「再会できたことは嬉しいが、いまはそのような感傷に浸っている場合ではないな。そこをどけ、ソラ」
空から落下してきたウェルテ先輩が、防御壁に剣を突き立てながら冷たく言い放つ。
激しい衝撃を受けた影響で、壁にはヒビが入っている。
この攻撃を続けられれば、長時間と持たないだろう。
「おい、ソラ! そいつは誰だよ!? 敵だっつーんなら、オイラも戦うぞ!」
「ええ、何が何だか分からないけど、私たちも――」
「ダメです! みんなは手を出さないで!」
ウォルとアニサさんが助力を願い出てくれたが、それを拒む。
目の前にいるのは敬愛する魔法剣士。
その人が過ちへと進もうとしているのなら、この僕が止めなければ。
他人に任せるなど、できるわけがない。
「剣を引くのなら、この防御壁を解除します……! なぜ、モンスター同士のいさかいに、あなたが首を突っ込むのですか……? なぜ、ドラゴンの――モンスターの背に乗って現れたんですか……!」
先輩は何をしにここに来た? なぜ、モンスターと共に現れた?
モンスターを倒すために、モンスターの背に乗ってここに来るなど意味が分からない。
「あの方はモンスターではない。『聖獣』と言えばお前も分かるだろう?」
「あ、あのドラゴンが、『聖獣』……!?」
見上げると、白いドラゴンがこちらの様子をうかがっていた。
あれもまた『聖獣』の一翼を担う存在。
なぜこの空に、二体も『聖獣』がいるのだろうか。
「私は光竜バハムートと共にモンスターどもを狩っている。六年前の事件を繰り返さないためにな。理解したのなら、さっさとどくんだ」
「光竜、バハムート……。ここに来た理由は理解しました。ですが、僕が退く理由にはならない。なぜ、ティアマットを狙うのです!? このモンスターは、『インヴィス空中大陸』を守っているんですよ!」
先ほどティアマットがバハムートとやらと戦ったのは、自身の縄張りを守るためだったのだろう。
結果的にとはいえ、大陸を、地域を、人を守ってくれているモンスターを人が手にかけるなど、六年前の事件が理由だとしても許されることではない。
「そのモンスターは凶暴化する寸前。六年前の出来事を繰り返す存在になりかけているんだ」
「ティアマットが!? で、でもここには……!」
ティアマットが凶暴化しかけているとなると、どこかに魔力結束点があるはず。
それが無ければ、自然界の環境でモンスターが凶暴化することはないのだから。
「ううん、ある……。かなり弱いけど、魔力が噴き出している場所があるみたい……」
「ナナ!? 分かるのかい!?」
ナナに確認を取ると、彼女は巨大な岩の頂点を指さした。
あそこは確か、ティアマットが体を休めていた場所。
いくら弱い魔力であろうとも、それが吹き出る場所で休み続けていれば、次第に体は蝕まれることになる。
フェンリル様がティアマットを移動させようとしたのは、魔力の浸食が進んでいたことに気付いたから。
複数の状況証拠が、予断を許さない状態に至っていると訴えていた。
「まだ、ティアマットは正気を保っているはず……。この場から移動させれば……。魔力の調整をすれば……」
「そんな悠長な真似をしている暇があると思うか? 命を奪えばそれで全てが終わる。さあ、防御壁を解け。私が一息に斬ってやる」
ティアマットが倒されてしまえば、フェンリル様からの依頼を失敗することになる。
『聖獣』からの頼みごとを達成できない。
英雄の剣を使えば、魔力の調整ができるかもしれない。
僕に与えられたものたちが、思考を鈍らせていき――
「バリアクラッシュ!」
「ぐ……! ソラ、何を……!?」
破壊されかけた防御壁に魔力を送り込み、先輩ごと大きく吹き飛ばす。
例え彼女と戦うことになろうとも、できることがあるのにそれをしないわけにはいかない。
ティアマットが有してしまった魔力を調整し、体調を戻すことができさえすれば、万事解決だ。
「レイカ! ティアマットに英雄の剣を使ってあげて!」
英雄の剣を鞘ごと腰から抜き取り、レイカに投げ渡す。
彼女は動揺しつつもそれを受け取り、ティアマットの元へ移動を始めてくれた。
