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山の夜

「ほほう、ビーストたちに混じってモンスター退治を……。なかなか大変な出来事に巻き込まれてしまったようですわね」

 夜のヌベスの村にて。僕とプラナムさんは、宴会場から少し離れた場所で、天上に輝く星を観察しながら今日の出来事を報告し合っていた。


 夜の山というだけあり、季節は夏だというのに肌を刺すような冷気が周囲を包んでいる。

 これが極寒の真冬であれば、ビーストたちはどのように寒さをしのぐのだろうか。


 ふかふかの毛に覆われた種族なので、寒さなど気にしたことがないと言われてしまえばそれまでだが。


「まあ、僕たち側からも参加したいと言ってしまったので。それより、飛空艇の方はどうでした? 遥か高空は飛べるんでしょうか?」

「出力は問題ないのですが、強風にあおられた際の姿勢制御に不安があります。長時間その状況に見舞われても問題がないようにしなければ、大空の探索はできませんわ……」

 まだまだ空は僕たちの行く手を阻んでくる。


 この山でも苦戦してるというのに、天上に輝く星々にまで手を伸ばそうと考えたら、一体どれほどの労力と時間をかける必要があるのだろうか。


「とはいえ、もう手立ては考えております。わたくしたちを誘導してくださった飛行部隊、彼らは強風の中であろうと自由自在に移動ができておりました。あれを再現しようと思います」

「なるほど、グリフォンの飛行能力を飛空艇に組み込むというわけですね。僕たちも間近で彼らが空を飛ぶ様子を見てきたので、アドバイスできる部分はあると思います」

 どのように空を飛べばいいのか、どうすれば強風に耐えられるのか。


 更なる技術を持って飛空艇を飛ばせば、大空に浮かぶ何かを探しに行けるはずだ。


「さて。わたくしは飛空艇に戻り、集積したデータの解析と帝都に帰還する準備を始めようと思います。ソラ様も長時間寒風に身を晒し続けることはせず、タイミングを見て皆様の元へお戻りくださいまし」

「ええ、分かりました。それではプラナムさん、お休みなさい」

 配下と共に飛空艇への道を進んで行くプラナムさんを見送り、天上へと視線を向ける。


 アマロ村より空に近いせいか、色とりどりの星々が普段以上に映えて見えるようだ。


「綺麗だけど……。うう、寒くなってきた。僕もみんなの所に――あれ、ナナ? そんなところで何をしているんだい?」

 宴会場へと戻ろうとしたところ、木の陰に隠れてこちらをじっと見つめているナナに気付く。


 後ろ手には毛布らしきものを握っているようだが。


「べ~つに~? せっかくだし、星を見ようかなって思って出てきただけだよ」

「そっか。じゃ、もう少しここに居ようかな。ほら、君もこっちにおいでよ」

 手招きをしながら呼ぶと、ナナは口元を緩めながら歩み寄ってくる。


 彼女は僕に毛布を手渡すと、ぴったりと寄り添いながら天上を見上げだした。


「綺麗……。いままで訪れたどんな場所よりも、星が見えるね……」

「すごいよね。でも、もしも空に大陸があるんだとしたら、もっと星に近い場所でこの光景を見られるってことになる。楽しみだね?」

 ナナの背後にまわり、自身ごと彼女の体を毛布で包む。


 毛布が、彼女の温もりが、僕の下がり始めていた体温を優しく温めだす。


「ソラの体、冷たくなってるじゃない。まあ、そんな恰好で外に居続けたんだから、しょうがないか」

「長いこと話し込んじゃったからね……。プラナムさんにも悪いことしちゃったよ」

 草の上に腰を下ろし、二人で星空を見上げる。


 直前まで一人で見ていた光景と全く同じ。

 されど心に浮かび上がってくる想いは、これまでと異なっていた。


「やっぱり、君と一緒だと同じ景色でも違って見えるなぁ。何でだろうね?」

「ふふ……、聞かずとも、ソラ自身が分かってることでしょ?」

 トンと、ナナが僕の胸に寄りかかってくる。


 景色が違って見える理由など、大切な人と、彼女と共に見ているから以外ありえない。

 いまこの瞬間が幸せだと思っているからこそ、全てが輝いて見える。


 星々はより映えて見え、寒々とした山の景色も愛おしく思えてくるほどだ。


「えっと、その……。ゴメンね。クウさんとのことで、君を何度も不機嫌にさせちゃって」

「ううん。私も大人げなかったって言うか……。ソラの事情も聞かずに怒り出しちゃって、ごめんなさい。クウさんと仲良くしてる姿を見て、なんかもやもやしてきちゃって……」

