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王の宣言

「皆も知る竜封じの伝承。この物語に出てくる邪竜は、実際に存在しておる。いまも奴は雪深い土地の最奥に封印されており、その封印もまた解けかけておるのじゃ」

 民たちが動揺する中、リッカ様が語った内容は必ずしも真実通りではなかった。


 既に一度封印から解けていると話してしまえば、民の間により大きな動揺が走るのは必然。

 しかも打ち滅ぼすには至らず、封印も不完全なことを知られれば、それを為そうとした王や兵たちの素質をも疑われてしまう。


 僕たちがヒュドラを討滅しきれず、中途半端なことをしてしまったが故の弊害。

 全てがうまく行っていれば、民は不安に陥ることなく竜封じ祭りを堪能でき、上層部の方々も苦慮されることはなかっただろう。


「おい、ソラ。いまお前が考えていることを当ててやろうか」

「え? なにさ、藪から棒に……」

「お前のことだ。どーせ、ヒュドラを退治できていればとか考えてんだろ? 気持ちは分かるが、もしもの話は止めようぜ。最良は逃しちまったが、良は掴み取れた。それでいいじゃねぇか」

 ウォルの窘めを聞き、頬を指でかきながら反省する。


 少なくともリッカ様の考え方は変えることができた。

 大きく変わりだすのはヒュドラを退治した後からであり、いまは彼の言う通りこれでいいのかもしれない。


「邪竜は強力な力を持っており、本来であれば人が叶うべくもない相手じゃ。しかし、いつまでも手をこまねいているわけにはいかぬ。仮初の平和の上に立つのではなく、奴を倒し、真の平和を勝ち取ろうではないか」

 リッカ様の発言に賛同する者はいなかった。


 この反応は当然といえば当然だ。

 いきなり邪竜は実在し、これから共に戦おうなどと言われても、うなずくことができる者はそうそういない。


 民の意思を変えること、それができるかどうかで彼女の王としての素質が見出されることだろう。


「……皆、複雑な思いのようじゃな。わらわも危機が目前に迫ってくるまで、おとぎ話の存在だと思い込んでおった。じゃが、この話はすべて真実! いままでは秘密裏に邪竜と戦い、危機を未然に防いできた者たちが存在しただけなのじゃ!」

 僕たちが平穏を謳歌できていたのは、歴代白竜王の犠牲があったからこそ。


 この都――いや、『アイラル大陸』自体が彼らと、彼らと共に戦おうとした者たちのおかげで、今日まで存続することができていたのだ。


「わらわたちホワイトドラゴンの本願は、より深い知識を身につけること。安全に旅ができるに越したことはない。未来の世で旅に出るであろう者たちのためにも、平和な世界を作っておきたいのじゃ」

 未来の世に生まれてくるであろう子どもたちも、僕たちのように旅に出て、新たな知識を付けて生まれた地へと戻る。


 それを古代の世から脈々と続けてきたのがホワイトドラゴンだ。


「わらわは、真なる平穏をそなたたちに感じてほしい。仮初の、不安定な平和の上で笑っている姿など見とうない。……わらわも、そなたたちがしてきたであろう旅を、してみたい」

 王としての願望と、リッカ様自身の願望。


 少し前までは、王たらんとするための願いの方が強かった。

 いまの彼女は、自身の夢も強く願えるようになっている。


「折よく、この地には心強い味方が現れた。彼らはわらわの考え方を改め、共に戦うと申し出てくれた。共に新しい未来を見ようと言ってくれた」

「ん? これ、オイラたちのことだよな?」

「ふふ、どーでしょうね。もしかしたら他にも協力者がいるかもしれないわよ? ポジティブに考えるのはいいことだけど、調子に乗るのはだめだからね?」

 ウォルの質問に、アニサさんははぐらかすような言葉を返すが、その表情には笑みが浮かべられている。


 ああは言ったものの、リッカ様の言葉に自分たちが出てきたことを喜んでいるのだろう。


「わらわはそれを見たい。そなたたちにも見てもらいたい。多くの者に――そなたたちにもより大きく広がった世界を旅してもらいたい。そのためならば、わらわはこの身を、この命をも賭そう!」

 ふつふつと、周囲のホワイトドラゴンたちの意思が変わっていく気配がする。


 あと少し、あともう一押しで、リッカ様は真にこの国を導く存在になれるはず。

 彼女は大きく、大きく息を吸い、これまた大きな声を張り上げる。


「ホワイトドラゴンの身体と魂を持って生まれた者たちよ。新たなる知識を、わらわと共に知りに行こうぞ!」

 戦いの宣言が発せられ、静寂がこの場を包む。


 しばらくしてか細く呟く声が発せられると、それは次第に伝播し、話し声になっていく。

 やがては期待と歓喜に満ちた大声へと変わりだし、リッカ様を讃える声まで聞こえだす。


「ハハッ! 腰が抜けちまったみたいだぞ。ああいうところは、まだまだお子様だな! いいぞー! リッカの王さーん!」

「不敬、ここに極まれりって感じね……。歓声が轟いているから周りの人たちも気付いていないみたいだけど、もし聞こえてたらどうすんのよ……」

 こぶしを突き上げ、ホワイトドラゴンたちと同じように声を張り上げるウォルに対し、アニサさんは呆れたような表情を浮かべていた。


 多種多様な声が響く中、リッカ様はその場で立ち上がるとしている。

 護衛や付添人が手伝おうとしているが、それを断ってゆっくり、ゆっくりと体を直立させていく。


 王として命を差し出す覚悟を持ちつつも、周囲の存在を信じ、任せることを知った彼女であれば、民をより良い未来へと導くことができることだろう。


「ハハ……。みっともない姿を見せてしまったのう。邪竜を征したら、もっと盛大な祭りを開催しよう。竜封じ祭りをはるかに越える、とびっきりのものを――な」

 いま準備されている祭りよりも、遥かに盛大な祭りとなると楽しみではある。


 だが、僕たちにはやるべきことがごまんとあるので、参加するのは難しそうだ。


「とびっきりの祭りだってよ! 何を食えっかな~! どんな催しを――」

「はい、はい。私たちにはティアマットと戦う準備があるんだから、のんびりお祭りを堪能できるわけがないでしょ? そろそろ帰って、ヒュドラと戦う準備を始めるわよ。ソラ君も、剣の強化頑張ってね」

「お、おい! 引っ張んなよ! 祭りー!」

 アニサさんに襟首を掴まれ、ズルズルと引きずられていくウォル。


 少し可哀想にも見えるが、こればかりはどうしようもない。

 僕も鍛冶工房へと戻り、見聞きしたことをプラナムさんたちに伝えるとしよう。


「最良は逃したけど、良は掴めた――か。これを最悪にしないようにしないとね」

 リッカ様及びホワイトドラゴンたちの未来も救うことを選んだが、それは同時に両方の未来を破壊してしまう可能性を生み出したということでもある。


 両方を守り切れるか、守り切れずに壊してしまうか。

 僕もホワイトドラゴンも、瀬戸際に立たされている。

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