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東の大地での争い

「違和感を抱く光景ですわね……。狭い土地だというのに、あれほど巨大な岩があるとは……。あの上に黒い鱗を持つ、ドラゴンらしき何かが居座っているようですが……」

 飛空艇に取り付けられている機材を使用し、大地の様子をうかがう。


 これまでに見てきた、『インヴィス空通大陸』のどの土地よりも遥かに小さい大地と、その中心に存在する巨大な岩。

 プラナムさんと同様、僕の心も違和感を訴えているようだ。


「カメラ、拡大します。あれはワイバーンに属するタイプのようですね」

 モニターに拡大された個体は、以前『アイラル大陸』で戦ったドラゴンや、ニーズヘッグ様とはまた異なる形状をしている。


 既に見てきている個体たちは翼の数が二枚、足が四本。

 今回は翼が二枚、足も翼同様二本のようだ。


「ワイバーンを見るのは初めてだよね……。確か、空を飛ぶ能力に長けてるんだっけ?」

「あの大きな翼なら、どんな気流に巻き込まれても自由に空を飛べそう」

 岩の上で眠るモンスターは、強力な種族であるドラゴン系だというのに、妹たちは警戒心を抱いているように思えない。


 フェンリル様から貰ってきた毛があるので、戦いにはならないと考えているのだろう。

 だが、いくらあの方からのお墨付きがあっても相手はモンスターなので、最低限の警戒くらいはして欲しいのだが。


「おい、おい。気負う必要はないが、油断はすんなよ? 相手はモンスターなんだからな」

「え? あ、そっか……。会話をするための道具があるとはいえ、友好的とは限りませんもんね……。すみません」

「ティアマットの前にたどり着いた瞬間、かじられる可能性もあった。注意してくれてありがとう」

 ウォルが注意してくれたことにより、レイカたちの表情が引き締まる。


 楽しさや好奇心に導かれて行動をする彼だが、モンスターへの警戒心が弱いわけではない。

 むしろ冒険者としてモンスターたちと戦ってきた経験があるからこそ、一線を引いている部分があるのだろう。


「あまり近寄りすぎると、飛空艇に攻撃してくる可能性もありますわね……。モンスターから最も離れた平地に着陸すると致しましょう。わたくしたちはいざという時に飛空艇をすぐに動かせるよう、待機していますわ」

 飛空艇は大地へと降り立ち、僕たちは大地を歩き出す。


 ティアマットがいる場所からあまり距離が無いというのに、こちらを警戒してくる様子が微塵もない。

 飛空艇の飛行音や、着陸音が聞こえていないはずがないのだが。


「体調を崩しているように見えたとフェンリル様は言ってたわよね。こんなに近づいても動き出さないことから判断するに、実際のところはかなり体調が悪いんじゃないかしら……」

