「現在高度7000メール。まもなく、最風速気流地帯に侵入します」
「分かりました。変わらず風速計からは目を離さぬこと、展開翼の準備を」
『アディア大陸』近海、上空7000メール地点。僕たちは、飛空艇に乗って更なる高空へと進もうとしていた。
飛空艇の揺れは現状ほとんどなし。
快適なフライトができており、乗員のほとんどがリラックスできているようだ。
「この高さにまで来たというのに、これと言ったものは見つかりませんわね……」
「いくつかの雲があるだけですね……。標高が高すぎて、鳥の姿も無いようですし……」
本当に大陸があるのであれば、その容姿が既に見えていても良いはずだ。
だというのに見えるのは白い雲ばかりであり、何かしらの物体も見えてこない。
空に大陸があるというのは、所詮うわさに過ぎなかったのだろうか。
「なーんも見つかんねぇとなるとなぁ……。オイラもだんだん暇になってきたぞ」
「招待されている側だってのに、よくそんな口が叩けるわね。飛空艇から放り落とされても知らないわよ」
不満を口にし始めたウォルを、アニサさんがきつく言い咎める。
こんな高空から放り出されでもしたらどうにもできないため、彼も身を震わせながら大人しくなるのだった。
「海水面の確認をした際、面妖な影がありました。この空域に何かしらが浮かんでいるのは確かでしょう。なにか、不自然なものを見つけられさえすれば……」
「見落としがあるのかもしれませんね……。大部分が雲の中に隠されているとか、雲の上に存在しているとか……。そうなると、いまの場所からは探せないのか……」
もっと高空、もしくは雲の中に入らなければ、その何かは見つからないことになる。
前者は飛空艇の改良により可能となったが、後者はいまだ危険な行為。
乱れた気流により機体のバランスを崩し、落下など考えたくはない。
「高度7500メールをまもなく突破します」
「風力、上昇傾向にあります。これより艇の揺れも上昇すると思われます」
「分かりました。皆様、座席にお付きになり、ベルトの装着を。転ばれては大変ですわ」
乗組員の言葉通り、飛空艇の揺れが大きくなった気がする。
立っていられないほどではないが、不意に転ばないとは言えないので、大人しく座っているとしよう。
「やはり、あの雲は……。観測班です。プラナム様、発言宜しいでしょうか?」
「許可します。何か見つけましたか?」
発言許可を貰ったゴブリンの男性が、進路上方右側に見える雲を指さした。
横にかなりの大きさを持つ以外は特に変わった点は無いように思えるが、何か気になることがあるのだろうか。
「大空に浮かぶ雲たちを計測していたのですが、あの雲だけは場所及び形が変化していないようなのです。強風地帯に存在しているので、微塵も変わらないのはおかしいかと」
「なるほど、あれは雲に見せかけた何かではないかと。近づいてみる価値はありますわね。進路修正、横に大きく広がる雲の上空へと向かいますわ!」
進路を修正した飛空艇は、不思議な雲めがけて飛んでいく。
距離が近づくたびに大きく広がっていくように見えるが、報告に合った通り、変化自体は無いように思える。
肉眼であっても分かるほどなので、何かしらの秘密があの雲に隠されているのは確かだろう。
「高度8500! 機器に異常はありません!」
「進路そのまま! さあ、雲を乗り越えますわよ!」
飛空艇は白い雲を飛び越え、大きな窓には真っ青な空が映りこむ。
雲の上空には何もない。
ならば、雲の表面はどうだろうか。
艇底を見られるモニターに視線を移すと。
「見つけた……! ありましたわ! 空中に広大な大地が! これが探し求めていた空中大陸です!」
土も、水も、緑までもがある広大な土地が、雲の上に広がっていた。
大地には色とりどりの草花が咲き乱れ、豊かな水を蓄えた泉や穏やかに流れる川もあるようだ。
「すげぇ……! すっげえええ!! 本当にあったんだな! でも、何で大地が浮いてんだ!? 何でこんな高いとこにあるんだ!?」
「分からない……! 私だって、何にも分からないわよ! でも、こんな光景が見られるなんて……! 感激なんて言葉じゃ言い表せない……! 歩き回りたくてしょうがないわ!」
ウォルとアニサさんが大興奮し始める。
冒険をしているわけではない僕でも強く興奮しているのだから、冒険者である彼らの心は激しく沸き立っていることだろう。
「大陸が見つかったの!? どこ!? あ、あれがそうなの!?」
「すごい光景。このまま絵にしたい」
自室で待機していた妹たちも、目を輝かせながら操舵室へと入ってきた。
部屋の入り口に目を向けてみると、そこにはナナの姿もあるようだ。
「あれが空の大陸……。綺麗な土地だね……!」
「うん、感動的だよ――って、あれ? そういえば揺れは?」
家族たちが室内へと入ってきたわけだが、微塵も歩きづらそうにしていない。
よくよく意識を傾けてみると、飛空艇自体の揺れが無くなっているようだ。
「気流が安定したようですわね。空気成分及び空気量も地上の物と全くの同一。高空ながら、ここは地上と同じ環境を有しているようです」
「地上と同じ……。僕たちとしては助かりますけど、一体どうして……」
分からないことだらけだが、地上と同じように活動ができるのであれば、探索もいつも通りにできる。
調査が目的の僕たちにとっては、これ以上ないほどの朗報だ。
「何はともあれ、着陸可能な土地を探さねばなりませんが……。ふむ、あの川沿いが良さそうですわね。着陸準備を始めましょう」
プラナムさんが乗組員たちに指示を出し、大地へと飛空艇を寄せていく。
振動と共に大きな音が鳴り響き、駆動音が小さくなる。
僕たちは無事、空に浮かぶ大陸にたどり着くことができたようだ。
「うおおおお!! 早く出入り口を開けてくれ! 早く、早く!」
「こんなに冒険心を煽られるのはいつぶりかしら……!」
飛空艇の乗降口に移動しつつ、催促を始めるウォルとアニサさん。
つられて妹たちもそちらへ移動したようだ。
「ふふ……。わたくしも、これほどまでに高揚するとは思いませんでした。ハッチを開けなさい。これから、空中大陸の探索を始めます!」
皆が乗降口にたどり着くのとほぼ同時に、外への出入り口が開かれる。
僕たちは差し込む光を通り抜け、草花が咲き乱れる美しい大地に降り立つのだった。