「プラナムちゃんたちが作り上げた飛空艇に乗って、途中まで来るって聞いてたけど……。山から吹き下ろす風は辛くなかった~?」
「かなり揺れましたよ。飛行部隊の皆さんに誘導していただけなかったら、危なかったと思います」
モキー部族の部族長クウさんを一行に加え、僕たちは踏み固められただけの道を歩んでいた。
目的地は、飛空部隊に所属するグリフォンたちが暮らしている牧場だ。
「ソラのおかげで、モンスターと仲良くできるってのは分かってたが……。グリフォンみたいなでっかいモンスターでも心を通わせられるなんてなぁ……。やっぱり難しいのか?」
「相手もボクたちと同じ命だからね~。機嫌が悪くなる時もあるし、病気にだってなる。お互いの命に関わることが起こらないとも言い切れないしね~」
モンスターと共に暮らすビーストですら、時には命に関わることがある。
スラランやルトたちとあそこまで仲良くなれたのは、本当に幸運なことだったのだろう。
「命に関わるって……。どんなことが起きるの……?」
「頭からかじられちゃったり、爪で切り裂かれちゃったり。野生のモンスターにされかねないことを、非常に稀に、だけどね~」
油断しきっている状態だからこそ、モンスターの変化に気付かずに攻撃を仕掛けられてしまうのだろう。
そうやって人を傷つけてしまったモンスターは、どうなってしまうのだろうか。
「もちろん、命をいただかせてもらうよ。人を倒せると気付いたグリフォンは、言うことを聞かなくなるどころか、少し機嫌を損ねただけで襲い掛かるようになる。二次被害は抑えないとね~」
「可哀想に思えるけど……。仕方ないんだよね?」
「人にとってもモンスターにとっても益がない。僕たちは人である以上、人を守るために行動するのが筋」
ビーストたちの文化と技術は、長い時間と多くの犠牲の元、モンスターと絆を紡ぎ続けたことで育まれたもののようだ。
となると、僕たちが彼らの技術を乞い、実践したとしても、同じような状態に至るまでには多大な時間がかかるかもしれない。
「命をいただいたモンスターは、その後どうなさるのですか?」
「ちゃんと供養して、お肉はみんなで食べることにしてるんだ~。奪うだけ奪って放置なんて、それこそ命への冒涜。悲しみを繰り返さないために、体に刻み込むってわけ。さあ、あそこがグリフォンの牧場だよ~」
クウさんが指さした先には、グリフォンが多数動き回る施設があった。
彼らは飼育者たちからもらったエサを食み、ため池に飛び込んで水浴びをしている。
中には子どもと思われる個体も存在し、親に見守られながら羽ばたきの練習をしているようだ。
「ちっちゃくて、かわいいー! けど、爪やくちばしは鋭利なんだね……!」
「子どもでもグリフォンはグリフォンってわけだね。あんなに小さいのに、大人になると僕たち以上の大きさになるなんてなぁ……」
グリフォンの子どもたちは、僕たちでも十分に抱えられそうな大きさだ。
恐らくはある程度成長した後のはずなので、生まれたばかりの子はもっと小さいと思うのだが。
「いまは赤ちゃんいないけど、確か卵があったはずだよね~。入場許可を貰ってきてくれる~?」
「かしこまりました。皆様、少々お待ちくださいね」
クウさんの指示を受け、案内人は一人で施設内へと歩いていく。
僕たちはその帰りを待ちつつ、会話を続けることにした。
「特別な技術でモンスターたちと――というわけでもないんですね。最初は魔法か何かを使っているのかと思っていたんですけど……」
「そんな力があったら、他の種族の人たちと大喧嘩してるはずだよ~。全モンスターを自在に支配できるなんて、怖い以外の感情は思いつかないしね~」
僕としても、心のどこかで安心した感覚がある。
ビーストもヒューマンと何ら変わりがないこと、特殊能力でもなんでもなく、努力の果てに得た力だと知ることができたからだろうか。
「そういえば、グリフォンと集落内で見かけたモンスター以外に、使役している存在はいないんですか? 様々なモンスターを従えているって聞きましたけど」
「それはちょっとおおげさかな~。見ての通り、ボクたちはここに住んでるモンスターたちとしか仲良くなれてないし~。他の部族はまた異なるモンスターたちと仲良くなっているから、一緒くたになっちゃったんだろうね~」
ビーストたちであろうとも、必ずしもモンスターと仲良くなれるわけではない。
人とモンスターたちとの違い、決して分かり合えない部分がそこにはあるのだろう。
「グリフォンと長く暮らしてきたからこそ、ボクたちは彼らと共に空を飛べるようになった。強制的に従えたところで、自由に、楽しく空なんて飛べないよ~。ね、ウィルド?」
「キュア~!」
クウさんに顎を撫でられ、ウィルドは気持ちよさそうな声を出す。
図鑑作りに有利となりそうな方法は見つけられなかったが、モンスターたちと付き合っていくための心構えを知ることはできた。
千里の道もと言うように、これまで通り地道な活動を続けて行くとしよう。
「なあ、クウさんよ。あんたらビーストには特別な能力とかないのか?」
「特別な能力ぅ? みんなに自慢できそうなことって言ったら……。長距離を素早く走破できるし、ちょっと高い場所程度なら飛び上がれるくらいかなぁ……」
