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飛空艇が降り立つは

「く……! この辺りはずいぶんと気流が強いですわね……! 遥か上空に行けば、これより激しい風に吹かれることなど無数にあるでしょうに、この程度で大きく揺れてしまうのでは……!」

 岩山地帯を進む飛空艇は、激しい揺れに襲われていた。


 山から吹き下ろす強風、複雑な地形が産む歪な風の流れ。

 空を行く飛空艇には、天敵とも言うべき自然現象だ。


「おい、おい、大丈夫なのかよ!? こんな高いところから、地上に落下なんて考えたくねぇぞ!?」

「分かってますわよ! 機首を常に風上寄りになるように高度を維持し、水平を保ち続けなさい! 速度計を注視し、逐一報告を!」

 ウォルの悲鳴に短く返しつつ、プラナムさんは乗組員たちに指示を出していく。


 そのおかげか飛空艇の揺れは格段に小さくなり、座席や手すりに掴まらずともいられるようになってきた。

 だが、山の環境は刻一刻と変化するものなので、この平穏はあくまで一時的なものと考え、警戒を続けておくべきだろう。


「プラナム様! 前方に『ビースト族』の飛行部隊の姿が!」

「もう現れたのですか? 今日の山は、一段と危険というわけですか……」

 飛空艇の前方を覆う窓の先に、飛行可能なモンスターにまたがる人々の姿が見える。


 武器を持っているが、こちらに向けているわけではないようだ。


「どーすんだ? 戦うのか?」

「そんなことをすれば、この大陸は再び戦乱の渦に包まれます。むしろ向こうは、誘導をするつもりですわよ」

 プラナムさんの言う通り、ビーストの方々は僕たちを誘導するように動き始めていた。


 行く先が分かれた場所に出れば、片方を塞ぐようにしてもう片方へ進むように促し、複雑な地形な場所であれば、前方に陣取って僕たちを誘導してくれる。

 強風があまり吹かないルートを選んでくれているらしく、飛空艇はほとんど揺れることなく目的地へと進んで行く。


 やがて僕たちを誘導してくれた人物たちが、それなりに広さのある土地に向けて降下する。

 こちらに手を振っているところを見るに、あの場所に着陸しろと言っているのだろう。


「安全は確保されていると思いますが、飛空艇と飛行部隊とでは勝手が違います。着陸するまで各計測器からは目を離さないように」

 プラナムさんは乗組員に飛空艇を着陸させる指示を出す。


 じわりじわりと大地が近づき、大きな揺れと共に駆動音が鎮まっていく。


「少々危ない場面もありましたが、『ビースト族』の住まう領域、ビート岩山連峰のグリフォロ大山に到着いたしました。長時間のフライト、お疲れさまでした」

 無事に着陸ができたことに安堵しつつ、椅子から立ち上がって飛空艇を降り立つ準備を始める。


 自身の武器や道具を手に取り、プラナムさんの後に続いて艇を降りると。


「お待ちしておりました、プラナム殿。変わらずご健勝のようですね」

「そちらも変わらずのようで。誘導をしていただき、助かりましたわ」

 顔も腕も足も、コボルトたちのような真っ白い毛で覆われている人物が待機していた。


 頭頂部には、長く美しい耳が空に向けて伸びている。

 ルトたちが人と同じ大きさまで成長し、二本足で立てるようになったとしたら、このような姿になるのだろうか。


 他にもウサギのような長い耳や、トラのような丸い耳を頭頂部に抱く人たちが、モンスターと共に空から降りてくる。

 これが『ビースト族』、『アディア大陸』に住まう最後の種族か。


「ふふ、こちらの方々、それぞれどちらの性別をされているか分かりますか?」

 目の前の人物たちを、少々変わった形で紹介してくれるプラナムさん。


 改めてビーストの方々を見つめてみるも、男性なのか女性なのか判断がつかない。

 家族やウォル君たちも、お手上げの様子だ。


「彼らは性別を分けるという文化がないのです。それを知らないままでは皆様に不都合が出るはずなので、お教えしておこうと思いまして」

 見た目からの判断が難しいために、性別を分けることが無いということか。


 こういった点でも、知るは大切な行為となりうる。

 いずれ来るかもしれない時のために、きちんと情報を記しておくとしよう。


「あなた方がプラナム殿から連絡のあった、ヒューマンとホワイトドラゴンの方々ですね? ようこそグリフォロ大山へ」

「歓迎していただき、ありがとうございます。僕は魔法剣士のソラ。彼らは冒険者のウォルとアニサ、そして僕の家族であるナナ、レイカ、レンです。大人数で押しかけてしまい、申し訳ありません」

 互いに自己紹介を交わしたのち、案内されて山を登る。


 目的地はグリフォロ大山の八合目。

 今回訪れる予定の集落がそこにあるとのことだ。


 ちなみに、一行の中にプラナムさんの姿はない。

 飛空艇の整備と、フライトによって得た情報を精査したいとのことだ。


「うぐぅ……。道が険しくて疲れる……。グリフォン……だっけ……? 乗っての移動はできないの……?」

 山を登り始めて数十分が経過した頃、この中で最も体力が弱いレンが音を上げ始める。


 僕やウォルはまだ問題ないが、女性陣も息が上がってきているようだ。

 勾配が急であること、岩がむき出しになっている箇所もかなり多いので、体力に自信があっても疲労はするだろう。


「彼らには、自らが認めた者しか背に乗せないという、気難しい部分があるのです。ここに来たばかりのあなた方を乗せてくれる可能性はまずないでしょう。申し訳ありませんが、ご容赦を」

 案内人の言葉に、レンはがっくりと肩を落とす。


 僕としては初めて来る場所なので、可能な限り自身の足で歩んでみたいと思っている。

 それは冒険者であるウォルとアニサさんも同様のようで。


「確かに、この山は旅慣れている私たちでもかなりキツイわ……。でも、そういう時は景色を見て、リフレッシュしながら歩くといいわよ」

「だな! 良いもん見て、美味い空気を吸う! そんだけで結構変わるぞ! お前もいつか冒険してみたいって考えてんなら、やってみろ!」

 二人のアドバイスを聞き、レンは僕たちから少し離れた場所でそれを実行する。


 しばらくして戻ってきた彼は呼吸を鎮め、穏やかな表情を浮かべていた。


「僕だったら、教えてもらったことに加えて絵を描く。景色を堪能できるし、のんびり呼吸もできるから」

「そうそう、自分の歩き方を見つければいいのよ。冒険の仕方が分かってくれば、より体力も付くし遠くまで行けるようになるから」

「そうして、世界中を冒険するわけだな! さあ、まずはこの山の踏破だ! 行くぜー!」

 ウォルは勢いよく走りだし、近場にある大きな岩を這い上がる。


 そして口元に手を当て、大きく息を吸うと。


「ヤッホー!!」

 発せられた大声が、山々に反射して返ってくる。


 僕たちは山を楽しみながら登り、とうとう目的地である八合目にたどり着くのだった。

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