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風狼フェンリルの頼み事

「でっけぇ……。モンスターでもこんなの見た事ねぇぞ……」

「見た目だけなら、コボルトとかのオオカミ系モンスターを巨体にしたようなものだけど……。何というか、敬わなきゃいけないというか、不思議な感覚が湧いてくるわね……」

 僕たちを見つめる緑色の巨大なオオカミ、フェンリル様。


 『聖獣』の一翼であり、『インヴィス空中大陸』を見守る存在とのことだ。


「フェンリル様、お久しぶりです!」

「おお、君はパロウだったかな? 久しぶりだね。お客人を案内してくれてありがとう」

 パロウ君がポケットから飛び出し、フェンリル様と挨拶を交わしている。


 エルル大森林に住まうニーズヘッグ様とは異なり、多くのリリパットたちと交流をしているようだ。

 『聖獣』に関する話題は、『アヴァル大陸』や『アイラル大陸』では聞いたことがないので、このスタイルの方が珍しいのだろう。


「君たちの名は何というのかな? 差し支えなければ教えてくれないかい?」

「わ、分かりました。僕の名前はソラです。みんなもお願い」

 フェンリル様に促され、一人ずつ自己紹介を行っていく。


 本来であればウォルやプラナムさんが饒舌になる場面なのだが、今回ばかりは自身の名前しか伝えることしかしなかった。

 緊張しているのか、気圧されているのか分からなかったが、まさか二人がそのような状態になるとは。


「さてと。早速話をしたいところだが、幾人かは我々について知らない者もいるようだね。まずは『聖獣』について、説明をさせてもらうとしようか。既に知っている者も、確認のために聞いておいてくんだよ」

 既に聞き及んでいる話が、再びフェンリル様から紡がれる。


 ウォル、アニサさん、プラナムさんの三人が浮かべた驚愕の表情は、僕たちがニーズヘッグ様と出会った時に浮かべた表情と同じだろうか。


「各大陸を守護してる……。『アヴァル大陸』にも同格の存在がいるなんてね……」

「つまり、向こうでもまだ見ぬ感動があるってわけだ! く~! ワクワクしてきたぜ!」

 驚愕の表情を浮かべていたのもどこへやら、ウォルとアニサさんは期待に満ちた表情を浮かべ出す。


 語られた真実に驚くよりも、まだ見ぬ冒険があることに喜びを見出したようだ。


「ははは、面白い子たちだね。なるほど、遥か高空にまで来るだけはあるようだ。しかし、ここまで上がってくるのはかなりの苦労だっただろう。中央地帯に置いてある機械、あれを作ったのは小さなお嬢さんかな?」

「は、はい。多くの者の力を借り、あれを開発いたしました。特に、そこにおられるソラ様のご協力が無ければ、いまだ地上で苦心していたと思います」

 プラナムさんの紹介により、フェンリル様の興味が僕に向く。


 しばらくじっと見つめられた後、彼の口がゆっくりと動きだす。


「多くの人に力を貸してきたようだね。それでこそ英雄の剣を握る者だ。そんな君に、少々頼みたいことがあるのだけど、いいかな?」

「お聞かせください。僕――いや、僕たちの力でできることであれば、尽力させていただきます」

 ニーズヘッグ様の時は『世界樹』に登り、英雄の剣を回収することになったが、今回は何を頼まれるのだろうか。


「この大陸は三つに分割されていることは理解しているね? 君たちが歩んできたであろう西と中央の二つ。そして、東に一つ。君には東の大地に向かってもらい、そこに棲み付いたモンスターを移動させてほしいんだ」

「東にも行くつもりではありましたから、それは構いませんが……。退治ではなく、移動とはどういうことでしょうか?」

 今回もまた、グラノ村の一件と似たような問題が起きているのだろうか。


 モンスターの営みが人や世界に利益をもたらすことは、僕の想像以上に存在しているのかもしれない。


「そのモンスターは、私と同様にこの大陸を守っているんだ。まあ、向こうは自身の縄張りを守ろうとしているだけなんだろうけどね。私が動くと、多くの存在を傷つけかねない。見守る者が破壊者となっては意味がないだろう?」

「理解できなくもねぇが……。いや、待てよ? つーことは、周囲を覆っている竜巻は、あんたを守っているわけじゃなく、あんたを外界から隔離してるってことか?」

 ウォルの質問に、フェンリル様は大きくうなずく。


 『聖獣』という強大すぎる力を持つ存在だからこそ、易々と力を振るうわけにはいかない。

 どうしようもない時は動くだろうが、基本は見守る形に徹しているようだ。


「私は竜巻を生み出し、内側で暮らすことで力を隠している。この大陸の空気成分が地上と全く同じになっているのは、これを生み出した際の余剰分と言ったところだね」

「余剰分だけでこれほどの環境を作り上げているのですか……。つまり、魔力にはゼロに近い状況から環境を生み出すほどの力があるということ。利用次第では……」

 この大陸の環境が生まれた理由を聞き、プラナムさんが何やらぶつぶつと呟きだす。


 また何か、新しい研究案が思いついたのだろうか。


「この大陸が浮いているのは、あなたの力のおかげなんですか?」

「いや、それに関しては別に理由があるのだが……。すまないが、私の願いを優先させてくれかい? 時間をかけすぎると、面倒ごとになりかねないからね」

 良くは分からないが、何かしら切羽詰まった状況に陥っているらしい。


 ならば僕たちから質問をすることは一旦止め、依頼について詳しく聞くとしよう。


「受け入れてくれて、感謝するよ。モンスターを移動させてほしいと言った理由だが、ここしばらく調子が悪いように見えたから。しばし体を休めてもらおうと思っているのさ」

 言うなれば、休暇に入ってもらおうと考えているのだろう。


 いくらモンスターであろうと、体調を崩せば本来の役割は達成できなくなる。

 適度な休息はどんな存在にも必要なことだ。


「ただ、僕たちの言葉に耳を傾けてくれるのでしょうか? 理解もしてくれるかどうか……」

「件のモンスターはドラゴン系。人の言葉を話すことはできないが、理解することはできるのさ。耳を傾けてくれるかどうかは――そうだね、私の毛を持っていくといいといいだろう」

 フェンリル様は自身の腕に生えた毛に噛みつき、それをむしり取る。


 口から離れたそれは、まるで風に飛ばされる草のように、ふよふよと僕の手めがけて移動してきた。


「その毛があれば、きっと受け入れてくれるはずさ。彼の存在の名はティアマット。黒き竜だよ」

「ティアマット……。分かりました。移動させる場所はここで良いでしょうか?」

「ああ、それで構わない。依頼が終わったら、君たちの疑問に答えることに加え、贈り物をしたいと思う。君たちが戻ってくるタイミングを見計らって竜巻を解除しておくから、忘れずにここに来るんだよ?」

 コクリとうなずき、英雄の剣を鞘から引き抜いて竜巻へと向ける。


 風の壁に再び穴が穿たれ、僕たちが進める程度の道が現れた。


「ふふ、吸収能力は問題なく扱えているようだね。道中、気を付けて行っておいで」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

 風の壁に開いた穴を広げつつ、竜巻の外へと向かう。


 無事脱出できた僕たちは、再び飛空艇に乗り込み、依頼にあった東の大地めがけて空を駆るのだった。

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