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間章7

「水の補給をお待ち中の方はおられませんかー? こちら開いておりまーす」

 アクアリムの街、ブラド邸前にて。タンクを担いだ多くの人たちが集い、生活用水の補給を待っていた。


 列の先頭の方へと移動すると、汚れた水が張られた大きなバケツの中に、三匹のスライムがぷかぷかと浮かんでいる様子が見えてくる。

 指示を受けた彼らは水の中へと潜り、ぐるぐると動いて渦を起こす。


 すると汚れていたはずの水は少しずつ透明感が増し、最終的にはバケツの底まで見えるようになるのだった。


「はい、お待たせしました。そのままでも飲めるほどに浄化されていますが、気になる場合は煮沸してからご使用くださいね! 次の方、どうぞー!」

 いっぱいに水を注ぎこまれたタンクを受け取り、人々は自宅へと帰っていく。


 スライムが浄化した水は、この街の人々にも受け入れられるようになってきたようだ。


「むぅ……。スライムの浄化能力がだいぶ分かってきたので、魔法でも再現できるかと思ったのですが……。これはなかなか難度が高い魔法になりそうですね……」

「魔力消費が重たい魔法になりそうなのも問題だね……。簡易化と同時に低魔力化も進めないと、一般向けの魔法にはならないなぁ……」

 浄化が済んだ水を見つめながら、ナナとマギアさんが唸っている。


 二人は水を浄化するための魔法を研究中なのだが、効率化の部分で暗礁に乗り上げてしまったようだ。


「二人とも、お疲れ様。ご飯を買ってきたから少し休憩しなよ」

「ありがと、ソラ。ほら、マギちゃんも」

「むぅ……。一応、お礼は言っておきます。ありがとうございます」

 様々な具材を詰め込んだサンドウィッチを受け取りつつ、マギアさんは不服そうな表情を浮かべていた。


 相変わらず、僕のことは苦手に感じているようだ。


「どう? 浄化魔法の使い心地は?」

「私たちが使う分には支障はないかな。浄化した水の成分も、飲み水としては申し分ないみたい。スライムの水に忌避感を抱く人は、私たちが浄化した水を持っていってくれてるよ」

「魔法で生成した水は、飲食に使えないのが残念な部分でしたけど……。間接的とはいえ、使えるようになったのは大きいようですね」

 魔法で生み出した水は、見た目は自然界に存在する水と全くの同一だが、その性質は異なっている。


 それ自体が魔力でできているため、水分補給をしようと口にしても、水として体内に取り込むことができず、何の助けにもならない。

 凍らせることで魔力が霧散するまでの時間を延長できるが、あくまで飲食料品の保存を助ける程度であり、解け出た液体ですら水として飲むことはできないのだ。


 味自体も劣るどころかハッキリ言って不味いので、口に入れて味わう価値すら全くない。


「必要になってから魔法の研究をすることになるとは……。自由に使える水が大量にあるという環境に、私たちは胡坐をかいていたようですね。水の聖堂を放置したツケが回ってきたのかもしれません」

「水の聖堂か……。そういえば、傷んでいる個所がいくつかあったね」

 この街に来た当日に水の聖堂を見てきたが、壁や床には傷や色剥げが付いており、積極的な補修は行われていなかったように思える。


 水の大切さを痛感したいまこの時だからこそ、聖堂を修繕し、見つめ直しに取り組むのは良いことかもしれない。


「聖堂の完全修復が済んだ暁には、その場で浄化魔法の発表をしようと思っているんです! お姉さまから魔法の発表権をお譲りいただいているので、これを大魔導士の足掛かりにできたらなと!」

「なるほど、浄化魔法が広まれば人々の大きな助けになる。大魔導士と呼ばれるにふさわしい経歴を持てるかもしれないね」

 歴代の大魔導士にも、魔法開発の結果からその座に就いた者がいる。


 こうして浄化魔法の開発が進んでいる以上、マギアさんもその形で大魔導士の座を勝ち取るかもしれない。


「君も、大魔導士に成るにふさわしいだけの能力を得ているわけだしね。月並みでしかないけど、頑張ってね」

「ありがとうございます! さて、差し入れのサンドウィッチを食べて、リフレッシュしたら開発を再開しましょうか! ソラさんの知識も、あてにさせていただきますからね!」

「ふふ、いつの間にか仲良くなってる。妬けちゃうなぁ……」

 ナナのつぶやきを聞き、マギアさんと顔を見合わせる。


 すると彼女は顔を真っ赤にし、僕を追い払うように魔法を使い出す。

 僕は大慌てでその場から逃げだすのだった。


「ふぅ、危ない、危ない……。さすがにそう簡単に仲良くはなれないか……」

 ナナが指摘をしたことで暴れ出したようにも見えるが、いずれは追い払われていた可能性は十分にある。


 他者との付き合いに慣れていないマギアさんに、少々馴れ馴れしくしすぎたかもしれない。


「少しだけ進展したことを喜ぼうかな。あむ……。今度は一緒にご飯を食べられると嬉しいんだけどなぁ」

 逃げ出す際にくすねてきたサンドウィッチを頬張りつつ、別の給水場への道を進むのだった。

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