

「そう、ですか……」

 当たり前と言えば当たり前の話だ。


 僕にエイミーさんを預ければ、その期間は守衛隊の兵力が下がることになる。

 王子を守る人が減ってしまうのは、国王として、父として看過できることではないだろう。


「そなたからの願いとしては聞けないが……な。兵よ、エイミーをここに!」

「ハッ! すでに待機されているとのことです!」

 背後で重そうな扉が開いていく音が聞こえてくる。


 振り返ると、そこにはエイミーさんが困惑した表情を浮かべ、こちらに歩いてくる姿が見えた。


「よくぞ来てくれたな、エイミー。一つの任務が終わったため、そなたには新たな任務を与えねばならんのだが……。レックスよ、何か良さそうなものはあるか?」

「ならば、ソラが作成中のモンスター図鑑を手伝う任務を与えれば良いだろう。ちょうど、人員に空きができてしまったようだからな?」

「そ、それって……!」

 再び、エイミーさんと共に作業を進めて行くことができる。


 彼女もまた動揺しつつも嬉しそうな表情を浮かべ、王族二人に向けてこう伝えた。


「承知いたしました! 護衛兵エイミー。不肖ながら、その任務を全うさせていただきます! ソラ君、これからもよろしくね!」

「はい! よろしくお願いします!」

 これからも、全く変わらないメンバーでモンスター図鑑の作成を進められる。


 僕としても、エイミーさんとしても、新たな知識と技術を得ていけるはずだ。


「さて、そろそろ礼と詫びを兼ねた晩餐会が始まる時間だが……。ソラよ、まだそなたからの願いを聞いておらんぞ?」

「え、え~っと……。何が良いかな……」

 これといって、いますぐ欲しい物は特にない。


 して欲しいことも叶ってしまったので、他に思いつくことは――


「……いずれ、僕たちの家を改築する時に、それを成す程度の資金を援助していただけませんか?」

 いまの四人の暮らしでも、若干手狭に感じる僕たちの家。


 魔法剣士の仲間たちやお客がやってくることもあるので、もう少し広さが欲しいと常々考えていたのだ。


「そんなことで良いのか? ならば、豪邸を数軒作れる程度は出さねばならんか」

「違いない。いっそのこと、アマロ村ごと街に作り替えてしまうのも良いかもな。あそこには美しい湖がある。観光地としての機能も果たしてくれるだろう」

 王族たちの大胆な会話を聞き、慌てて止めにかかる。


 王子の豪放磊落な性格は、国王様から受け継がれた物なのだろうと、心の中で呟くのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?