「おお、ソラ。晩餐会のすぐ後だというのに、よく来てくれた。会は楽しめたか?」
「ええ。日常ではとても味わえない数々、堪能させていただきました。家族も友人たちも、とても楽しんでいましたよ」
僕はレックス王子に招かれ、彼の部屋を訪れていた。
部屋内は他の区画と比べても豪華かつ、一人で過ごすには広大と思えるほどだが、意外なことに家具や装飾がほとんどない。
下手をすれば僕の部屋よりも空白が多く、豪華なのに寒々しいという不思議な光景が広がっていた。
「各地を歩き回っていたわけだからな。部屋に居なければ家具を用意する必要もない。そのせいで、いざそなたのような客を招く時は困るのだがな!」
ハッハッハと笑いながら、王子はバルコニーへと出ていく。
彼に続いて夜の外へと出ると、眼下に大きな光の塊が見えることに気付いた。
「美しいだろう? 俺は幼い頃より、この景色を見ながら市井の者たちの暮らしを想像するのが好きなんだ。もしも俺が眼下の世界で暮らしていたら、どのようにこの場所を見上げたのだろうか、などとな」
大きな光の正体は、王都に存在する建物たちから漏れ出る明かりだったようだ。
僕たちが王族の暮らしを想像することしかできないように、王族たちも僕たちの暮らしを体験することができない。
それでも彼らは、あげられてきた報告を利用し、国民のために、国のために政をしてくれる。
直近まで王子が旅をしていたのは、少しでも民に寄り添えるように情報を集めていると言ったところか。
「そなたには夢があるか? もしもそれがあり、差支えが無ければ教えてもらいたいのだが」
もちろん、僕には夢がある。
モンスター図鑑を作り、少しでも人とモンスターが傷つけ合うことを減らしたい。
いずれ来るかもしれない、異なる種族との邂逅のために用意をしておきたい。
レイカたちが自由に旅することができるように。
いままでに出会った人々が、交流をしている姿を見られるように。
これらがいまの僕の夢だ。
「……それほどの夢を抱いた者を、ネブラは利用しようとしていたのか。すまなかったな、そなたには心苦しい思いをさせた」
「いえ、お気になさらず。悪事として利用しようとする者は必ず出てきますが、それでも僕を救おうとしてくれる者もいる。それが分かっているので、僕は大丈夫です」
プラナムさんやエイミーさん、王子までもが僕の味方になってくれる。
この先、悪意にさらされることがあったとしても、いままでに心を交わしてきた人々と協力すれば、乗り越えられることも知った。
ならば僕は、夢の成就のために歩き続けるだけだ。
「王子は何か夢はあるんですか?」
「俺か? もちろんあるぞ。俺の夢は世界征服だ」
想像にもしなかった言葉が飛び出し、驚愕する。
世界征服と聞かされると、暴力による支配などを考えてしまうのだが。
「暴力による支配などをすれば、いつか俺の民となる人物を、俺自身が傷つけることになるではないか。そんなものはつまらない。あくまで俺は全ての民の頂点に立ち、その暮らしぶりを見てみたいだけだ」
そういえば王子は、初めて相まみえた際に自身のことを世界の王になる者と言っていた。
王族であることを僕に意識させるためかと思っていたのだが、まさか最初から夢を語っていたとは。
それほどまでに自身の夢を誇りに思い、成就させようとしているのだろう。
「そなたが図鑑を完成させられれば、俺もまた自身の夢を叶える一歩になるというわけだ。夢の成就、期待しているぞ?」
「承知いたしました。ご期待に添えるよう、邁進いたします」
僕の夢が、また別の誰かの夢へと繋がっていく。
諦めることも、失敗することも許されないが、不思議と不安は心にない。
「さあ、夜も更けた。自室へと戻り、体を休めると良いだろう」
「そうですね。ご招待いただき、ありがとうございました。それでは……」
バルコニーを離れ、部屋の入り口へと歩いていく。
扉から外に出るタイミングで王子へと振り返ったのだが、彼はいまだバルコニーで外の景色を眺めているようだ。
邪魔をするのも良くないので、彼の背に深々とお辞儀をしてからこの場を去ることにした。
「レックス王子、か……。本来部外者であるはずの僕ですら、敬意を抱いているなんて……。彼のことをほとんど知らなかったのに、なんかなぁ……」
いくら情報で知っていたとしても、実際に見聞きしてみると、受ける印象は全く異なる。
モンスター図鑑を読んだだけでは、分からないこともきっとあるのだろう。
そんなことを考えながら、割り当てられた部屋へと入り、眠りにつくのだった。