種族を特徴付ける能力ではあるが、これと言って特別だとは思えない。
魔法を用いた身体強化で十分追いつく範囲だろう。
「得意不得意はあっても、大きくは変わんねぇんだなぁ」
「人が人である以上、かしらね。まあ、自覚していないだけで、他の種族から見たら特別だと思える部分はあるでしょうし、今後の交流次第かしらね?」
交流自体が全く進んでいないので、種族ごとの違いに気付けていない可能性は十分にある。
ただ、いままで会ってきた種族たちは、僕から見ても容姿以外に大きな違いは無いように思えるが。
「皆様、お待たせいたしました。入場許可をいただけましたので、こちらへどうぞ」
「お、お待ちかねの時間だね~。さ、行こ行こ! あ、そうそう。子どもたちが近寄ってきても、触らないであげてね~」
クウさんの後に続いてグリフォンの牧場へと足を踏み入れると、好奇心旺盛な子どもたちが、僕たちの元へ近寄ってきた。
首を傾げる、その場でぴょこぴょこ飛び跳ねる等の可愛らしい仕草を見て、ついつい手を伸ばしたくなるも、その気持ちを懸命にこらえ、敷地最奥部にある建物の中へと入る。
建物内には瞳を閉じて眠っているものや、大人が子どもの毛繕いをしている姿などの穏やかな光景があった。
「知らない人が入って来ても、大人たちが特に気にする様子はないんですね」
「ボクたちが連れてきた人だから安心って思ってくれているみたいだね~。刺激は与えないようにね~」
大きな音を出す、むやみに触るなどのことをしなければ、グリフォンたちは僕たちのことを認可してくれる。
野生であろうと、人と共に暮らしていようと、ある程度の距離感を保つことは大切なことのようだ。
「あそこの藁の上、見える~? あれがグリフォンの卵なんだ~」
クウさんは足を止め、室内の一画を指さす。
そこには、手のりサイズの白い卵が置かれていた。
「まさかアレから、グリフォンが生まれてくるんですか?」
「そうだよ~。ちっちゃくて可愛いでしょ~?」
あれからグリフォンが生まれてくるとは思えないほどに、小さくて可愛らしい。
だが、小さいということは懸念も抱いてしまうわけで。
「可愛いとかはオイラには良く分かんねぇけど……。あんな小さかったら、親が踏みつけたり、寝返りをうったりしたら潰しちまいそうなんだが。その辺、平気なのか?」
「ああ見えてすっごい頑丈なんだ~。グリフォンは狩りや水浴び以外の時は肌身離さず卵を持ち運ぶ習性があるんだけど、時々、飛行中に落としちゃうことがあるんだ~。それでも卵が割れることはないんだよ~」
ある意味で言えば、小さいからこそ卵が割れずに済むのかもしれない。
重く、大きいほど落下した際の衝撃は大きくなるが、小さければそれは微小に済ませることができる。
空を飛び、卵を持ち運ぶグリフォンだからこその進化と言ったところか。
「ん~……。卵を持ち運ぶってことは、それだけ心配なことがあるってことだよね? あんなに強そうで、空も飛べるのに不安なことって……」
「お、良いところに気付くね~。折角だし、みんなにも参加してもらおうかな~?」
何か催し物でも行われるのだろうか。
こちらとしては、ビーストたちの文化を知るきっかけになるので、是非とも参加させてもらいたいくらいだ。
「なるほど、それならおにーさんたちにもうってつけかもね~。どうしてモンスターたちと心を通わせられるようになったか、その片鱗も分かると思うな~」
ならば、僕が参加をしない理由は微塵もない。
他の皆はどうだろうか。
「オイラは美味いもんを食えて、楽しければなんだっていいぞ!」
「アンタは本当に、どこに行こうと変わんないわね……。でも、面白そうなことに首を挟まないのは、冒険者の名折れよね!」
冒険者コンビのウォルとアニサさんは大きくうなずいてくれた。
「もちろん私も参加する! ビーストさんたちが何をするのか、興味があるし!」
「良い絵が描けるかも」
「ふふ……。みんな参加するって言ってるのに、私一人だけ参加しないのは変だよね。ここでの思い出、作っちゃおう!」
家族も参加表明を出してくれた。
これで憂いもなく、ビーストたちの催し事に参加できそうだと思ったのだが。
「ふふ~ん。参加してくれるのは嬉しいけど、内容を聞いておかなくていいのか~い? お祭りか何かと勘違いしてるみたいだけど、実際のところはモンスター退治だよ~?」
「そ、そうなんですか……? でも、参加するって言っちゃいましたし、興味はあるので」
催し事がモンスター退治だとは思わなかったが、ビーストたちの文化を知れそうなことには変わりない。
問題が起きても手助けができるので、参加意思を取り下げる必要はないだろう。
「ごめんね、脅すようなことを言っちゃって~。でも、おにーさんがいてくれるのなら、ボクも心強いや! もしもの時は、ボクたちの出会いの時みたいに、みんなのことを守ってね~!」
「そ、そんなに危険なことが起こり得るんですか……? それとナナ、あんまりその笑顔は浮かべないで欲しいな……」
ビーストたちに混じり、僕たちはモンスター退治をすることに。
色々と不安を感じつつも、内容を聞くためにクウさんの家へ向かうことにするのだった。