「お兄ちゃんが王都に一人行っちゃってから、もう五日……。連絡、何にもないね……」
アマロ村から離れた場所にポツンと建てられた一軒家。
その家の一員である白髪有角の少女レイカは、テーブルに頬を触れさせながら悲しげにつぶやく。
隣には同じく白髪有角の少年レンが、正面には黒に紺交じりの髪を腰まで伸ばした女性ナナがいる。
彼女たちの視線の先にある席は空白となっており、いるはずの人物がいないことを表していた。
「一週間近く会えないなんてこと、こっちに来てから初めて。心配」
「お城の人たちは、どうしてお兄ちゃんを連れて行っちゃったんだろ……。悪いことなんて、何にもしてないよね?」
「うん……。ソラが悪いことなんてするはずない。きっと、大丈夫だよ」
一家の柱となる人物の安否が数日間分からなければ、不安になるもの。
それは心からソラのことを信じているナナの心にすら、深い影を落としかけていた。
「ごめんくださーい。みんな、いるかしら?」
「この声、アニサさんだよね? 私、出てくるね」
レイカは一人席を立ち、声と呼び鈴が響いた玄関へと向かう。
扉が開かれると、そこには魔導士の風体をした女性と、金髪に赤い鉢巻を巻いた男性の姿があった。
「よう、レイカ。今日はお前たちに良い……とは言い切れない情報を持って来たぜ。ほかの奴らはいるか?」
「う、うん……。みんないますけど……。もしかして、お兄ちゃんの情報が!?」
レイカは二人を室内へと通し、得てきたと言う情報を皆に話してもらうことにした。
聞かされた情報は、彼女たちには喜ばしいものであると同時に、どうしようもないものでもあることに、皆は頭を悩ませ出す。
「お兄ちゃんは無事だけど、お城の一画に軟禁されて作業を強いられてる……。どうやっても助けだすのは無理……だよね?」
「そうね。王族からの命令だから嘆願書なんて物も通用しないでしょうし、かといって潜入なんてした日にはあっという間に捕まってしまうでしょう。馬鹿なことは考えんじゃないわよ、ウォル」
「わーってるよ。オイラだって、考えもなしに城に潜入するつもりは微塵もねぇ。捕まって、アイツとの関係を知られでもしたら、何をされるか分かったもんじゃねぇからな」
軟禁されているだけであれば、こちらから過激な行動を取る必要はない。
むしろそういった行動を取れば、ソラ共々牢に入れられてしまうだけだろう。
「ウォルさん、アニサさん。その情報って、どなたからのものなんですか?」
「おん? アマロ村のエイミーって奴だな。ソラのマネージャーをやってるんだって?」
「エイミーさんが……? どうしてソラのことを? なんで彼女が?」
何か違和感を抱いたらしく、ナナがあごに指をつけて考え込み始める。
その行動に疑問を抱いたレイカが、彼女に質問をすると。
「ソラはお城に連れて行かれ、王様の命令を受けて軟禁状態で作業をしている。国営の冒険者ギルドとはいえ、一介の従業員に過ぎない彼女が知るには重すぎる内容だと思わない?」
「確かに……。しかもお兄ちゃんと接点が多い彼女が知るなんて、普通ならあり得ないかも」
「何か、彼女に秘密がある?」
ソラのことを知り得る何かを、エイミーは握っている。
家族たちは事情を聞くために、出かける準備を始めるのだが。
「ん? なんだ、この音。なんか聞こえてこねぇか?」
「外――しかも空からっぽいわね……。変なモンスターでも飛んでるのかしら」
謎の音が気になり、勢ぞろいで家の外へと出ていく。
音の発生源は南の空のようだ。
「変な影が空に見えんな。ん? なあ、こっちに飛んできてねぇか?」
「ほんとだ。あれ? あの形、どこかで見たことがある気がするけど……?」
次第に黒い物体は大きくなっていき、その容姿が明瞭になっていく。
まるで船のような形を持ち、鳥のような翼が取り付けられた金属の乗り物。
それはレイカたちには懐かしいものであり。
「あれって、飛空艇じゃない!? ほら、プラナムさんの研究所で見た!」
「そうみたいだね……! すごい……! もう完成したんだ……!」
飛空艇はレイカたちを強風で煽りつつ、地上へと下りてくる。
着陸と同時に動力音は鳴りを潜めていき、完全に停止するのだった。
「お、お前ら、あれが何か知ってんのか!? んだよ、あれ!?」
「『アディア大陸』に住んでいる人たちが作った空飛ぶ船です! プラナムさーん! シルバルさーん! レイカでーす!」
「ちょ、レイカちゃん!? 近づくのは危ないわよ!」
興奮して近寄って行こうとするレイカに対し、武器を取り出して警戒をするウォルとアニサ。
そんな二人の心配の中、ナナとレンも飛空艇へと近寄りだす。
「大丈夫ですよ、お二人とも。決して危険な存在ではありません」
「そ、そうなのか……? だがよ、空からこんなもんが飛んで来たらさすがに……なぁ?」
「そうね……。私たちは警戒を続けさせてもらうわ」
珍しく怯えている二人に微笑みを浮かべつつ、ナナたちは中から出てくるであろう人物を待ち続ける。
やがて飛空艇に取り付けられた扉が開き、中からは――
「お久しぶりですわね! ナナ様、レイカ様、レン様! ソラ様はおいでではないのでしょうか?」
長く尖った耳を持ち、まるで子どものような容姿の人物が現れた。
その人物の正体は、ゴブリンのプラナム。
彼女の後にも、似た背丈を持つ人物たちが続いてくる。
「なんだ!? 中からガキんちょどもが出てきたぞ!?」
「出会ってそうそうガキんちょとは失礼ですわね! これでも二十六年を生きていますわ! むしろあなたの方が、ガキんちょではないのでしょうか!?」
「んだとぉ!?」
「なんですの!?」
初対面だというのに、大声で喧嘩を始めるウォルとプラナム。
二人をなだめつつ、ナナたちは事情の説明をすることにした。
「なるほど、ソラ様が容易には手出しできない場所に連れ去られ、これから事情を知る者に尋ねに行こうとしていたと。彼の救助をするために動くとならば、わたくしもご協力させていただきますわ!」
胸を張ってそう答えるプラナムに、彼女のことを良く知るナナたちは大きくうなずく。
が、ゴブリンとドワーフへの知識が少ないウォルには、懐疑的な部分が多かったようで。
「お前らが戦力になったとしても、さすがに城に潜入するのは無理があるだろ。それとも、何か作戦があんのか?」
「作戦など、乗り込んでソラ様をお助けする以外ありませんわ。この場には、地上に存在する場所ならどこからでも乗り込める機械があるのですからね」
「そっか、飛空艇でお兄ちゃんのいる場所まで直接行っちゃえば……! 兵士さんたちと戦う必要もないし、簡単に連れ出せそうだね!」
いますぐにでも、救出に乗り出すこともできるだろう。
だが、不確定な情報が多く、本当にソラが困っているのか分からない。
ナナたちは変わらず、冒険者ギルドのエイミーから事情を聞くことにするのだった。