「水の補給をお待ち中の方はおられませんかー? こちら開いておりまーす」
アクアリムの街、ブラド邸前にて。タンクを担いだ多くの人たちが集い、生活用水の補給を待っていた。
列の先頭の方へと移動すると、汚れた水が張られた大きなバケツの中に、三匹のスライムがぷかぷかと浮かんでいる様子が見えてくる。
指示を受けた彼らは水の中へと潜り、ぐるぐると動いて渦を起こす。
すると汚れていたはずの水は少しずつ透明感が増し、最終的にはバケツの底まで見えるようになるのだった。
「はい、お待たせしました。そのままでも飲めるほどに浄化されていますが、気になる場合は煮沸してからご使用くださいね! 次の方、どうぞー!」
いっぱいに水を注ぎこまれたタンクを受け取り、人々は自宅へと帰っていく。
スライムが浄化した水は、この街の人々にも受け入れられるようになってきたようだ。
「むぅ……。スライムの浄化能力がだいぶ分かってきたので、魔法でも再現できるかと思ったのですが……。これはなかなか難度が高い魔法になりそうですね……」
「魔力消費が重たい魔法になりそうなのも問題だね……。簡易化と同時に低魔力化も進めないと、一般向けの魔法にはならないなぁ……」
浄化が済んだ水を見つめながら、ナナとマギアさんが唸っている。
二人は水を浄化するための魔法を研究中なのだが、効率化の部分で暗礁に乗り上げてしまったようだ。
「二人とも、お疲れ様。ご飯を買ってきたから少し休憩しなよ」
「ありがと、ソラ。ほら、マギちゃんも」
「むぅ……。一応、お礼は言っておきます。ありがとうございます」
様々な具材を詰め込んだサンドウィッチを受け取りつつ、マギアさんは不服そうな表情を浮かべていた。
相変わらず、僕のことは苦手に感じているようだ。
「どう? 浄化魔法の使い心地は?」
「私たちが使う分には支障はないかな。浄化した水の成分も、飲み水としては申し分ないみたい。スライムの水に忌避感を抱く人は、私たちが浄化した水を持っていってくれてるよ」
「魔法で生成した水は、飲食に使えないのが残念な部分でしたけど……。間接的とはいえ、使えるようになったのは大きいようですね」
魔法で生み出した水は、見た目は自然界に存在する水と全くの同一だが、その性質は異なっている。
それ自体が魔力でできているため、水分補給をしようと口にしても、水として体内に取り込むことができず、何の助けにもならない。
凍らせることで魔力が霧散するまでの時間を延長できるが、あくまで飲食料品の保存を助ける程度であり、解け出た液体ですら水として飲むことはできないのだ。
味自体も劣るどころかハッキリ言って不味いので、口に入れて味わう価値すら全くない。
「必要になってから魔法の研究をすることになるとは……。自由に使える水が大量にあるという環境に、私たちは胡坐をかいていたようですね。水の聖堂を放置したツケが回ってきたのかもしれません」
「水の聖堂か……。そういえば、傷んでいる個所がいくつかあったね」
この街に来た当日に水の聖堂を見てきたが、壁や床には傷や色剥げが付いており、積極的な補修は行われていなかったように思える。
水の大切さを痛感したいまこの時だからこそ、聖堂を修繕し、見つめ直しに取り組むのは良いことかもしれない。
「聖堂の完全修復が済んだ暁には、その場で浄化魔法の発表をしようと思っているんです! お姉さまから魔法の発表権をお譲りいただいているので、これを大魔導士の足掛かりにできたらなと!」
「なるほど、浄化魔法が広まれば人々の大きな助けになる。大魔導士と呼ばれるにふさわしい経歴を持てるかもしれないね」
歴代の大魔導士にも、魔法開発の結果からその座に就いた者がいる。
こうして浄化魔法の開発が進んでいる以上、マギアさんもその形で大魔導士の座を勝ち取るかもしれない。
「君も、大魔導士に成るにふさわしいだけの能力を得ているわけだしね。月並みでしかないけど、頑張ってね」
「ありがとうございます! さて、差し入れのサンドウィッチを食べて、リフレッシュしたら開発を再開しましょうか! ソラさんの知識も、あてにさせていただきますからね!」
「ふふ、いつの間にか仲良くなってる。妬けちゃうなぁ……」
ナナのつぶやきを聞き、マギアさんと顔を見合わせる。
すると彼女は顔を真っ赤にし、僕を追い払うように魔法を使い出す。
僕は大慌てでその場から逃げだすのだった。
「ふぅ、危ない、危ない……。さすがにそう簡単に仲良くはなれないか……」
ナナが指摘をしたことで暴れ出したようにも見えるが、いずれは追い払われていた可能性は十分にある。
他者との付き合いに慣れていないマギアさんに、少々馴れ馴れしくしすぎたかもしれない。
「少しだけ進展したことを喜ぼうかな。あむ……。今度は一緒にご飯を食べられると嬉しいんだけどなぁ」
逃げ出す際にくすねてきたサンドウィッチを頬張りつつ、別の給水場への道を進むのだった。