「ん~? 風じゃないな、この音は……」
穏やかな日差しを浴びながらとある作業を進めていると、空気が漏れ出るような異音が聞こえてきた。
手に持つ金属容器に耳を近づけ、音の出所を探る。
これを作成したのはプラナムさんたちなので、不備があるとは思えないのだが。
「密閉が弱かっただけか。プラナムさんたちは機械の力で調整するだろうから、この辺が僕ではどうにもなぁ」
筋力強化魔法を使用し、容器頭頂部に取り付けられている蓋を強く閉める。
とりあえず、空気が漏れ出る音はなくなったようだ。
「よし、準備完了。これで水の中に潜れるようになったかな」
立ち上がり、目の前に蓄えられている大量の水を見やる。
ここはアマロ村そばの湖、アマロ湖。
今日はこの湖自体に目的があってこの場を訪れていた。
「ソラ様。ご準備はよろしくて?」
「ええ。慣れない部分だらけでしたけど、お手伝いいただきありがとうございました」
声に振り返ると、そこには水に潜る準備を整えたプラナムさんの姿があった。
僕の目的は彼女と共に目の前の湖に潜り、中にあるかもしれない何かを探すこと。
アマロ村の伝承通りであれば、アクアリムの街で見た水の聖堂に近いものがあると思っているのだが。
「うおおお! 冷てぇ! こりゃ気持ちいいぜー!」
水着姿となったウォルが、巨大な水しぶきを上げながら泳いでいる。
周囲に人はいないのでどう遊ぼうが自由なのだが、湖に住む生物たちにはいい迷惑だろう。
「こっちには水を飛ばさないでよねー。私はあんたみたいに水着じゃないんだから、濡れたら大変――」
「泳げなくても、水浴びなら楽しめるんじゃねぇか? そーらよっと!」
「わぷ!? アンタねぇ……! いいわよ、あんたがその気ならこうしちゃうんだから!」
「おわああああ!? ま、待て! そんな大量の水球――ゴボボボ!?」
岸辺でくつろいでいたアニサさんに、ウォルが思いっきり水をかけるのだが、反撃として魔法で生み出された水球をぶつけられていた。
彼は仰向けの状態で湖面に浮き上がり、岸辺の方へと流されていく。
「ウォルもちょうど湖から上がったことですし、潜水してみましょうか」
「ですわね。では私は先に水中へと侵入いたします。中で先行している配下たちが誘導をするので、ソラ様は彼らの指示通りに、ご自身のペースで進んできてくださいませ」
そう言って、プラナムさんは湖の中へと入っていった。
彼女を見送りながら、潜水するための最終準備を開始する。
「ゴーグル付けて、ボンベを背負って……。強化魔法を使っているとはいえ、なかなか重いなぁ……」
保温するための装備がないが、炎の魔法を応用して熱を生み出すので問題はない。
水中のゴミや草を排除するための剣と、防水加工を行ったメモ道具を持てば準備は完了だ。
「アニサさーん。これから本格的に調査が始まりますので、しばらくウォルを湖に近づけないようにお願いしまーす」
「分かったわ~。ちゃんと見張っておくから、気を付けて行ってらっしゃ~い」
冷たい湖に足を踏み入れながら、器材の稼働と魔法の発動を行う。
腹部、胸部と水に浸かっていき、顔を水に沈めて泳ぎ出す。
器材の稼働は問題なし、魔法のおかげで熱も逃げずに済んでいる。
バタ足で水中を進みながら、美しい景色を堪能する。
湖面を見上げれば差し込んだ光が煌めいており、湖底を見下ろせば揺ら揺らりと頭を振る植物たちが見えた。
湖の中心に向かうにつれ、水深は増していく。
現在いる場所は湖面から五メール程度の場所だろうか。
限界水深は三十メール程度らしいが、初心者なので十五メールを限界と定めるようにプラナムさんから言われている。
そろそろ湖の中心部、プラナムさんたちが調査をしているはずだが。
そう考えるのと同時に、湖底に生えた植物の間から僕と似た格好を取る人が姿を現した。
件の人物はこちらに気付くと、湖の中心を、さらに深みに向かうように指をさす。
僕はその行動にうなずき返し、指示された方向へと泳いでいく。
草を払いのけ、残骸を斬り裂きながら進むと、突如として遺構が出現する。
小型ではあるが、アクアリムの街で見た水の聖堂に似た構造をしている建物だ。
これが、かつて湖に浮かんでいたという建物なのだろう。
位置的にもちょうど湖の中心であり、物的証拠からも目的の遺構である可能性が非常に高い。
本当に、本当にあったんだ――
構造物に近づいていくと、それの調査を指示しているプラナムさんの姿を見つけた。
彼女と文字を介した会話を行い、共に建物内の調査を開始する。
彼女たちでは手が届かない場所は僕が手を伸ばし、僕が入り込めない場所は彼女たちが侵入していく。
それらを繰り返していくうちに、石碑らしき物を発見したという報告が入る。
誘導された先には石像があった。
細く曲がりくねった蛇のような姿を象ったそれの下に、文字らしきものが刻まれた石の塊が確かにある。
これが、ソラ様方が探されている物ですか――?
ええ、間違いなくこれです。まさかこの場所で、本当に見つかるとは――
文字でのやり取りをしつつ、石碑の清掃活動を始める。
それほど傷んでいる様子は見られないので、表面さえ綺麗になれば問題なく読めるだろう。
やがて綺麗になったそれを、対応表を使用せずに読み始める。
何度かの使用で古代文字の全てを頭の中に入れられたので、このような隔絶された場でも解読できるようになったのは幸いだ。
水蛇リヴァイアサン、大いなる水の『聖獣』よ。
我らに水の守りを、恒久なる水の恵みを。
書かれている文章は、このようになっていた。
あがめるための文章が石像の真下にあるということは、この蛇らしき存在の正体がリヴァイアサンなのだろう。
古代では、人と『聖獣』が近い存在であったことが、これらからうかがえる。
そろそろボンベ内の空気が許容量を下回ります。地上へと戻りましょう――
分かりました。可能であれば、この石像を地上へと持って帰りたいのですが――
簡単な打ち合わせの後、僕たちは湖上へと戻る。
背後には、湖底から引き抜いた石像を浮き上げていく調査員たちが続く。
「ぷはぁ……。調査は大成功でしたわね!」
「ええ、伝承通りだったことが分かりましたし、過去の歴史をまた少し紐解けました。眠り続けていた存在も持ってこれましたしね」
皆で協力し、石像を岸辺へと運んでいく。
僕たちが戻ってきたことに気付いたウォルたちも、石像運びを手伝ってくれた。
「よいしょっと……。いましばらくは岸辺に置いておけば良いと思います。後日、アマロ村の皆さんには僕から説明させていただきますので」
突如として謎の石像が出現すれば、皆驚くだろう。
整備及び保存も必要なので、これの全身を包める程度の何かしらの建物も作ってあげたい。
「まあ、許可は必要だよな。にしてもよ、まさか変な石像を引き上げてくるとは思わなかったぞ。これ、なんだよ?」
「石碑に書かれている文字から考えるに、リヴァイアサンっていう存在の石像だと思ってる。遥か昔、この大陸で信奉されていたんじゃないかな?」
「湖の中心の、それも建物の中にあったのよね? なら、ソラ君の考えは当たっていそうね」
『聖獣』の一翼、リヴァイアサン。
この存在はいまだ健在なのか、どのような存在なのか、どこにいるのかすら分からない。
それでもこうして知り得たことを嬉しく思いながら、いつか巡り合うことを目的の一つに定めるのだった。