「可能性はありますね……。私の薬で、少しでも体調が戻ると良いんですけど……」

「最悪、飛空艇で運ぶことも考えた方が良いかもね……。睡眠薬はある? お姉ちゃん」

 ティアマットが動き出さないことに、皆も違和感を抱いているようだ。


 何が原因で体調を崩しているのかは分からないが、動けないほどとなると――


「ギャオオオ!!」

 突如として、巨大な咆哮のような音が辺り一帯を包み込んだ。


 その音に驚いた僕たちは地面に伏せ、周囲の警戒を始める。


「な、なんだ、いまの!? ティアマットか!?」

「分からない……。けど、急にこんな声を出すな――あ! あそこを見て!」

 岩の中心部で眠っていると思われたティアマットが、黒い鱗で覆われた翼を羽ばたかせ、浮き上がっていく姿が見える。


 ただ、その羽ばたきには力がなく、強大なドラゴンとはとても思えない。

 僕たちに注意を向けているわけではないようだが、一体どこへ向かうつもりなのだろうか。


 しばらく警戒と観察を続けていると、突如として上空で光が瞬いた。

 何かと思い、首をかしげていると、それは巨大な熱線となってティアマットめがけて落ちてきた。


 熱線は右翼をかすめ、全く威力が落ちることなく大地へと落着する。


「うわあああ!?」

「きゃあああ!?」

 僕たちから離れた場所へと落ちた熱線は強烈な爆発を起こし、砕けた大地と共に爆風が襲い掛かってきた。


 あらかじめ地面に伏せていたおかげで被害が軽微で済んだが、立ったままであったら遥か遠方まで吹き飛ばされていたことだろう。


「んだよあの光……。ここからは見えねぇが、地面に巨大な穴ができちまったんじゃねぇか……?」

「そんな訳ない――なんて、言えないわね……。あんな強力な攻撃……なのかしら? ともかく、初めてよ……」

 衝撃のせいだろうか、体の各部がしびれているような感覚に襲われる。


 もしもあれが直撃していたら、直撃せずとも近くで喰らっていたら。

 少し違うだけで、僕たちは生きていなかったであろう事実に体が震えだしそうだ。


「見て! ティアマットが光の出元に向かって飛んでいく!」

「そこに何かいる? 太陽の光が反射してるみたいだけど……」

 大空を見上げると、ティアマットが羽ばたき続けている様子が見えた。


 光が発せられた場所に、一体何がいるのだろう。

 再び咆哮がくり出され、衝撃で白い雲が吹き飛ばされると、そこから光線を放った主の影が現れた。


「翼が二つに足が四つ……。白い鱗のドラゴンだ!」

「ウソでしょ!? またドラゴンが現れたっていうの!?」

 空で雄々しく咆哮を上げる真っ白な鱗を持つドラゴンと、それに向け、同じく咆哮を上げながら突進していく黒い鱗を持つティアマット。


 両者は空中で衝突し、激しい戦闘が開始された。

 ドラゴンが爪を振り下ろそうとすると、ティアマットは翼で弾く形でそれを防ぐ。


 ティアマットは器用に身を翻し、鋭利な尾を突き刺すように攻撃を仕掛けると、ドラゴンは長い尾を振り回してそれをはたき落とす。


「何て戦いだよ……! 両方とも、以前戦ったドラゴンと比較にならないほどに強ぇぞ!」

「でも、白いドラゴンの方が有利みたいよ……。ティアマットは不調な上に、上を取られてる。あれじゃ、すぐに勝負が……」

 アニサさんの言う通り、ティアマットが押され出す。


 自らの攻撃は届かず、相手の攻撃を防げない。

 肉体を傷つけられ、翼に穴を開けられ、体力を使い果たしてしまったらしく。


「あ……! あれじゃ、落っこちちゃう……!」

 バランスを保てなくなってしまい、空から大地めがけて落ちてくる。


 姿勢を戻そうと何度も羽ばたいているようだが、終ぞその体が宙に浮くことはなく――


「ギャウ……! グガ……!」

 巨大な岩の上にティアマットは落着し、こちらへと転がってくる。


 ドラゴンの生態にはいまだ詳しくないが、重傷を負ってしまったのは確実だろう。


「ティアマットさんが……! ソラお兄さん! ケガの確認をしないと!」

「わ、分かった。ナナ、一緒に!」

「う、うん!」

 転がり落ちてきたティアマットの元へ向かい、ケガ及び容体の確認を行う。


 出血自体もかなりあるが、何より衰弱が酷い。

 呼吸はできているようだが、もはや限界寸前としか思えない状態だ。


 大ダメージを受けたことは確かだろうが、なぜここまで弱っているのだろうか。


「何……? この魔力の量……。こんなの、感じたことがない……」

「ナナ? 何か分かっ――」

「ソラ! ドラゴンがこっちにくんぞ!」

 ウォルの声で大空を見上げると、白いドラゴンが垂直に落下してくる姿が見えた。


 恐らくは追撃をするつもりなのだろう。

 いくらこの大陸に味方する存在であろうと、モンスター同士の争いに僕たちがしゃしゃり出るのは良くない。


 ナナを伴ってティアマットから離れようとしたその時、白いドラゴンの光り輝く体から飛び降りる影が見えた。

 影はこちらめがけて落ちてきている。


 目を凝らし、それの正体を見破ろうとして――


「そんな、あれはまさか……。ナナ、パロウ君を連れて離れるんだ! プロテクション!」

 剣を抜き取り、ティアマットごと自身を防御魔法で包み込む。


 落ちてきた存在は僕の防御魔法に衝突し、激しい衝撃を周囲に散らす。


「どうして、あなたが……! なぜ、ここにいるんですか……!」

「それは私の台詞だ……。まさかお前もここに来ていたとはな」

 長い黒髪をまとめ、背中側へ一本に垂らした女性。


 赤い鎧を身に纏っているという違いはあるが、間違いない。

 彼女は、彼女は――


「まだ、復讐心は消えていないのですね……! 先輩……!」

 僕と共にチームを組んで戦ってきた魔法剣士、ウェルテ先輩だった。

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