「な、なんで目の前に僕が……? しかも、ホワイトドラゴンの姿と混ざり合っているなんて……」
ホワイトドラゴンの特徴を有した僕が、目の前でくるくると動き回っている。
暗闇に心を砕かれ、幻覚を見ているにしては、あまりにもはっきりしすぎだ。
珍妙な現象だが、一体どうなっているのだろうか。
「ま、目の前に自分とほとんど同じ人が現れるなんて、そうそう体験できることじゃないやな。体を借りさせてもらった俺が言うのもなんだが、不気味な感覚だぜ」
「か、体を借りた!? で、でも、僕の体はちゃんとあるのに……!」
僕の体を借りたと言うのなら、この肉体が無くなってなければおかしいだろう。
だが、頬を触れる手の感覚はきちんとある。
暗い闇を踏みしめている足の感覚も絶対にある。
目の前にいる人物は一体何者で、何を目的に僕の体を真似し、目の前に現れたのだろうか。
「俺のいまの姿は、お前さんのもう一つの現在ってところだな。いわゆる、もしもの姿って奴だ。お前さんの中でこの種族がはっきりと生きているからこそ、明確な形を持って、その姿を借りれたのさ。分かった?」
「は、はぁ……。いまいちよく分かりませんでしたけど……。僕の中にはヒューマンとホワイトドラゴン、二つの種族が存在しているということでしょうか?」
なぜそんなことになっているのか、心当たり自体はある。
生まれてから物心がつく前まで、僕の頭部を覆っていたのは白い髪だと聞いている。
その後は完全な黒髪となり、いまは再び、白髪が黒髪を浸食してきている状態だ。
二つの種族が体の内に存在しているというのは、決してうなずけない話ではない。
「おっとっと、自己紹介がまだだったな。俺は『神族』のアヴァ。かつて『アヴァル大陸』に住む人々を見守っていた存在さ」
「『神族』って……! 確か、ニーズヘッグ様の説明にあった……!」
「へえ、あの子が俺たちのことをお前に話したのか。かなりの人見知りだったってのに、ずいぶんと変わったじゃないか。おっと、お前の自己紹介は要らないぜ。体を借りたことで、ある程度のことは理解したからな」
目の前にいる人物が『神族』だという事実にも驚いたが、ニーズヘッグ様があの子と呼ばれたことに何よりも驚く。
まさか、あの方の幼い時を知っているのだろうか。
「おう、知ってるぜ。あの子どころか、他の『聖獣』たちの幼い頃もな。ま、いまはそんな話はどうでもいい。こうして人と話せるのは超久しぶりだからな! どしどし質問とかしてくれよ!」
暗闇にどかりと腰を下ろして胡坐をかき、膝に肘を付けて頬を乗せるアヴァ様。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて僕を見上げる彼の姿は、人々を見守る存在というより、長年を共にした悪友のようだ。
「質問……。なら、この場から抜け出す方法を教えていただけないでしょうか。皆の場所へ、急いで戻らないと」
「え~? 俺が質問を許可してるってのに……。そうだな~、お前は三つ目にその質問をするみたいだから、あと二つ質問しろ」
「み、三つ目? あと二つ質問しろって言うのもよく分かりませんが……。えっと、あなたはあなた自身を『神族』と称しましたが――」
ウェルテ先輩が纏っていた鎧は、元々は『神族』が与える物だと聞いている。
あれは、彼が与えた物なのだろうか。
「いや、違うな。確かにあれは俺たちにしか作れない物だが、俺たちにあれを渡せる者は現状いない。お前の姉とやらと共に居た、バハムートが渡したんだろう。あの子が認めたってことは、相当な実力者ってことだな!」
「やはり、バハムート様のことも……」
「当然だ。あの子が『聖獣』と呼ばれるようになる以前から知ってるぞ。あの時とは全く異なる姿になってしまったが、なるほど、何よりも力を望んだあの子らしい姿だ」
全く異なる姿とはどういう意味だろうか。
『聖獣』になる前から知っているという言葉から判断するに、子どもの竜の姿から、いまの勇ましい姿へと変化したのを見て、驚いたと読み取ることはできるが。
「では、二つ目を……。なぜ、僕の前に現れたのですか? 話しぶりから察するに、あなたは既に過去の人のようですが……」
「ああ、俺は既に現世にはいない。こうして現世と常世の狭間に陣取り、俺たちの役目を引き継ぐ者を探しているのさ」
神たちの役目と言われても全く想像がつかない。
だが、それを為す者を探すためにこの場に居座り、僕の目の前に現れたということは。
「お前は俺の後継者候補ってわけだ。が、お前はまだ多くのことを知らない。旅を続けて世界を知れ。俺たち神のことを知り、未だ見ていない『聖獣』たちを見てこい」
