「ほえー……。何というか、質素な村だなぁ……」
「もう少し、言葉を選べるようになるといいわね。素朴だとか、趣があるとか言いようはあるんだから」
僕たちはグリフォロ大山を登り、八合目にあるビーストたちの集落へとやって来た。
石を組んで作られた家々が軒を連ね、踏み固められただけの道がそれらの合間を縫っている。
『アヴァル大陸』の集落や帝都ドワーブンと比較すると、ウォルが言い放ったようにどこか貧しさを感じる集落だ。
そんな集落には、多種多様のビーストたちが笑い合いながら仕事に勤しむ姿がある。
あまりにもかけ離れた見た目をしているというのに、これといったいざこざが起きているようには思えない。
見た目による違いなど、彼らにとっては些細なことですらないようだ。
「ん? お、おい! あれ、モンスターだろ!? 人よりでけぇのが普通に道を歩き回ってるけど、大丈夫なのか!?」
ウォルが指さした先には大きな角が生えた四足歩行のモンスターがおり、集落内の道を自由に歩き回りながら草を食んでいる。
他の種族たちが住む土地では決して見られない光景に、僕たちはそろって絶句してしまった。
「あの子は我々が飼育しているモンスターですね。美味しいミルクを生み出してもらうため、自由に、のほほんと過ごさせています。見守っている者はいますし、大人しい性格をしているので、問題はありませんよ」
モンスターがほぼほぼ道を占有しているというのに、ビーストたちは気に留めている様子が全くない。
あれは彼らにとって、ごく普通の景色のようだ。
「すげーな……。ヒューマンの住む集落にあんなでけぇモンスターが現れたら、大騒ぎなんてもんじゃすまねぇぞ……」
「モンスターと心を通わせる種族……。その異名は伊達じゃないみたいね」
ビーストの飛行部隊と共に歩むグリフォンだが、実のところはそれなりに危険性があるモンスターらしい。
強風吹き荒れる空をも飛ぶ屈強な体に、鋭利なくちばし、そして凶悪な四つのかぎ爪。
見た目からも気性が穏やかとは感じられない上に、草食性とも思えない。
そのような特徴を持つモンスターを従え、共に暮らせるように心を通わせている。
一体どのように、どれほどの時間をかければ、あれほどの信頼関係を築けるのだろうか。
「もう間もなく、ここの部族長がおられる家に着きます。我らの部族長は天真爛漫な性格をしているのですが……。まあ、悪いお方ではございませんので」
分かるようで分からない補足を受けつつ、一軒の家の前で案内人の足が止まる。
他の家屋よりは大きいものの、作りは全く変わらない。
あそこに部族長が住んでいるようだ。
「ここの部族長ということは、他にも集落が?」
「ええ。ビート岩山連峰に存在する他の山にも、いくつかの集落が存在します。ちなみに皆様がおられるこの場所は、モキー部族の支配領域になります」
モキー部族という言葉は、砂漠で出会ったクウさんから聞いた記憶がある。
確かここに所属すると言っていたはずなので、そのうち再会できるかもしれない。
「それでは、部族長をお呼び――」
「よーし! お仕事終わったし、帝都へお買い物に行くぞ~!」
案内人が家の扉を叩こうとしたその時、裏手の方から声が聞こえてきた。
帝都へ行くとか何とか言っているようだが?