 直近のことを改めて謝り合い、笑顔で許し合う。


 微塵も知らない男性と、ナナが仲良くしている姿を見れば、僕も確実に不機嫌になるはず。

 大切な人を巡り、嫉妬心を抱くのは、何ら不思議なことではないのだ。


「ん~……。ところでさ、クウさんって男の人なの? それとも、女の人なのかな?」

「分かんないなぁ。確認してみたけど、はぐらかされちゃったからさ……。おにーさんは、どっちの方が好き~? だってさ」

 その後、僕の好きな形で対応してくれればいいと言われてしまったのだが、どうしたものやら。


「女性は女性らしく、男性は男性らしく扱い扱われるのが一番だと思ってたけど……。そういう考えの人もいるってことだね」

「雌雄の判断がつきにくい、ビーストだからこそなのかもしれない。あいまいだからこその表現方法もあるってわけだ」

 性別に合わせて対応を変えるのは大切なこと。


 しかしながら、無理に聞き出すのではなく、相手の振る舞いをよく観察し、それに合わせての言動をすることも大切なのだろう。


「それだけ相手を見ないといけないってことだよね。う~ん……。私、また嫉妬しちゃいそ……」

「いくらでもしてかまわないさ。怒られるのはそりゃ嫌だけど、それだけ僕のことを想ってくれている裏返しだろうしね」

「う~……。正面切って、そういうこと言わないでよ……」

 恥ずかしそうに頬を赤らめ、縮こまるナナ。


 その素振りを愛おしく思いつつ、寒さで赤くなった彼女の耳に触れる。


「……だいぶ冷えてきちゃったね。そろそろみんなの所に戻ろうか?」

「そうだね、戻ろ」

 共に立ち上がり、地上に座する星へと向かう。


 皆の喧噪が聞こえてくるあたりまで戻ってきた頃、僕たちの帰還に気付いたクウさんが歩み寄ってくる。

 何やら笑みを浮かべているようだが、どうしたのだろうか。


「やあ、やあ、おにーさんにおねーさん。どこに行ったのかなって思ってたけど、こっそり逢引きでもしてたのかな~?」

「逢引き!? いや、僕とナナが話している前に――」

「そう! 二人だけで星を見ながらお話をしてたんです!」

 ナナが僕の発言を遮りつつ、腕に抱き着いてきた。


 その大胆な行動に驚きつつ、彼女の有無を言わさぬ瞳にコクコクとうなずいていると。


「やっぱり、おにーさんとおねーさんは恋人なんだね~。そんな雰囲気があるのは分かってたけど、改めて理解するとちょっと寂しいな~」

 発言の通り、クウさんは寂しそうな表情を浮かべていた。


 その表情を見て、どうして僕に好意を抱いてくれたのか疑問を抱いていると。


「おにーさんはね、いまはもういないおとーさんに、なんとなーく似てるんだ~。ボクのことを助けてくれたことや、いろんな人に慕われているところがね~」

 何を言うでもなく、クウさんは自身の過去を語り始めた。


 僕がクウさんのお父さんに似ている。

 そして、もういないということは――


「うん。みんなが手伝ってくれたグリフォンの防衛。ずっと昔に村のみんながそれをしに行ったときに、まだ幼いボクは好奇心のままにこっそりついていっちゃってね」

「ヘビーアナコンダに……襲われてしまったんですか……?」

 ナナの質問に、クウさんはゆっくりとうなずく。


 ヘビーアナコンダは人に襲い掛かることもあると聞いている。

 幼い子どもとならば、彼らとしては格好のエサでしかないわけだ。


「ボクのことに気付いたおとーさんがなんとか逃してくれたんだけど、まだ息があったヘビーアナコンダに、おとーさん、首元を噛みつかれちゃって……。治療の甲斐なく……ね。みんなを導く部族長だったのにさ……」

 その後、亡くなったお父さんの跡を継ぐため、懸命に努力を続けたとのこと。


 棒術の鍛錬に加え、グリフォンたちとの交流。

 時折行われる異種族との会合にも、積極的に参加していたそうだ。


「そのような苦労をされていたのですね……。すみません、私、そうとは知らずに嫉妬心を抱いてしまって……」

「そーなの? でも、二人が恋人なのなら、ボクはおにーさんを横取りしようとしちゃったってことでしょ? おねーさんが謝ることはないと思うよ~?」

 クウさんが僕に強い好意を抱いていたことは確かなようだ。


 気持ちは嬉しいが、その好意を受け取ることはできない。


「大丈夫だよ~。でも、よければまた会いに来て欲しいし、今度はボクもおにーさんたちに会いに行きたいな~」

「もちろんです。あなた方がいつでも自由に訪れることができるように、僕たちも努力させてもらいますよ」

 いつか『アヴァル大陸』で再会することを約束し合い、僕たちは宴会場へと戻ることに。


 嫉妬心が完全に消え去ったのか、ナナはクウさんと積極的に会話をするようになり、楽しそうな笑みを浮かべるのだった。


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 『ビースト族』 

 体長  1.5メール  ~  2.1メール

 体重   55キロム  ~  100キロム

 生息地 『アディア大陸』ビート岩山連峰


 モンスターと共に生きる種族。

 全身が毛に覆われ、かつ獣の耳を有するなど、他の種族とはかなり異なる容姿を持つ。


 部族ごとに異なるモンスターを使役する文化があり、地上を素早く駆けるもの、空を駆るものなどモンスターの種類は様々。

 多様な能力を持つモンスターたちと付き合っていくため、身体能力にも優れている。


 外見からは性別の区別がつきにくいためか、男女を分けるという文化が存在せず、内面を重要視する者が多い。

 同性同士で恋愛に発展することもあり、子を持たずとも、その絆は非常に強きものとなるそうだ。

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