「よし、理論は確立できた。これで新たな圧縮魔を使えそうだ」
自宅の研究室にて。僕は一人作業机に向かい、圧縮魔の研究を行っていた。
成果は上々。これで、いままでとは異なる形で使えるようになるだろう。
「ソラー? いる~?」
「ナナ? 鍵は開いてるから、入っておいでよ」
聞こえてきた声に返事をすると、扉を開いてナナが室内に入ってきた。
彼女の手には果物を盛られた皿が握られている。
どうやら、おやつを持ってきてくれたようだ。
「もう! また体を追い詰めてない? 朝からこの部屋に入って、もうすぐ夕方だよ?」
「え? あ、ホントだ……。いつの間に……」
皿を受け取りつつ窓に視線を向けると、オレンジ色の光が差し込んでいたことに気付く。
時間のことなどすっかり忘れ、夢中になって作業をしていたようだ。
「お城にいた間、『アイラル大陸』に関しての資料を作ってたって言ってたでしょ? まだそんなに日も開いてないんだし、無理しちゃダメだからね?」
「大丈夫、それは分かってるさ。でも、自分の意思で活動できることがこんなに嬉しいなんて思わなかったなぁ……。ついつい夢中になっちゃうよ」
作業机の棚を開き、中から一枚の資料を取り出す。
王城で軟禁されていた際に、仕方なく作っていた物だ。
「私たちが歩いてきた過程が、集めてきた情報が、争いの火種になる……。プラナムさんたちも近いことを考えているのかな……」
「人々のためになる技術を開発したのに、人々を傷つけるための技術に転換されると、心苦しさを抱くだろうね……。僕の場合は、危うく悪人の手に渡るところだった。知識と技術は持つ人次第とはいえ、どうにもな……」
握っている資料は、悪人によって作らされた忌むべき物。
さっさと斬り捨て、焼き消したいとも思ってしまう代物なのだが。
「悪人による、悪人の目的のための資料だとしても、これは僕が作った物。容易く斬り捨てられる物じゃない。あの苦しみをも一つの糧として、これからも進んで行くよ」
望まぬことであろうとも、経験は経験。
この資料は苦い過去として残しておくとしよう。
清濁併せて得た知識を最大限利用し、前に進まなければ、成長することはできないのだから。
「苦しみも受け入れる……か。ね、実際の所、ソラももう乗り越えられているんじゃない?」
「え? 乗り越えるって――もしかしなくても、六年前のことだよね?」
コクリとうなずくナナを見て、ここしばらくの自身の振る舞いに思考を巡らせる。
六年前のことを思い出せば、いまだに体は震えだす。
乗り越えたという状態には程遠い気がするのだが。
「私も思いだせば怖くなってくるよ。怖くなくなるから乗り越えられたんじゃなくて、その怖さを噛みしめつつも、進もうと思えるようになった時が、乗り越えられた瞬間なんじゃないかな?」
「あはは。それだと僕たちは、モンスター図鑑を作り始めた時から乗り越えられてたってことになるじゃないか。確かにそれも大事だろうけど、きっかけが必要なんじゃないかな?」
レイカがミタマさんと友達になったように、ナナが彼女のお父さんからの手紙を読んだように、きっと僕にもそれがある。
いつ来るのか、それがどんな形で現れるのかは分からない。
けれど望み続けていれば、必ずチャンスは訪れるはずだ。
「きっかけ……か。旅を続けていれば、きっと見つかるよね。そういえば、プラナムさんから聞かれてた『アディア大陸』の件はどうするの? 保留にしてたでしょ?」
「ああ、実はそれも悩み中なんだよね……。英雄の剣に魔力結束点を鎮静化させる効果があることが分かったでしょ? この大陸にはいくつもそれがあるのに、他のことにうつつを抜かして良いのかなって」
魔力を吸う力を持つ武器、英雄の剣。
魔力を圧し縮める力を持つ、圧縮魔で吸収を打ち消すことができるのだが、まだそれを一般に広めていないため、剣を扱えるのは僕とレイカだけ。
いまこの時も強力なモンスターが出現している可能性を考えると、むやみに他の大陸に向かわない方が良いのだが。
「結束点の詳細な場所がまだ分からない以上、どうしようもないじゃない。じっとしてても何も見つからないし、モンスターの情報も手に入らない。私は動くべきだと思うな」
「んまあ、それもそうだね……。自由な渡航許可を国王様から頂き、ウォルたちも行きたいって言ってたし。何より、ナナたちだって飛空艇に乗りたいよね?」
僕の質問に、ナナは大きくうなずいてくれる。
なら、僕が取る行動は一つだけだ。
「みんなで行こうか。飛空艇に乗って、空を飛んで。新しい土地へ」
「知識を得て、技術を付けて。ソラが痛みを乗り越えられるきっかけを見つけられるように……ね!」
より多くを体験していけば、きっと痛みを乗り越える時が来る。
その日が訪れるように、僕は家族と共に歩き続けよう。