「旅を続ける……。僕に、それが可能なんですか? ここに来る寸前に、胸を貫かれて――」
あの瞬間を再び思い出したことで、強い吐き気が襲い掛かってくる。
消えているはずの胸の痛みが再燃し、足や手の感覚を奪い出す。
視界が明滅し、再び意識が消えかける。
「想像通り、三つ目にその質問をしてくれたな。いまのお前は、かろうじて生きているという状態だ。本来ならば確実に命を落とす状況だが、仲間たちがお前を復活させようと尽力しているようでな」
「仲間たち……。みんなが僕のために……」
ならばこそ、ここから脱出しなければならない。
だが、どこに行けば? どう暗闇を進めばいいのだろうか。
「空に輝く星は、いくつか異なる特徴があってな。自ら光を発するものもいれば、光を発せないものもいる。そういったものは、光を浴びることで他の星々以上に明るく輝く。今回、お前が探すべき星は後者だろうな」
「は、はあ……?」
アヴァ様は何を言っているのだろう。
天上を見上げても、星など何一つ見えないというのに。
「少し前までは見えていただろう? なのに、いまは見えない。それは、お前が生きようとする意志を失いかけているからだ。お前がその意思を強く持つほど空は輝きだす。お前が探すべき星も姿を現すだろう」
この闇しか見えない空に、再び星を灯していく。
そうすれば、僕が帰るべき場所に帰れるということか。
「さて、三つの質問も終わったわけだし、俺は一旦消えるとするか。次に会うタイミングまでは分からないが、それまで有意義に生きてくれよ?」
「次って……。また、会えるんですか?」
「おうとも。しばらくはお前の中に留まるつもりだからな。次の時は、もっと質問を用意しておいてくれ。お前とはもっと、もっと、話をしたいからな!」
アヴァ様がそう口にした瞬間、彼の形が崩れて光の玉へと変化した。
その光はふよふよと宙を漂いつつ、僕の元へと近寄ってくる。
「お前が最も愛している者が、身を挺してお前を救おうとしている。その者を救いたいのなら、望み続けろ。欲望がお前のさらなる原動力となり、世界を変える力となるだろう」
「え? ま、待ってください! それって……!」
僕の呼び止めは届かず、光は胸の中に戻ってしまった。
もう、彼の声は聞こえてこない。
再び僕は孤独になってしまった。
「身を挺して僕を……。まさか、ナナが……?」
僕が命に関わりかねない状態に陥れば、ナナは必ずそれをするはず。
そんなことをさせぬよう、僕は魔導書を破って隠したというのに。
「……さすがはナナ。とっくに魔法の使い方は覚えていたってわけか。じゃあ、今度は僕が助けないと」
カバンの中に、あのページをしまい込んでいる。
それを読みながら魔法を発動すれば、ナナを助けることができるはずだ。
「僕を見守ってくれている人がいる。僕を助けてくれようとしてくれる人たちがいる。それだけで、僕はこの暗闇を歩いて行ける」
小さく息を吐きながら天上を見上げると、色とりどりの星々が輝きだしていた。
まだ光は弱い。星をもっと増やし、僕が探すべき星を見つけなければ。
「元の世界に戻ったら、みんなにお礼を言わないと。謝る必要もあるよね」
プラナムさん、アニサさん、レンが、僕の延命処置を行っているはず。
ウォル、レイカ、ウェルテ先輩が、僕を飛空艇に連れて行ってくれているはずだ。
「ナナ。僕は君をどう助けてあげればいいかな? 僕が君に魔法を使っても、また君が魔法を使っちゃうだけだよね? それじゃ、共倒れになるだけだよね?」
ナナが使うであろう魔法は、命を落とした他者に生命力を譲渡する効果がある。
使用された側は譲渡された生命力を糧に再起ができるのだが、決してリスクなく回復を行えるというわけではない。
使用した側は生命力が枯渇し、ほどなく命を落とす犠牲の魔法なのだ。
「聡明な君のことだ。僕が蘇生魔法の使い方を隠したことも、もう分かってるよね? それなのに、君は僕にそれを使った。何か考えがあるんだよね?」
いま思えば、ナナの自室に蘇生魔法が書かれた魔導書を分かりやすく置いてあったのは、僕にそれを使われても問題ないと判断したからだろう。
言うなれば、蘇生魔法のデメリットを抑え込む方法を思いついていたということだ。
「僕は君を信じるよ。君を助けるために、君に会うために、君と生きるために! 僕はこの場を抜けて見せる!」
その瞬間、天上が強く光り輝く。
見上げると、星々の中心に大きな満月が出現し、僕のことを強く照らしてくれていた。