「今日はお客人が来るので出かけないようにと伝えておいたのに……! い、急いで止めなければ!」
案内人は大急ぎで家の裏手へと回り込み、部族長を止めに走る。
その後ろ姿が家の陰に隠れるのと同時に、グリフォンらしき影が大空めがけて勢いよく舞い上がっていってしまった。
呼び止めは間に合わなかったようだ。
「まいったな……。連絡は済んでいるとはいえ、挨拶もせずに動き回りたくはないのに……」
滞在させてもらう以上、礼を失した行動は可能な限り取りたくない。
今回の場合はビースト側の失態にあたるのだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「なら、ソラが何とかすればいいんじゃない? ここしばらく、いろんな作業と並行して圧縮魔の研究も進めてたんでしょ?」
「気軽に言ってくれるねぇ。ま、こういう時のために開発したものがあるよ」
自身に宿る圧縮魔を揺り起こし、魔法を発動する準備を行う。
標的は射程圏内にまだ入っている。
相手の位置と自分の位置を頭の中に思い描き、その間に存在する空間を圧縮するように魔法を発動する。
「ドロー!」
その瞬間、大空高く飛んでいったはずのグリフォンが目の前に現れた。
翼をはためかせて飛び続けるも、全く居場所が変わらない。
自分でやったことではあるのだが、どことなく不気味だ。
「それ、それー! もっと高く、もっと速く! あれ? 景色が変わらないような?」
自分たちの状態に気付いていないのか、グリフォンの背に乗る人物が素っ頓狂な声をあげる。
このまま圧縮を解除すると再び大空へと進んでしまうので、とりあえず羽ばたくのを止めてもらわなければ。
「あの~。少々よろしいでしょうか?」
「え? うわ! 誰かが直立で空を飛んでる――って、そんな訳ないか。あれぇ? ボクたち、空に向かって飛んだよね? ウィルド~?」
「キュオウ……」
ウィルドという名には聞き覚えがある。
僕たちに一瞬向けられたあの顔に、何度か見つめられた記憶もあるが、もしやこの人物は。
「もしかして、クウさんですか?」
「うん、そうだよ~。ボクの名前はクウ。……君、もしかしてだけど、砂漠で助けてくれたおにーさん? ううん、絶対おにーさんだ!」
丸い大きな耳が側頭部についたビースト――クウさんが僕に勢いよく飛びついてきた。
抱き止めようとしたものの、かなりの勢いが付いていたために、バランスを崩して地面に倒れてしまう。
そしていつかの時のように、思いっきりのしかかられてしまうのだった。
「おにーさん、おにーさん! またおにーさんに会えた! 嬉しいな~!」
「僕も会えたのは嬉しいですけど、さすがにくっつきすぎじゃ……。すごい表情で見つめてくる人がいるので、ちょっと離れてほしいのですが……」
ナナがいままでに見たことがない顔でこちらを見つめている。
一見愛らしい笑顔なのだが、薄く目を開けているせいで威圧感がものすごい。
下手な言動を取れば上級魔法で焼き尽くされてしまいそうだ。
「はぁ、はぁ……。申し訳ありません、部族長を取り逃がしてしまったので、これから追いかけ――って、いつの間にここに!? なぜお客人にのしかかっておられるのですか!?」
部族長を止めに家の裏手に向かっていた、案内人が戻ってきた。
話しぶりから察するに、僕の上に乗っているクウさんがまさかの部族長のようだ。
「あ、そっか。今日はお客さんが来る日だったね~。危うくそのことを忘れて、お買い物に行っちゃうところだったよ。ごめんね~」
「分かっておられるのなら、早くお客人からお降りください! 失礼でしょう!?」
「え~? 久しぶりの再会だから、もうちょっと触れ合いたかったのに~」
不満そうな表情を浮かべつつも、クウさんは渋々と僕から降りてくれる。
背中に着いた汚れを払い落としつつ立ち上がろうとしていると、ナナが手を差し述べてくれたのだが。
「話は後で聞かせてもらうからね?」
「き、君って、そんなドスの利いた声を出せたの……?」
ナナの機嫌を取り戻す方法を考えつつ、彼女の手を取る。
何も悪いことはしていないはずなのに、どうしてお詫びや謝罪をすることが確定してしまったのだろうか。
「さてと……。それじゃ、部族長としてのお仕事をしないとね~。こんにちは、ヒューマンにホワイトドラゴンの皆さん。改めまして、ボクの名前はクウ。ここはモキー部族が住む、ヌベスの村。ボクはその部族長だよ~」
モキー部族を纏める部族長、クウさん。
まだ若いビーストの元で、僕たちはどのような知識を付けていけるだろうか。