「あ、来た、来た! お兄ちゃーん!」
王城の大広間へと足を踏み入れると、白いドレスを身に纏ったレイカが駆け寄ってきた。
彼女は目の前でくるりと一回転し、おめかしが済んだ姿を見せてくれる。
可愛らしい妹の姿に笑みを浮かべつつ、その白い髪と小さな角を撫でていると。
「よう、ソラ。お前も来たんだな! 国王さんや、王子さんとの会談はどうだったよ?」
食事を取り分けた皿を持ち、食べ歩きをしながらウォルがやってくる。
彼も珍しく正装をしているようだが、着崩しをしているせいでこの場に合っている姿をしているとは思えない。
彼らしくはあるのだが、もう少し我慢できないものか。
「これがオイラだからな! いまだって、あちこち締められてて気持ち悪いくらいだぜ」
「あははは……。あ、そうそう。君にも改めて感謝しないとね。ナナたちを守ってくれて、ありがとう」
僕が軟禁されている間、ナナたちの元にはウォルたちが居てくれたらしい。
ネブラが僕たちの家に向かった際も、こちらが到着するまで時間稼ぎをしてくれたらしいので、家族がケガなく無事なのはひとえに彼らのおかげだ。
「気にすんなよ。おかげで面白いもんをいくつも見られたからな! ゴブリンとドワーフの奴らに、飛空艇だっけか? いつかオイラも乗せてくれるよう、頼んでくれよな!」
「あら? ウォルさんも飛空艇にご興味がございまして? ソラ様の御友人とあらば、喜んでご招待させていただきますわ!」
僕たちの会話を聞きつけ、オレンジ色のドレスを纏ったプラナムさんがやってくる。
種族の特徴である子どものような見た目に反し、気品を感じるその姿は、王家に関わる人物であることをうかがわせるほどだ。
「本当か!? 操縦とかもしてみてぇんだが!?」
「さすがにそれは拒否しますわ。例えソラ様が操縦したいと言い出したとしても、許可を出すつもりはありませんので」
淡々とした返しに、ウォルはぶーぶーと不満を口にする。
そんな彼はアニサさんに見咎められ、室内の端の方へと連行されるのだった。
「プラナムさん。僕たちを助けて頂き、本当にありがとうございました。あなたが飛空艇を完成させ、飛んできてくれなければ僕たちは……」
「巡り巡って……ですわよ、ソラ様。あなた方の援助がなくば、これほど早く飛空艇を完成させることはできなかったでしょう。あなた方を救ったのは、過去のあなた方であることもお忘れなきよう」
その言葉に大きくうなずき返すと、プラナムさんは僕に手を振ってから配下たちがいる場所へ戻っていった。
晩餐会のメインが始まる合図は、まだ出されていない。
僕も食事を取ってくるとしようか。
「ナナお姉ちゃんのところに行こうよ。お兄ちゃんが王様たちと会談をしている間、どことなく不安そうにしてたんだよ?」
「そうなのかい? じゃあ、腰を据えてしっかり話さないとね」
レイカは僕の手を取り、大広間の奥の方へと引っ張っていく。
歩きながらナナたちの姿を探していると、赤いドレスを身に纏った彼女と、姉と同じ色のタキシードを着たレンが会話をしている姿が目に入る。
彼女たちは僕たちの接近に気付くと、こちらに顔を向けて笑みを浮かべてくれた。
「やあ、レン。かっこいいじゃないか。似合っているよ」
「着慣れないからちょっと息苦しい。でも、嬉しい」
普段の彼はゆったりとした服を好むため、フォーマルな服装には慣れていない。
着付けには結構な苦労があったようだが、いまの格好も悪くないと思ってくれているようだ。
「そして、ナナは……」
大人しめの服装を好む彼女ではあるが、六年前までは現在の姿に近い服をよく着ていた記憶がある。
懐かしい姿を見られたことに喜びつつ、感想を伝えるために口を開く。
「とても、とても綺麗だよ。君と初めて会った時のこと、思いだしちゃった」
「ふふ、ありがと。ソラもとっても良く似合ってるよ」
家族と共に、フォーマルな格好でのだんらんという非日常を味わう。
近寄ってきた人たちと会話をし、用意されている料理に舌鼓を打つ。
やがて時は、メインとも言うべき催しが始まることを、鐘の音で知らせてくる。
僕たちは自身のパートナーと手を取り合い、ある程度の距離を保ちながら大広間の中央部に集合した。
「さて、ずいぶんと久しぶりだけど、ちゃんとできるかな……」
「最初は私がリードするから。六年前のことを思い出してきたら……ね?」
コクリとうなずき、ナナと見つめ合いながらその時が訪れるのを静かに待つ。
しばらくすると王族たちが大広間に現れ、用意されていた立派な席の前に陣取る。
彼らから少し離れた場所には、おめかしを終えたエイミーさんの姿もあるようだ。
「皆の者、よくぞこの場に集まってくれた。残りの時間はわずかであるが、最後まで楽しんで行ってくれ」
国王様の言葉が終わるのと同時に、室内には穏やかな曲が流れ出す。
僕たちと同様に集まっていた人々はパートナーと手を取り合い、曲をバックに踊りだす。
ナナの右手に左手を絡み合わせ、腰を右手で支え、彼女のリードに合わせて足を動かしていく。
「一、二の……。右足、左足……。うん、上手だよ。ちゃんと踊れるじゃない」
「君のリードが上手だからね。よし、少し感覚を思い出してきた」
僕の行動に、少しずつナナが合わせてくれるようになる。
右足を差し出し、左足を引き戻し、彼女と心を通わせていく。
「ねえ、ソラ。このお城に数日間軟禁されていて、何を考えてたの?」
「君に何も言えずに出てきちゃったこと、謝りたいなって考えてたなぁ……」
こうして言葉を交わし、謝罪もできているが、王城から一生出られなくなる可能性もあっただろう。
こうして家族と再会し、ナナと踊れるのはとても幸福なことなのだ。
「また勝手にいなくなったら、世界中探しまわるからね? 私が行けないところに行っちゃったとしても、無理やりにでも追いかけちゃうんだから」
「……そう言ってくれて嬉しいよ。さあ、ペースを上げていくよ」
ゆらゆらと揺れるだけだったダンスに、回転や素早い移動を組み込んでいく。
額に汗がにじみ、軽く息が上がってきた頃、曲は静かに終わりを迎えた。
密着していた体が離れ、絡み合わせていた手がほどけていく。
「まだ、ダンスは続くんだよね? ちょっと休憩したら、今度は大切な妹たちを楽しませてあげないとね」
「だね。二人の元へ戻ろうか」
新たな曲が始まる前に、僕たちの様子を見ていた妹たちの元へ移動する。
二人は笑顔を見せ、僕たちのダンスの感想を口にしてくれた。
「二人とも、とっても上手だったよ! 私も、ちゃんと踊れるかなぁ……」
「足をもつれさせて転びそう」
「僕たちが教えてあげるから大丈夫さ。ね、ナナ?
「ふふ、さっきまでおどおどしてたのに。ソラ以上に上手に踊れるように、教えてあげるね」
その後もいくつかの曲をバックにしながら、家族と共に踊り続ける。
会えなかった数日間を埋め尽くす勢いで、お互いの心を絡み合わせていくのだった。