「わ、分かった! 剣身を触れさせるだけで大丈夫だよね!?」
「それで良いはず! そっちはたの――させません……!」
発言を終わらせる間もなく、先輩がティアマットめがけて突進していく姿が見えた。
その移動に割って入り、彼女が持つ剣めがけて剣を振る。
「……なぜだ、ソラ。どうして私と戦う? お前がモンスターをかばう理由はなんだ?」
「この大陸の『聖獣』様からの依頼を受けています……! それに、この大陸に害を為すモンスターではないらしいので――うわ!?」
かなり力を込めているというのに、先輩の振り払いに負けて弾き飛ばされてしまう。
単純な力なら僕の方が上のはず。
だというのに力負けしたのは、彼女の倒すという意思が、僕の守るという意思を超えていることになる。
「つまり、他者からの指示でモンスターを守っていると。舐められたものだな。そんな消極的な理由で、私に勝てると本気で思っているのかッ!」
先輩は僕に急速的に接近し、激しく剣を振り下ろしてくる。
その激しい剣圧に押され、いつも以上に体力がすり減っていく。
五回、十回と剣を打ち合うだけで額からは汗が吹き出し、呼吸は乱れだした。
「そ、ソラ……」
「し、心配しないでよ、ナナ……。命の取り合いをしてるわけじゃないんだ……。そんな顔をする必要は――うわ!?」
喉をかすめるように先輩の剣が通り過ぎる。
少しずれていれば、僕の首は宙に舞っていたであろう一撃。
当たれば確実に致命傷になる技ばかり繰り出されるが、避けられない、防げないというわけではない。
「私を止めたいのだろう? ならば、私の命を奪う気でこい。これは模擬戦ではないぞッ!」
「せ、先輩だって、本気で戦ってないじゃないですか……! 人のこと、良く言えますね!」
反撃として袈裟切りを行うと、僕の剣は先輩の防御をすり抜け、彼女が纏う赤い鎧に直撃した。
彼女が本気で戦っていれば、この程度の攻撃は容易く防がれ、もっと素早く、もっと精密な攻撃が僕に襲い掛かってくるだろう。
どこか加減をされているような感覚があるのは、気のせいではないはずだ。
「本気で戦っていない……か。ああ、そうだ。お前と本気で戦えるわけがない。こうして口論するのも嫌なくらいだ。頼む、ソラ。剣を引き、仲間たちと共にこの場から去ってくれ」
「いくら先輩の言葉でも、それは飲み込めませんよ……! 戦いたくないと言うのなら、先に手を出したあなたが剣を引いてください……!」
交渉はまとまらず、僕たちは再び剣をぶつけ、幾度となく鍔迫り合いを行う。
先輩も息が上がってきているが、それ以上に僕の体は疲労困憊に近づいている。
もはや押し合いすらできない状態だ。
ついには弾き飛ばされてしまい、地面に転がってしまう。
「……なぜだ、ソラ。どうしてお前は私の言うことを聞いてくれないんだ。私はお前のことが、心配で、心配でたまらないというのに……!」
「心配してくれるのは……。ぜぇ……。う、嬉しいですけど……。こんな形は望みま……せんよ……。あ、あなたには立派でいてもらいたい……。いつまでも、敬愛する先輩であってほしいから……!」
復讐心のまま、モンスターを退治し続ける先輩など見たくない。
無数に叱られつつも僕を見守り、導いてくれた彼女こそが一番なのだから。
「それじゃダメなんだ……。それではお前を守れない。お前をモンスターたちの魔の手から逃がせない……! 六年前の時の父さんのように、お前を、家族を失いたくないんだ……!」
「かぞ……く……? 先輩……何を言って……?」
なぜ、僕がケイルムさんと同じ立ち位置にいる? なぜ、僕が家族と呼ばれた?
同じチームに所属していたとはいえ、先輩が漏らしているこの感情は、あまりにも重過ぎる。
「私がモンスターを倒す理由、それは敵討ちだけじゃない……! お前を……! 血を分けた弟を守るのは、姉の務めだからな……!」
「は……? え……?」
言葉の意味が分からず、脳が思考を停止していく。
先輩が僕の姉だと言うのならば、ケイルムさんは、マスターインベルは――
「お前の真の名はソラ=レジナ。私と同じ、レジナ家に連なる者だ……!」
突き付けられた真実は、あまりにも残酷な物だった。