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伝言

「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん、ごっはんだよー!」

「いまからいつも通りの料理。無理しないで食べて」

 飛空艇内の休憩室にて。ナナと共に柔らかなソファに座ってまどろんでいると、レイカとレンが料理を乗せた台車と共に室内に入ってきた。


 食欲をそそる香りと共に、温かな湯気を放つそれがテーブルに置かれ、僕たちの胃袋が音を鳴らす。

 目覚めてからの三日間、味気ない療養食ばかりを食べていたので、どれほどこの時を待ちわびたものか。


「ありがと、二人とも。それじゃ、早速食べさせてもらうよ。いただきまーす」

「ふふ、ソラったら、そんなにがっついちゃって。それじゃ、私も! いただきまーす」

 ナナと共に、テーブルに広げられた料理を口に運んでいく。


 バターが混ぜ込まれ、ふわふわに焼き上げられた卵焼き。

 軽く焦げ目がつけられたハムに、温かなスープに焼きたてのパン。


 久しぶりのちゃんとした食事ということもあり、どれもこれもが絶品のように感じる。


「二人はご飯を食べたのかい?」

「うん、食べてきた! 美味しかったよ~」

「満腹。だから、僕たちのことは気にしなくていい」

 二人とも満足げな笑みを浮かべているので、僕たちに遠慮をしているわけではなさそうだ。


 心のつかえも取れたため、より勢いよく料理たちを口に入れていく。

 テーブルに置かれた料理たちはあっという間に姿を消し、用意されていた果実ジュースを味わっていると。


「おやおや。少し多いかと思ったのですが、食べ尽くされてしまいましたか。お味の方はいかがでしたか?」

 安心したような笑顔を浮かべつつ、プラナムさんが室内に入ってきた。


 彼女の背後にも、何やら台車があるようだが。


「とても美味しかったですよ。食事を用意していただき、ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

「ふふ、我々としても腕を振るったかいがありましたわ。食後にデザートを用意したのですが、いかがでしょうか?」

 デザートと聞き、膨れたはずの胃袋が容量を開ける。


 とはいえ病み上がりなので、一口二口程度にして後は妹たちにあげるとしよう。


「今度の料理は、わたくしたちが作った物ではありません。是非ご賞味いただき、ご感想を伝えてあげてくださいませ」

 プラナムさんの背後にあった台車が運び込まれ、テーブルの上に広げられる。


 ガラスの器に盛りつけられたプリンに、クリームや果実が乗せられたデザート。

 『アヴァル大陸』でよく食べられるものだが、誰が作ってくれたのだろうか。


「ソラお兄さーん、ナナお姉さーん。僕が作ったお菓子、食べてみてくださーい!」

「あれ? パロウ君じゃないか。これ、君が作ったのかい?」

「そうです! ナナお姉さんのメモを参考に作ってみたんです! 難しいところはアニサお姉さんにも手伝ってもらいましたけどね!」

 プラナムさんの肩の上で、えへんと胸を張るパロウ君の姿を見つける。


 アニサさんの手伝いがあるとはいえ、小さい体でこれほどの料理を作るとは。

 そういえば、アウェスの村の人たちがモンスターを捕える際に投網を使っていたが、素人目に見てもあれは非常に質が良い物だった。


 リリパットたちは、手先の器用さに特に秀でた種族のようだ。


「うわ、すっごい滑らか……。決して甘すぎるわけじゃないし……。レイカも食べてごらんよ」

「本当……。私のメモを見ただけで、こんなに美味しいデザートを作れるなんて……。レン君も食べてみる?」

 もう一口、もう一口と口に入れたくなるのを堪えつつ、妹たちにデザートを手渡す。


 彼女たちもそれを口にした途端に朗らかな笑みを浮かべ、二口目、三口目と食器を動かすのだった。


「そう、そう。ナナが教えてくれたんだけど、パロウ君が僕の胸に開いた穴を塞いでくれたんだって? ありがとうね」

「ううん。僕にできることはそれくらいしかありませんでしたから。ソラお兄さんが元気になってくれて、本当に良かったです!」

 人の命を蘇らせるほどの力がある蘇生魔法といえど、傷ついた体を即座に癒す力はない。


 パロウ君が行ってくれた傷の縫合により、僕は復活を果たしたというわけだ。


「さて、ソラ様、ナナ様。お二人の容体も安定したことですし、留めておいた話を進めて行かねばなりませんね。まず、既にここから去っている、ウェルテ様とバハムート様の件についてですが――」

 僕がティアマットに胸を貫かれて倒れた後、ウェルテ先輩は怒り狂いながらティアマットと戦いを始めたとのこと。


 猛攻により追い詰めていったが、突如としてティアマットは『インヴィス空中大陸』から離脱してしまったため、その後を先輩とバハムート様は追って行ったそうだ。


「先輩とは何も話せなかったな……。色々と聞きたいこと、話さなきゃいけないことがあったのに……」

「彼女から伝言があることですし、必ずまた会えると思いますわ。どうかお気を落とさぬように」

 『聖獣』の一翼と共に歩み始めた先輩が残した言葉が、重要でないはずがない。


 伝言を聞くだけだというのに、自然と覚悟が決まっていくようだ。


「それでは……。空中戦となれば、ティアマットは確実に我々の追跡を退けるだろう。つまりは狂化した個体が世界に解き放たれることになり、六年前の事件は近い未来に再発するだろう――と」

 先輩からの言葉を聞き、心がぞわりと総毛立つ。


 ティアマットを抑えられなかったことで、世界のどこかで悲劇が起こる。

 あの時の先輩の言葉通りに倒していれば、僕たちの命が半減することもなく、こうして不確かな未来に怯える必要もなかったというのに。


「皆様方には、来る日に備えて準備をしておいて欲しいとのことです。関係各所への連絡、防備の拡充、そして戦力の強化。特にソラ様には、お持ちの剣を使えるようにして欲しいと」

「英雄の剣……。ますます、あれが重要になってくるということですね」

 部屋の片隅に置かれている英雄の剣に視線を送る。


 魔力を吸い、調整する能力を用いれば、凶暴化したモンスターを元の状態に戻せずとも、一時的に弱体化させることは可能なはず。

 これから先、同様のモンスターと戦うことも増えるはずなので、修繕と強化はもはや必須と言っていいだろう。


「武器の修繕及び強化に関しては、変わらず我々がご支援いたしましょう。皆様から頂いた多大な恩、返すべき時はいまのようですからね」

「ありがとうございます。そのご厚意、ありがたく頂戴いたします」

 この状況で、プラナムさんからの厚意を遠慮している暇はない。


 使える物、貸してくれる力を全て利用し、来る日に備えなければ。


「そう、そう! フェンリル様も僕たちが来るのを待っているはずですよ! お話を聞きに行けば、きっと何か有力な情報を与えてくれると思います!」

「そうだね、依頼の顛末を伝えに行かないと。失敗した上に報告が遅くなっちゃうなんてなぁ……」

「体調を整える必要があったのですから仕方がありませんわ。地上にも連絡をして回りたいところですが、まずはあの方の場所へと向かい、報告と相談をすることにいたしましょうか」

 フェンリル様が住むのは、『インヴィス空中大陸』中央の大地。


 僕たちは飛空艇を動かし、空へと飛びあがるのだった。

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