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二つの命

「うう……。あ、あ……?」

 うめき声を上げながら瞼を開くと、鉄で覆われた天井が目に入った。


 寝起きのせいか、弱い明かりですらとてもまぶしい。

 右手を額に置き、少しでもまばゆさを軽減しようとしていると、腕に何やら紐状の器具が付けられていることに気が付いた。


「起きた……お兄ちゃんが起きた……! レン! みんなを呼んできて!」

「う、うん。わかった」

 傍らからレイカとレンの声が聞こえてくる。


 そちらに顔を向けると、いまにも泣き出しそうな表情を浮かべるレイカと、慌てて部屋の外へと出ていくレンの後ろ姿が見えた。


「おはよ、レイカ……。ごめんね、不安にさせちゃったよね……?」

「ううん……! お兄ちゃんなら、絶対起きてくれるって信じてたから……!」

 痛む体に口元を歪ませつつ、体に取り付けられた器具を外していく。


 ナナはどこにいる? 彼女の元へ行かなければ。


「お、お兄ちゃん……? まだ、調子悪いんでしょ? 無茶しちゃダメだよ……」

「平気……ではないけどね……。でも、行かなきゃいけない……。ナナの元へ、彼女の考えを知らないと……。あまり、時間はないはずだから……。レイカ、僕に肩を貸してくれないかい……?」

 動揺を見せつつも、レイカはうなずいてくれた。


 彼女の小さな肩に手を回し、引きずられるようにしながら部屋を出ていく。


「ソラ! 目を覚ましたんだな! っておいこら! そんなフラフラでどこに――って、決まってるよな……」

「本当に、ナナちゃんの言った通りになったわね……。ウォル、手伝うわよ」

 部屋を出たとたん、ウォル、アニサさんと遭遇する。


 彼らも心配そうな表情を浮かべつつも、僕に優しく手を差し伸べてくれた。


「ソラ君。念のために確認しておくけど、ナナちゃんは酷く衰弱している状態よ。あなたを助けたいからって、禁断の魔法を使ったの」

「ええ……分かってます……。彼女のことは、僕が助けます。任せてください……」

 やはりナナが、自分の命を挺してまで僕を助けてくれたようだ。


 だが、彼女が自分の夢を捨ててまで、僕を助けるとは思えない。

 彼女の夢には、自分の、父の、そして僕への想いが込められている。


 僕たち二人がそろっていなければ、その夢は叶わない。

 必ず、お互い生き続けるための方法を思いついているはずだ。


「ソラ様……! ナナ様はこちらです。お声をかけてあげてくださいませ……!」

 ナナがいる部屋に連れ込まれると、一つのベッドを取り囲む医療班たちと、その様子を遠巻きに見ていたプラナムさんの姿があった。


 室内は重苦しい空気に包まれ、機械音が小さく響いている。

 医療班たちはベッドを離れ、そこに横になっている者への道を開けてくれた。


「ナナ……。ゴメン、ちょっと寝すぎちゃった……」

「ふふ……ほんとだよ……。今度は、私が眠くなってきちゃった……」

 数々の延命装置と思われる機械を取り付けられ、辛そうに呼吸をするナナ。


 いまにも息絶えそうにしつつも、彼女は笑顔を見せていた。


「時間、無いよね……。君の計画を教えてくれるかい……?」

「良かった、分かってくれてたんだ……。なら、いきなり説明しちゃうね……。蘇生魔法を使う時に圧縮魔を使ってみて……」

 蘇生魔法と同時に圧縮魔を使用する。


 全く関係のない取り合わせに頭を悩ませるも、ナナの計画に何とかたどり着く。


「圧縮魔で生命力の流出を抑え込むんだね……。君と僕とで半々になるように、命を分けるんだ……」

「そう……。そうすれば、私も君も、生き続けられるはず……。等しくなった時間を、共に暮らせるはず……」

 恐らく、本来生きるはずだった時間の、半分も生きられなくなってしまうだろう。


 だが、そうなってしまうとはいえ、ナナと共に生きられるのなら。


「どんな問題だって受け入れるし、越えていくさ。君と一緒に、いろんな場所を見に行きたいからね……」

「私も同じ気持ち……。ソラと一緒に、いろんなことを知りたいな……」

 言い終えると同時に、ナナの瞼が閉じ始める。


 小さかった呼吸はさらに小さくなり、消え失せていく。


「……レイカ、僕のカバンを取ってきてくれるかい?」

「うん……! すぐ……取ってくるね……!」

 涙を散らしながら、レイカが部屋の外へと出ていく。


 毛布から出ているナナの冷たい手を取り、それに温もりを与えながらしばし待つ。

 やがて戻ってきたレイカからカバンを受け取り、目的の物を探る。


「リバイヴ、命を落とした者をも復活させる魔法。これと同時に圧縮魔を使えば、きっと……」

 出てきた物は、禁術を記した魔導書に存在していた、蘇生魔法のページだ。


 蘇生魔法の仕様上、一度として使ったことはないが、魔法を成功させなければ、ナナはこのままこの世を去ることになる。

 誰の手も届かないところに、一人で行ってしまう。


 命あるものに圧縮魔は使用できないが、内から出ていった魔力は圧縮ができる。

 ならば、生命力の流出を抑えることも不可能ではないはずだ。


「一緒に生きよう……。二つの命が尽きるまで、君と一緒に……。リバイヴ」

 魔法を発動した瞬間、内側から大切なものが失われていくような感覚に襲われた。


 自分の全てが消えていくような激しい悪寒。

 これが生命力の流出なのだろう。


「く……! 圧縮……!」

 圧縮魔を使った瞬間、生じていた感覚が大きく軽減した。


 流れ出ていく生命力を調整し、蘇生魔法の発動が止まるのを待つだけだ。


「はぁ……! はぁ……! 止まった……?」

 やがて魔法の発動が終わったので、圧縮魔の使用も停止する。


 激しい疲れはあるが、体を動かせないわけではない。

 目論見通り、二つの魔法たちを使用することができたようだ。


「だ、大丈夫なの? お兄ちゃん……」

「う、うん……。とりあえず、衰弱は起きてないよ……。それより、ナナは……」

 ナナの手を再び取り、温もりに意識を傾ける。


 体温が変化したようには思えないが、その手の内から鼓動を感じる。

 彼女の体は、自分自身を温めようと動き出したようだ。


「脈拍、血圧が上昇中! 自発呼吸も……戻ってきました!」

「ナナ……! ナナ……!」

 聞こえなくなっていたはずの呼吸が戻り、ナナの胸元が、穏やかながら膨張と収縮を繰り返している。


 魔法の使用には成功した、必ず彼女は目を覚ましてくれるはず。

 祈りながら彼女の肩に手を乗せ、ゆっくりと揺すっていると。


「眠りについた女の子を目覚めさせる方法、知らないの……?」

「……! はは……! 何を言ってるのさ……。君はどちらかと言えば、眠らせる側じゃないか……!」

 ナナのまぶたは開かれ、美しい瞳が僕のことを見つめていた。


「おはよう、ナナ……! 僕を起こしてくれて、ありがとう……!」

「こちらこそ。私を起こしてくれて、ありがと……。おはよ、ソラ……!」

 ナナの体を起こし、思いっきり抱きしめる。


 瞳からは涙を、口からは嗚咽を漏らしながら、お互いの温もりを味わう。

 室内で様子を見ていた皆も、僕たちの復活を喜んでくれるのだった。

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